第九十九話 感情による危機
斬りつける刀は勢いをそのままに、裾を覗くザーカスの左足へ的確にズレなく向かう。が、黄泉闇月下を放って1秒は経過した今、神傑剣士である相手には気づくのは十分なほどの時間だった。
俺の刀が何処へ向かうかしっかりと確認するため、咄嗟に裾から腰下にいる俺を見る。すぐに俺の視線や呼吸、殺意や気派に込められた流の量を見抜き、左足の何処に振られるかを予測すると、俺の刀が振り下ろされる前にまずは左足を優先的にスッと引く。
すると俺の刀は太もも付近のズボンの布を斬り、急に止められるわけもなく途轍もない勢いをそのままに、地面と接触する。あと0.05秒でも遅ければ切断は免れなかっただろう。刹那の判断に救われたザーカスは焦りの表情を見せながらも後退する。
ギィン!と、地面とぶつかる轟音を響かせると、同時に地面に刀を中心にした半径2mの大きなヒビが円となり出来上がる。凹む地面がどれほどの威力であり、速さだったかを伝えるには神託剣士以上の実力には余裕だった。
「うっ……」
即止血しても痛覚は消えない。ミストは失った右腕を左手で抑えながらも何とか意識を保ち立っている。汗の量は尋常ではなく、もうこの先の未来が潰えたと悟るには恐怖心に押しつぶされている様子。
「ミスト……」
ザーカスはようやく腕が飛んだミストに気づく。遅れたのは俺の剣技に全ての意識を割いたから。神傑剣士ですらこんなにも苦戦してくれると、御影の地からも帰れそうな気分になるな。
しかしまぁ、今の黄泉闇月下の最大の活躍はホルダーだった。今まで抜刀の際、ホルダーの下角が当たることが少々あったため、避けるように刀を一段下げて抜いていた。しかし今回はそんな必要もなく、思いっきり抜刀したことで速度を保ちながら剣技を放つことが出来た。これはもう完璧としか言いようがない。
気分最高かよ!
「んー、反応がなー、お前感覚が鋭いのか?気配を探ることに長けた剣士だろ」
納刀し、全力の剣技をギリギリとはいえ回避されたことに驚きながらも理由を探る。納刀は毎回の癖である。常に刀を出し続けると四方八方の奇襲に対応が難しいのが理由だ。
「お前に話す俺の情報は何もない」
ミストが負傷し、話をするほど精神安定してないらしい。憤りに身を任せるように手に力を入れ、食いしばっている。カタカタ鳴りながら震える刀と、砕けてもおかしくないほど力強く合わせる歯。どれも俺への殺意に成り代わるには不足なし。魔人には後3歩で届くといったとこか。
「そうか。でもとりあえず、これで1対1だな。もうミストは俺に太刀打ちは不可能。どうする?このまま死への道を短縮するか?」
「いいや、どれもこれも的外れだな。ミストはまだ戦えるから1対1ではない。それに、死への道を短縮出来るほど、お前と俺の力量の差はない!」
「否定はしないが、ミストが戦えるのは屁理屈だろ。戦えるが、俺の相手にはならないだろ?それなら戦えないのと同義だぞ」
「お前の戦闘中の意識を阻害出来るならいる意味はある」
「なら足手まといは――先に殺すか」
次から次に存在意義を示されるミストは幸せものだ。だが、そんなものは戦闘中に必要はない。時には仲間を見捨ててでも任務を遂行しないといけないというのに、いつまでも仲間仲間と執拗に考えることほど、邪魔な雑念はない。
俺は自分でも何故ムカつくのか正直分からない。気に食わないからと言えば頷くが、今こうしてミストを確実に殺しに行く理由を見いだせていない。見切り発車と同じだな。
その場で足に力を込めて一気に放った勢いで再びミストへ襲いかかる。面倒は嫌いな俺だからこそ、今落ち着きを失いかける俺だからこそその力は倍増した。
もしかしたら……ミストの存在意義にムカついたのかもな。
なんて思いながら『鳳蝶』を放つため接近する。すると俺は落ち着きを失ったことを、前回の国務でのミスがフラッシュバックしたことで気づく。
だが、それは0.1秒が勝敗を決める世界では遅すぎた。
「ミスト!耐えろ!」
「了解!」
コンビネーション抜群の2人には何かの作戦があるのだと、刀を首へと振ろうとした時に理解した。でも止められない、いや、止めなくてもミストは殺せると判断した俺は止めることなく斬りつけた。
ミストは何処に刀が振られるかを予測出来るほど気派は鍛えられてない。なのに……なのにだ、何故か首を左から右へ斬る予定の俺の刀を、己の短刀で左側を全身の気派を込めて防御していた。
おそらくあてずっぽうだろう。でもこれでは俺の刀は止められる。そして先程から横側に見えるザーカスの構え、あれは間違いなく――蓋世心技・滅だ。1度でも防御され、刀が止められるとその瞬間、滅を俺の全身に斬り込むつもりなのだろう。これが危ない。重心が前になっているので、次動けるのは刀の力を全てぶつけ終わった時だけ。
その刹那でも俺の体は隙だらけとなる。つまり俺の負傷は免れない可能性が高い。
ヤバいな……。
どうするかも答えは出ないまま、俺はミストと同じように気派を全身から吹き出すことで防御することに確定し、後のことを優先して今を乗り越えることにする。
そしてついに交わる刀同士。相手が短刀とはいえ、神託剣士上位の気派を込められた刀を、力を抑えた鳳蝶が断ち切ることも出来るわけがなかった。
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