第九十六話 夜の一時
元のホルダーから刀を取り出し、新しいホルダーへと移す。まだ使えるホルダーを捨てるのも勿体ないが、その人専用で作られるので、誰かにあげることをしても観賞用でしかない。
ほらー、シルヴィアの視線が強くなっただろ?
今日は一段とサイコパス味を高めているようだ。何があってそんなにゴゴゴとしているのか、俺には理解し難い。空気感からも伝わるから四方八方鳥肌が立つ。
「ありがとなニア。使いやすいホルダー作ってくれて」
「私からもありがとう」
「いえ、そこまで凄いことはしてないので、大事に使ってくださいね」
ニコッと満面の笑みで返してくれる。可愛いは世界を救うな。
「他に何かある?ないなら私は戻ってやることをするけど」
ルミウの問いかけに、あると返事するのは誰もいなかった。これだけ新調し、最高の道具を貰ったのだからこれ以上に道具は出てこないだろう。あるとすればローブぐらいだな。
「では戻る。フィティーも明日からはイオナに教えてもらうんだよ」
「うん。今日はありがとう」
「代わりをありがとなルミウ」
後ろを振り向かず、右手を挙げて応える。後ろからでも伝わるほど感謝に照れてる様子のルミウであった。リベニアに来てはじめてかもしれないな。最近はずっと引かれてばかりだったし。
「俺も戻るかな。疲れたし、ゆっくりしてからまた明日だな」
ゆっくり出来るかは知らない。それはシルヴィア次第である。ルミウと一緒に戻らないのは、今からがルミウの裏稼業スタートであるからだ。付いていけば邪魔になるし、冷やかせばマジモンの刀が首に通されるのでやらない。
「私も一緒に戻ろうかな」
「私とニーナは片付け終わらせて戻ります」
「了解。片付け時間かけていいからな。特にシルヴィアは」
「嫌だねー」
すっかり寒気は何処かへ行き、いつものデレデレに戻ったシルヴィアはニッコリしながら否定する。こんなにも清々しいとこっちも軽く吹き出すものだ。
こうして俺とフィティーは一緒に戻り、ニアとシルヴィアは工房の後片付け、ルミウはリベニアの清掃を始めた。全員ここに来てもやることは変わらないらしい。
――それぞれ用事を済ませると、珍しくルミウも戻ってきたことで今日は久しぶりの全員集合での就寝だけとなった。仕事をサボったのではなく、早めに終わらせたというルミウだが、犯罪は24時間常にどこでも起こりうるので時間制ではないことは知っていてほしいものだ。
「何回も言うが、俺の10分がシルヴィアたち人間の7時間睡眠と同じだから、嫌でも10分で起きるからな」
「大丈夫。10分あれば拘束、いや、気持ちよく寝れるから」
「おい、拘束って言いかけるんじゃなくてしっかりと言ったぞ」
「何言ってるのかさっぱり分かんなーい」
「……アホめ」
このままシルヴィアのペースに呑まれても金縛りにあうだけだ。付き合うのは程々にして、さっさと10分使って俺は警備に移るとしよう。まだ21時を過ぎたとこ。今まで誰1人として絶対的テリトリーには入ってないので、そこまで奇襲を警戒してないが、いつ来てもおかしくないので、常に放出している。
疲れは溜まらないので恩恵のようなものだな。
いつもは屋根上で放出しながら寝ているので、これまた久しぶりのベッド就寝だ。それも美少女に囲まれてという特典付きの。ハマれば抜け出せない沼だろうな。
「はい、今から寝まーす」
「はーいじゃ私も寝まーす」
まだ10mは離れていたのにそこから勢いよく飛びかかるのだから気派を操作しても若干痛い。
それにしても全員部屋着に着替えているので、これはこれで寝るのが惜しまれる。目のやりどころには困らない。常に仰向けの状態で、体に抱きつかれて固定されているのでそのままの態勢を動かす必要もなかった。
「ルミー灯り消してー」
「うん、分かった」
腹の上から人の声が聞こえるなんて不思議な体験をするとは、人生何があるか分からないものだ。
「先輩も大人気ですね」
「昔は大人気になるのを夢見てたけど、今は嫌だな。特にサイコパスに好かれると大変だって身を以って証明された」
目を瞑りながら上に乗るシルヴィアとは違い、しっかりと隣で寝ているニアはふふふっと笑う。こっそり手を握っているので、後は立ってウロウロしている第1座が来てくれればこの部屋完全ハーレムの完成だ。
