第二百二十七話 諦めない
「だったら少しだけ、目安を見せようか?もしかしたら諦めるかもしれないが」
「どうやるんだ?」
「俺とカグヤが、今のをやるんだよ。カグヤにボコボコにされたルミウとの距離を教えるって感じだな」
「……最低だな。私に死ねと?」
「いや、俺が防ぐ側でそれは変わらない。刀を受け止めるだけだから、痛みはカグヤにない」
「なるほどな」
バカバカしい。勝てる気がしないのは久しぶりだ。本当の力を手に入れたイオナに、刀を向けて生きて帰れるのは皆無だ。長い歴史の中で、私が知る御影の地へ来た人間は皆私以下だった。そんな存在を遥かに凌駕する存在。見せしめか。
「ルミウも、カグヤと俺の差を見たら少しはやる気をなくすかもな。その時は正しい判断だから、付いてくるのを諦めていい」
「大丈夫。届かないのは神傑剣士の時から知ってるから」
「流石はライバルだな」
今ではその言葉も響かない。ライバルと思える人間が、イオナからすれば雑草のようなもの。そんな恥ずかしい例えがあるのかと、ルミウに少しばかり同情する。
「それじゃ、いつでも」
「何分?」
「5分で良いだろ。その中で1回でも殺せたらカグヤの勝ちってことで」
「了解」
どう頑張れば、イオナを1度殺せるというのだろう。私には見えない未来が、こんなにも怖いことはなかった。自分から殺しにかかるのに、相手からの反撃があれば死ぬことを覚悟している。
イオナは攻撃をしない。なのに感じる死。絶対的なものがあるから、私の肌はヒシヒシと感じている。
「始まりは任せる。好きなタイミングで。ルミウは5分休憩だな」
言われて即座に動き出した。上下左右、全ての方角から斬りかかる。感じ方としては、12名の人間が違うとこから刀を向けているようなもの。通常の人間ではそれを躱すこと、往なすこと、凌ぐことは出来ない。死角が存在する以上は、情報は絶対ではないから。
でも、この男だけは唯一違う。
1秒間に12回の接触音。キンッキンッ!と連続して、常に鳴り続けているようで耳障り。首も腹も頭も四肢も、どこにも気派の刀は通らない。切断すらも、痛覚に触れることさえ許されない。
しかもイオナは、私の行く先を予知してそこへニヤついた顔で煽り始める。未来は見えない、力だけを持った存在に天性の才能が備わった結果だ。次々と余裕で受け止められる。
一切刀は通らず、まるでそれを見世物にしたかのような完璧さ。わざと組み込んだような手際。私には、最速を以てもその速度を超えられなかった。
ルミウは両手で、固有能力を使って1万1082回。しかしイオナは片手で、固有能力使わずに0回。死を知らない最強に相応しい男がそこに立っている。ずっと見ているのに、何も理解出来ないルミウは固まっていて、私はもう攻撃が入らない5分間を地獄の鍛錬として受けている気分だった。
ルミウの立場か……。
「中々攻撃が来ないな。カグヤ、いつになったら鍛錬を始めてくれるんだ?」
「……ふふっ」
ムカつく。こんなの余裕だと、ついには煽りだした。攻撃なんて全力で何度も繰り返してるのに、それを攻撃と認めないのだと、イオナだから言えることを。思わず笑ってしまった。
それからというもの、悉く凌がれ、私の大敗が決定した。
「いやー、いい運動になったな」
「私からすれば大迷惑だけどな」
「でもこれで、ルミウも差は知れただろ?これでもまだ付いてくるのを諦めないか?」
イオナは優しさからどうしても、死ぬ可能性の高いルミウを連れて行きたくないらしい。思いが強ければ強いほど、それは絶対となって。しかし、甘い考えは元からなかったのはルミウも同じだ。
「何度言われても私は諦めない。君が嫌でも付いていくよ」
「……そうか。それならもう何も言わない。カグヤ、ルミウの全般的な強化を頼んだ。最低でも、お前の足首に触れるまでは成長させてくれ」
「ふっ。分かってるさ」
足首に届く、か。手を伸ばせば届く範囲には3ヶ月で間に合うだろうが、死なない程度に、とは言わないんだな。
相手が強力だからこそ、死なないようにとは無理だと知っている。創世剣術士である私たちですら、僅差と言えるレベルなのだから、今頃付け焼き刃を作ったって、なんの意味も成さない。
「俺は忙しいからここらでお暇する。またな、2人とも」
「またね」
「あっ、そうそう。ルミウは俺の前でも本当は隠さなくていいぞ。もしも戦闘中に過ると死ぬかもしれないからな」
「えっ、知ってるの?」
「よく怒った時に「お前」とか、「黙れ」とか威圧的になるから、もしかしたらって思ってな。それにエイルがルミウに恐れるのも、威圧が凄いからだったしな。薄々気づいてたぞ」
「……なんだ。そうなんだ」
ボーリ・エイル。第8座のイオナと同じ体質を持つ高飛車な女だと記憶している。確かに、ルミウのリュンヌの末裔としての圧は、人間ならば恐れるのが当たり前だ。
「恥ずかしいな、第1座」
「黙って」
「今のルミウが慣れてるからどうでもいいけどな。好きなようしてくれて。そんじゃ今度こそ、またな」
「うん。また」
その場から消えるように気配も姿も去った。相変わらず一瞬の出来事に目を疑う。これが最速で最強で最高の剣士。私たちでは足元を触ることすら許されないのだから、神の創造も笑えてくる。
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