第百九十七話 本当の名
ゼビアとの戦いを終えて戻ってきた俺は、悪天候ではないものの、未だ常闇に囚われてるのは変わらないこの地で、再びニアと歩き出していた。
泥濘によりヌメヌメとする足元が、少しばかり気になるが、それでも先に進まなければ物事は解決しない。漂う魔人たちは、そんなことを一切気にせずそこら中に跋扈している。ホントに好ましくない。
「それにしても、広すぎるし、どこまで奥があるのか分からないから、3人を見つけるのも大変だな」
どれほどの広さがあるのか。それすらも知られないこの地。だから全力疾走でニアを抱えて移動すらも出来ない。もしかしたら違う地へ飛ばされたかもしれないし、俺らの後ろにいるかも知れないから。
「何かしらの合図を決めてれば良かったですね。別れた時のために」
「だな。勘っていうか、ルミウなら猛者の居る場所に俺も向かうって考えがあるだろうから、阿吽の呼吸を信じるなら強い気配があるとこに向かうのが得策だ」
だから蓋世心技も使って戦ったんだが、来ないってことはそれを見る、若しくは感じれなかったほど遠くに居るということ。簡単に合流もさせてくれないらしい。
不安はここに来た時よりは少ない。予想だが、3人は同じ場所に移動したと思うから。ならばそれを前提に動くと、ルミウとフィティーの2人の力量を考えて、戦闘は心配ないだろう。
少しでも何かを感じれるなら、その方向へ向かうんだが。そう思った時だった。あまりにも違和感のある気配を感じたのは。
「ルミウ……フィティー……いや、どっちでもない……」
「先輩?」
2人には出せない気配。間違いなく魔人のもの。それほどに莫大な気配であり、七星魔人の一角かそれ以上だとすぐ分かった。海の底へ沈むようなゆったりとした重み。人間が相手なら潰れてしまうほどの剣技を放とうとしているのを感じた。
距離にして多分、果てしなく先。ここからだと微弱に感じるその根源は、近場の者を簡単に殺せるほどの力があった。ルミウだって殺されそうな、まるで蓋世心技の上を行く我流剣術士がそこに居る感覚。
ありえるな。
レベル6の我流剣術士ならば、ルミウたちは危ない。我流剣術士は己のレベルの技を最大限まで極め、最終的にそのレベルで覚える技量を得たら、独自に剣技を創り上げる剣士の極致。レベル関係なくなれるのだが、我流剣術士はレベル2でもレベル6に勝てると言われるほど、至高の存在。
レベル3になればレベル6でも勝てる人間は一握り。レベル4なら、その時点で一国を1人で守れると言われ、歴史上誰1人としてレベル6が勝った事実は残ってない。レベル5は稀有な存在。現在の世界には確認されておらず、その力は未知数。
そしてレベル6。人間の肉体では到達不可能である領域。出会ったら最後、相手に蹂躙されて殺されてしまうことが確定する。いや、確定を避けることが可能な存在も居る。両指で足りる数だけだが。
「俺らには無害だけど、遥か遠くにバケモノが居る。多分ルミウたちと戦ってるんだとは思うけど」
怪訝な表情を浮かべるニアを安心させながらも、確実に近い可能性で言う。
「そうなんですね。なら、そこに向かいましょうよ」
「いや、無理だ。ここから遥か遠く、奥だってこと以外分からないから。水平線みたいに広がってるから、場所を特定出来ないし、距離を数字で表すなら、多分50kmは離れてる。会いに行くのは難しい」
正確に分からないのがこの地の厄介なとこ。俺の気になることを全て阻害する。察知させないよう、何かしらの力が働く。
「でも、ここから先ってのは確定した。また歩いてる途中に飛ばされなければ、追いつけはするはず」
「なら走りますか?」
「だな。抱えるから、しっかり掴まってろよ?」
「きゃっ」
膝裏と背中に手を伸ばし、一気に胸の前に抱える。背中は目が届かないからダメだ。もしも完全に姿を消されたら、死ぬ確率が引き上がる。
走り出した俺の首を落ちないよう必死に掴むニア。揺らしてるつもりはないが、抱えられて走られると、落ちる恐怖はつきまとうらしい。
泥濘で上手く進めないが、先へ先へと急ぐ俺の足には無関係のように感じられた。違和感はあっても進める。地面に足が着く時間は一瞬だから、ヌメヌメしてても然程変わらない。
体力も無限に等しい今。全力疾走をこんなにも長い間続けたことは初めてだ。受ける風も魔人と接しそうで気持ち悪いし、いいことはそれくらいだが。
そんな何も面白みのない今を変えようと、意図せずニアは聞いてくる。
「先輩、ルミウたちって大丈夫なんですか?その先輩が言うバケモノ相手に勝てるんですか?」
「あー、多分勝てると思うぞ。結果は確定とは言えないし、ルミウ1人だったなら五分五分ってとこだ。でも、シルヴィアもフィティーもいるから、今頃ボコボコにしてるさ」
「へぇ。そうなんですね。ルミウってやっぱり結構強いんですね」
「強いぞ。ルミウが本気を出したら国1つくらい1日で滅ぼせるからな」
「え?それって七星魔人よりも強くないですか?」
強い。遥かに強い。ルミウの底力を見れば、きっと誰もがそう思う。多分今頃それを見せてるだろう。だから言っても良いはずだ。隠されたルミウの本当を。
「七星魔人よりも強いのは当たり前だぞ。だってルミウの本名は――ルミウ・リュンヌ・ワンだからな」
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