第八十六話 傷
距離は10mほど。これだけあればいきなり詰められても対処のやり方はある。ならばミストの知ることあることを聞けるだけ聞き出す。何か反応があればその時に臨機応変に動こう。
「私は単にフィティーとお友達の関係を築く者だよ。お前より強いだけの」
「それにしてはこの王国の力の均衡が崩れるほどの力を持っているようだが?」
「王女を守るために護衛が猛者でなくてどうするの?お前のような少し戦えるようなやつと事を構えるなら当たり前だろう」
ミストは怪しむ目を変えようとしない。国王から話を聞けるわけもなく、そもそも私たちがこの王国へ来た情報も知るのは数少ないのだから知る由もないのだ。
秘密裏に師弟関係を結んでいるのだが、実際そうしないと王国内の不満は募る。神傑剣士が居るならその分魔人を倒せと、頼まれるのが落ちだしね。
まぁ、名前を聞けば私がヒュースウィットの神傑剣士なんてすぐバレるけど。
「次はこちらから質問をしよう。お前、ここにどうやって来た?気配を悟られないようにしただけで、ここまで来れるとは思えない」
イオナに何が起きたかは不明。しかし、見失ったのは間違いないだろう。あのイオナが勝手にどこかへ行ってしまうのは、そういうことだから。
「答えるつもりはなかったが、この質問なら簡単だな。どうやって来たか?それは俺を付けるやつが居たから、他の神託剣士に紛れてそいつらを惑わせてこっちに来た。多分だが俺を前から付けてるやつらだろうし、今頃俺の家の前で張り込みでもしてるだろうよ」
「お前が何かの気配に気づいた?」
イオナに気づいたとは思えない。なら少し感じたイオナに接近した男のことか。掴みにくいが、確かにあれなら雑すぎて気づくな。
もしイオナの気配に気づいたのならこいつは相当な猛者だ。気派ならばエイルほどだろう。私を超えられるのはウザいが。
「まぁいい。お前はこうやって姿を現して実力の差を見せられてるんだからな。そろそろ終わりにしたいだろう?」
「はっ!終わりに出来ないのに言ってんじゃねーよ」
「本当に?お前なら分かってるんじゃない?もう自分の実力ではこいつと対等にすら戦えないって」
「言ってくれるねぇ」
思っていた。微弱な気派の乱れは私に怯えている証拠だった。自分でもそれは分かってないだろう。ただ本能は違ったようだ。目の前の人間に、恐怖を感じずにはいられないと判断したんだ。
ただ虚勢を張るだけの弱い男にしか見えない私に、もうこの先負けは見えなかった。
あっ、慢心ではないからね?
「それじゃ、斬りかかってきなよ。私は刀を抜かずしてお前を相手にするから」
「……いいや、止めておこう。あいつの気配を感じるってことはもう俺がここにいるとバレたらしいな。2対1は分が悪いから次会う時は殺してやる」
薄っすらとイオナの気配を感じる。が、それ以前に男の気配をムンムンと感じる。近くなるにつれて気持ち悪くなるのは男の気配が私に合わないからだろうか。
しかし、やはり2対1ということはイオナの気配に気づいていないようだ。私とその男だけしか気取れないのは仕方ない。なんだか嬉しい気持ちが溢れるが、きっとイオナの気配を感じれるのが私だけだからだろう。
そうしてその場から逃げようとするミスト。
「またな」
途轍もない殺意とともに去る。私はフィティーのことを考えて追いかけはしない。それに、これからどうせ追いかける人が居るはずだ。そちらに任せよう。
「良かったの?」
「うん。これからイオナも来るから、まずは状況確認が大切だ」
「あーうん。それもそうなんだけど、右腕、怪我してない?」
「え?」
全く痛みもなく、斬られた感覚は無かった。しかしフィティーが言うのだから嘘でもないと思い、見てみる。すると右腕に血は出ていないが、露出した部分に掠って擦れた後がついていた。
「っ!?」
その瞬間、私は悔しさを噛み締めた。神傑剣士ですらない剣士にはじめて傷を負わされたのだ。いや、神傑剣士同士でもほとんどありえないのに。
いくらフィティーを守る必要があったとはいえ、一瞬だったとはいえ、固めた気派を貫通して皮膚に当ててきたという事実。それが第1座としてのプライドとともに、私の剣士のプライドをも傷をつけた。
最悪だ……。
肉体的には痛くも痒くもないのに、精神的にはくるものがある。切り替えは早々に出来ないかもしれない。
「ルミウ!」
そしてやってくる私の最大のライバル。タイミングが良いのだけは呪ってやる。
「おい、あんたはさっきの気配を追ってくれ。そんなに離れて無いだろうから今なら間に合うだろ?」
「了解だ」
隣の男に指示を出してその場からすぐに姿を消す。おそらく神傑剣士だろう。動きから何までレントにすら及ばないが、その実力は隠されたものだろうから真実は分からない。
「大丈夫か?」
「う、うん。なんとか対応出来た」
「そうか、フィティーも大丈夫か?」
「うん、ルミウ様のおかげで無傷だよ」
ニコッと普通に見せるようになった喜怒哀楽。その中でも特に特徴的で豊かな笑顔を見せる。
「ならひとまず安心だ」
イオナが来ると自然と右腕の擦り傷を隠してしまう。意味なんてないのに。
「今のミストだろ?」
「うん。そうだったよ」
「顔と気配は覚えたのか?」
「それはもちろん」
「ならしっかりとルミウ1人でどうにかするんだぞ。傷をつけられても負けてはいないんだから。やられっぱなしだといつかは負けたことが広まるかもしれないし、悔しさだけ募るだろ?何より、お前に勝つのは俺だけなんだから、これ以上増やすなよな」
やはりここに来た時にはもうバレていた。私もこれだけ感情の起伏があるなら言い逃れは出来ない。気派もとても乱れたし、目に見える態度でも分かる。
そんなイオナも悔しそうだった。きっと1番のライバルとして見てくれてるんだろう。私なんてまだ実力不足も甚だしいのに。やっぱり、私の心を動かしてくれるのはイオナだけだ。
「うん、分かってるよ」
「あっ、でも傷つけられたことは恥だぞ。神傑剣士としてありえないからな。第1座」
「……そうだね」
落ち込む私が戻り始めたのを察知したらすぐこうだ。煽っては楽しそうに笑う。まぁ、こんなとこもイオナらしくて助かるけどね。
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