第二百三十三話 救出
「大丈夫か?私はヒュースウィット王国の神傑剣士だ。あんたを助けに来た」
何日ここに閉じ込められていたかは不明だが、食事は与えられず、放置されていたのは見るだけで分かる。痩せ細ったその体躯は、裕福な暮らしを可能とする王族からかけ離れてる。
「取り敢えず檻を破壊する。少し離れてくれ」
手前まで来て、手を伸ばそうと寂寥に包まれた手を見せる。これまでこの喧騒の中、犯罪者のように扱われたならば、それなりに疲弊している。声も掠れて正しく発音されていなくて、流石に私でも同情した。
言われて、微かな力を振り絞って下がると、私は即座に抜刀し、檻を切断した。豆腐のように斬れるそれは、私には余裕のこと。高い金属音を鳴らしてくずおれるような檻の破片は、他の罪人どもを掻き立てた。
「手を伸ばしてくれ」
握力なんて二桁にも届かないだろう、か細い腕。筋肉も減り、脂肪すら元からなかったかのように減りに減っていた。差し伸べられるような手を掴み、私は抱きかかえるように檻から救出した。
体に触れて、異常がないかを確認し、栄養失調だけと判断すると私は動き出す。
「シャナリー、この子がフィティーで間違いないな?」
「はい。痩せ細ってはいますが、間違いないです」
「ありがとう。ならば、ここからシャナリーの営む青果店へと連れて行く」
「分かりました」
「フィティー。少しの間眠っていてくれ」
体中の心許ない気派を吸い、フィティーを気絶させる。レベル6で、これまで疲弊しているとなると、相当な日にち放置されていたはず。ここに来て大正解だった。ルミウも流石なものだ。隠密の天才。陽炎の剣士。不足なしだ。
「行くぞ」
それから私たちは、監視の目などない隠し通路を難なく走り抜けた。フィティーには私のローブを身に纏わせて背負い、人の視線を集めても無視して駆けた。終わり、崩壊の近づくリベニア王国。刃を向ける準備を着々と進めているのならば、絶対に許さないと、私は固く決めた。
青果店へ戻ると、店を閉じていたことを不審に思う人たちが、シャナリーの店の前に並んでいた。突然の閉店に、人気店なだけあって集まるのも仕方ない。
「店前のやつらをどうにかした方がいいかもな。頼めるか?」
「もちろんです」
店主に任せるのが得策。裏から私は入り、表ではシャナリーが客に対して説明をしに向かう。扉を開けて入り、私はフィティーをベッドの上に寝かせた。
勝手に使っても文句言わないだろ。
シーツも取り替えたばかりのような真っ白のベッド。一国の王のためなら、汚れるのも許してくれるだろう。私は寝かせてすぐに、体の違和感を抜くために、額に触れて気派を流し込んだ。
私は特異体質者であり、それはイオナと似て非なるもの。イオナは無限に体力を高められるのに対し、私は生まれつき、体力が無限に増え続ける体質。限界はなく、生きてる以上常に体力は上昇し、疲れを知らない身となる。
だから今、私はフィティーに体力を気派に変換して、調節してから流し込んでいる。減るのではなく、それでも私の体力は増え続けて。
体力と気派は因果関係があるため、必然的に私の気派は神傑剣士ではイオナに続いて、いや、今はもう神傑剣士とは呼べないため、1位の気派使いだ。
そんな私の調節。ルミウのように繊細で緻密とはいかないが、調節には自信がある。瀕死のフィティーを生き返らせるための、私なりの方法で、呼吸を安定させる。
そして流し込み終えると、後は起きるのを待つだけ。放置してシャナリーを確認しに行こうとすると、その瞬間に、フィティーは目を覚ました。
「……ここは……?」
「早いな。もう少し寝てて良いんだが」
「……貴女は……?」
「私はボーリ・エイル。ヒュースウィットからあんたを助けに来た、神傑剣士だ」
「ヒュースウィットから……はっ!ゴホッゴホッ!」
「落ち着け。言いたいことはなんとなく分かる」
目も口も開いて、焦りと困惑の狭間に居るが故に混乱し、喉を詰まらせる。病人そのもので、痛々しさは感じられなくても、胸が痛む。
水を飲ませて一旦呼吸を整えさせる。体力もそんなになくなってるだろうから、咄嗟の動揺には体力を使う。瀕死には厳しい。水を飲む間に、近くに置いてある果物を手に取り、フィティーの体の横に置く。これも勝手にしたことだが、怒られるのなら受け入れる。
むしゃむしゃと、でも王としての気品を失わぬように丁寧に口へ運ぶ。空腹で衝動的にならず、腐っても王であることを自覚しているように、その姿には感服した。
「食べながら聞いてくれ。多分あんたの言いたいこととほとんど同じことを言うだろうから、流す程度でいい。まず、あんたを助けたのは、これから始まるだろう全面戦争についての情報を微かにでも得るためだ。次に、あんたをこちらの味方として引き入れるため。これからヒュースウィット王国を戦地として、サントゥアル、リベニア、ナファナサム対ヒュースウィット、ヴァーガンの戦争が始まる。そこでだ、何故そうなったかの経緯を、私たちは少しずつ追っている。少しでも知っていることがあるならば、回復してからでいい。私にここを出国しながら教えてくれ」
目を見て、真剣に話を進めたのはいつ以来だろうか。真面目に対応しなければ死ぬのだと、戦争を前に気を引き締められるものだな。
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