第二百八話 覚悟の時
無尽蔵な体力を持つイオナだから、正直そんなことは関係ないようなもの。余裕を見せる姿は安心感に包まれていて、未だ負けの文字が見えない唯一の人間だった。
しかし、一応限界はある。丸1日戦い続ければ、きっとそれはイオナの敗北となる。相手は、私1人では手も足も出ない猛者。その相手にどこまで差があるのかは不明だが、それは確定だろう。時間操作。これに勝てる能力を、イオナは持っていないだろうから。
「人間とは思えない体力だ。先程からコソコソと底を探っているのだが、全く辿り着く気配がない。どこまである?お前のその体力は」
「興味津々なのは嬉しいが、多分底に辿り着くことはない。探られないように、惑わせるよう設定してある」
「ほう。中々面白いな。ならばどちらが優れているか、辿り着くか着かないかで勝負だ。それまで死ぬなよ?最強」
「どうしようかなー。最強って死ぬの難しいからさ、楽しみにしてるわ」
相手がどうでも、生死の選択権は俺にあるのだと、そう伝えるための煽り。心臓と頭を2度指差し、そこを狙ってこいと更に煽る。最強に慢心したわけではない。これは、負けず嫌いとプライドと、私たちが傷つけられたことに対する復讐だ。
「蓋世心技・天」
「あれ?我流剣術じゃないんだな」
体を引かせると思ったが、逆に前に突っ込む。何を考えてるか、私視点の猛者の領域に立つ2人の思考は読み取れない。そのまま進み続け、無の斬撃に辿り着いた時、始まった。
「我流剣術・無尽万象」
「っ!?」
「えっ?!」
思わず驚きの声が漏れた。天をしなやかな動きで往なすと、次に進みながら放ったイオナの剣技が、ラランとカグヤが使った、我流剣術という技だったから。
カグヤはそれを見て瞬時に構えを変える。鋒を下に向けて、防御の構えをとる。それに対して勢いを止めずにイオナは走りながら無尽万象を繰り出す。どうなっているのか、ボロボロで確かな思考も出来ない私には分かり得ない。分かることといえば、レベル6の我流剣術士が、たった今ここに存在しているという、自分に浮かぶ圧倒的安心感だけ。
次々にカグヤを斬撃が襲う。レベルなんて段違いだ。磨き上げられたレベル6としての最強。それを遥かに上回る我流剣術の使い手。それは私との差を可視化して歴然としたようにも思えた。
「何故……これを」
四肢が動きを止めることはない。カグヤの体は、常にどこから斬撃が来て、どう往なせば的確なのかを判断しているため余裕がない。近づくイオナは、それを隙だと判断した。
「悪いが、俺はモノマネが得意でな。人の使う剣技を、1度見れば使えるようになるんだよ」
「はっ。バカげてるな。私の剣技を1度見ただけでコピーだと?しかも威力を増して。最強に相応しいな」
「喋る余裕あんの?」
更に斬撃の数を増やす。四方八方が囲まれて、カグヤは上下左右から集中と意識を削げない。耐えるので限界のように見える。でも、そんなの関係なくイオナは近づく。勝ちを掴むために。
「蓋世心――っ!」
間合いに入った瞬間だった。イオナは蓋世心技を放とうとして、即座にそれを止めてまた引いた。今度は近場に。同時に我流剣術は消え、隙は消えた。
「どうした?来ないのか?」
「……いや、俺実は演技が得意なのが自慢なんだが、お前にはシンパシーを感じた。今剣技放ってたら、多分負けてた」
私にはそう見えなかった。必死に我流剣術を往なすカグヤにそんな余裕もないように見えた。けれど、イオナの顔色は悪かった。本当なんだと、その時に確信した。初めて死を感じたのか、悔しそうに下唇を噛む姿も初めて見た。
「鋭い観察眼、いや、第六感といったとこか。確かに、今なら返り討ちに出来た。そして、今まででそれを失敗したことが1度、それも私よりも強い相手にだけだったから、途轍もなくお前には悔しさを抱く」
「なんだよそれ、俺がお前より弱いみたいな言い方しやがって」
「実際どうだ?」
「本音聞きたいのか?聞いたら多分、絶望するから言わねーよ」
それはどういうことなのか、なんとなくでも分かってしまった。だから私は震えた。イオナの「絶望するから」の先は間違いなく私たちに向けてだったから。
心の中で自分の思いを疑った。最強であるイオナが負けるわけないし、負けるところを想像出来ない。でも、イオナのあの言い方と動揺は確実に勝ちが薄い時の反応だ。初めて見るイオナの姿に、私も少しずつ覚悟を決めていた。
「絶望か。そんなもの、今殺されれば感じずに死ねたものを」
「死にたいと思うかよ。お前たちのように、動く屍にはなりたくない」
「力を得られるとしても、か?」
「もちろん。力なんて所詮は命の次だ。死んでしか得られない力を、生きてる時から持ってる俺には心底どうでもいいことだけどな」
「では今から魔人になれば、それ以上に力を得られるのでは?」
「……お前、結構いじわるを言うんだな。俺は今に満足してる。魔人っていっても、お前の下なのは嫌だからな。ここで全力で反対させてもらう」
明らかに雰囲気が変わった。魔人になれと、そう言われた瞬間からイオナだけの雰囲気が、異様に淀んだ。覚悟を決めたのか、ただ棒立ちしている姿から、全てを投げ捨てる覚悟をひしひしと感じる。
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