しかし、ツンツンルミウが来るわけもなく、右往左往しているルミウを捉えたのを最後に意識が朦朧としていく。そして完全に消える前、シルヴィアが何かを仕掛けようとしている声だけ聞こえると俺は抵抗する気もなくなり、自然と夢の中へ誘われた。
――10分後、1秒のズレもなく10分で完全に脳を覚醒させると、珍しく俺の体に大きな異常は無かった。何故なのか、それはよく分からないが、スヤスヤ寝るニアと、意識を失うように寝るシルヴィアが視界に飛び込んできた。
まだ腹の上に居るのは意地だろうか。
「……絶対に舐めたかキスしただろ……」
唇に違和感を感じた。不快感はないが、誰かの唾液と混じったような感じだ。美少女だらけなので問題はないが、シルヴィア確定だろう。
「止めようとして気絶させたってとこか?」
「それはどうだろう。私も君を拘束して遊び道具にすることは賛成派だから止めないかもしれないよ?」
まだ起きているルミウに問う。今は椅子に座って落ち着いている。これが大人の余裕というやつか、シルヴィアたちのお巫山戯には付き合わなかったようだ。でも俺を遊び道具にする気はあるのは若干怖い。
「んまぁ、それはそれとして、ルミウも寝るんだぞ。俺は今から仕事だ」
「うん。見張りも10分だとすぐだね」
「どーも」
10分とはいえ、人の命が懸かることなら大事になりかねないので、見張りをしてくれるのはありがたいことだ。絶対的テリトリーがあるが、それが絶対に完璧に発動するとは限らないしな。
「見張りのお礼は何もないの?」
「そんなこと言うタイプだったか?」
月光が窓から入り、椅子に座るルミウを照らす。その姿は20歳とは思えないほど気品がある。高身長でクールビューティーな顔たちだからそう思うのだろうか。
「気まぐれかな。なんとなくで聞いたんだ」
「ふーん。何か望むものは?」
「……言われると思いつかないな」
「ならハグでもしてやろうか?」
いつものノリで冗談を1つ。これも慣れってか飽きてる頃かもしれないが、それはそれでも続ける。これがコミュニケーションで大切だと思い続けているから。
「ならそれで」
「……え?」
「どうしたの?自分で言ったのにそれは出来ないって言うの」
「い、いや、予想外だったからつい。いつも変人を見る目で見るのに、冗談でもノッてくるとは思わないだろ」
カップに注がれた飲み物を上品に飲む。俺と大差あるものの、ルミウも睡眠はそこまで必要ない体質持ちなので夜ふかしはよくする。
そして目を合わせてなかったのに、突然窓の外から俺へと顔を向け目を合わせる。神秘的で、この時を狙っていたかのような完璧なタイミング。角度や光の量。何もかもがルミウの掌の上のようだ。
「ほら、まだなの?」
「……分かった」
酔ってはいない。いつもの精神状態なのも間違いはない。なのに何故こんなにもグイグイ来るのか、それには謎だった。まったく、昔からだが、こうして読めない気派と性格を稀に見せることがあるルミウは、俺の中で最も不思議ちゃんとして存在していた。
ルミウの取扱説明書が欲しいわ……。
そして、ルミウのもとへと急ぎ、ハグをする準備をする。が、そんなことはやはり出来ないのがオチである。
「ふふっ、冗談だよ。君がいつも茶化すからやり返しをするとこうも可愛く年相応の反応をするものだから楽しくてね。これが本当のやり返しだよ」
座ったままのルミウにどうハグするかを考えていたが、その間に止められる。
「……2歳しか変わらないからな。それに別に照れてもないから意味ないぞ」
「知ってる。君はそういう人だからね」
まさか……いや、あの目は本物だ。
「……相変わらず、ルミウはルミウだな」
「うん。私は私だよ」
先程の右往左往する落ち着きのないルミウはいなくなり、この世界で1番と言えるほど落ち着いている女性だろうルミウはお淑やかに見える。
「はぁぁ、寝起きから幸せ貰ったわ」
「それは良かった。私は満足したし、寝るから頑張って」
「はいはい。ぐっすり寝れるよう警備しますよ」
そう言って俺は急ぐことなく、王城のいつもの屋根に載りながら、敵が来ないかの調査を続けるため絶対的テリトリーを展開した。
少しでも面白い、続きが読みたい、期待できると思っていただけましたら評価をしていただけると嬉しいです