第百八十九話 片方の転移
御影の地という魔境へ足を踏み入れたことは分かってる。ここにイオナとニアとも来たことだって。だけれど、元からそんなことは無かったかのように、今この場には私とフィティーとシルヴィアしか居ない。
入って早々にこの地の荒れ狂う空気感の圧力により、体の主導権が奪われ、人間としての自我を失いかけるほどの気派の淀んだ流が、体を侵食した。即座に対応したことで、気を失うこともなく、3人今は万全の態勢でこの場にて立っている。
周りを見渡してもそこにイオナとニアの姿は見当たらないし、気派で生存確認が出来ないほど遠くの場所へ居るとも分かってる。しかし、ここでは入れば右も左も分からない状況と何ら変わりはない。故に、今までの常識が通用するかも不明ということ。安全確認も簡単に出来ないだろう。
予想では、私たちが3人飛ばされたということは、2人も同じ場所へ飛ばされたと考えるべきか。相性が良い剣士と刀鍛冶だけあって、似たような何かを感じ取られた可能性もある。少しの不安が私を蝕むが、今は生きていることを信じよう。
「取り敢えず、合流が優先だと思うから、これからは少しずつ先へ進むよ」
未だに少し慣れない空気感と、物理的に上から圧力を加えられてるかのような重みに、顔を顰める2人。様子を見ながら進むしかない。
「私の予想では多分遥か遠くに移動したと思う。だから、2人とも感じてるように体の時間が止まった今、睡眠も必要ないから歩き続けるよ」
「分かった」
重たい足取りでも、生きるためにはイオナの力が必要だからこそ、歩き続けなければならない。未知に対しても、難なく対抗する力を持つイオナに、託して私たちはここに居るのだから。
それにしても、2人がイオナたちが消えても、思ったよりも落ち着いているのは意外だ。もう少し不安要素を掻き立てられると思っていたが、この空気感に意識の全てを持っていかれたわけでもないだろうし、成長したとも思えない。まぁ、落ち着けているのは唯一の良かったとこか。
そうして歩き出した私たち。奇襲に備えて真ん中にシルヴィアを配置する。対応は出来ると思っているが、魔人の力は御影の地では強化、いや、元の力を発揮すると言っていた。ならば常に全力で安全確認が必要だ。
「そういえば今気づいたけど、フィティーの両眼が、元に戻ったっていうか、碧眼じゃなくなってるけど、これってここに来たことが関係してる?」
背中からシルヴィアがフィティーにそう問いかける声がする。だんだんといつものシルヴィアの声音に戻り、慣れもし始めた頃だろう。
言われて私も振り向く。そこには、約1年前に1度だけ見た、左だけが真っ白の瞳をした、黒白のオッドアイを持つ少女が居た。黄金色の髪と相まってそれは、神秘的に映る。
「ホントに?戻ってる?」
フィティーの持つ唯一の顔を反射させる色彩である、銀色の短刀を取り出し、その刀身に瞳を反射させて見る。オリジン刀は翠であるため、反射しても銀よりかは見にくい。
「ホントだ……体の違和感は何もなかったけど、自然に入ったら塗料が落ちたっていうか、効果がなくなったのかも。自分では拭ってないから、多分そう」
「ここでは隠す意味もないってことかもね。その人が、今でもフィティーをフィティーだと分かるように、唯一無二の眼を持つ者として見分けられるように」
誘われて来たと言っても過言ではない。元の予定では、ただイオナに付いていく形で、私たちもここへ来るはずだった。が、今はフィティーの誘われたというこちら側の勝手な解釈で、同じ道を歩いている。正しいかの確認のために、最初から御影の地へ踏み出すのは賢くないが、そうするしか方法はなかった。だって、誰もがこの先から情報を得られなかったのだから。
「そうだ。ここでは何かしら情報になり得ることは、その眼では分からない?」
異能力を込められたような左眼。それには御影の地との、なにかしらの因果関係があるはず。少しでも小さくても、そこから情報が得られれば、足取りも軽くなるのだが。
「んー、無いね。地形の確認が正確無比に出来るだけで、今のところはまだ適応に時間が必要だと思う。多分だけど、時間を使えば慣れから、何かしらの情報は得られるかも。その感じはするから」
「なるほどね。それなら、慣れるまではこのままで。小さなことでも教えてくれると助かるよ」
「任せて」
ここには1人で来てはいない。イオナですら使えない力を、フィティーは持っているのだから、きっとここでも生き残れる。有効活用し、剣士としての力で劣るならば知略で勝負だ。心強い味方もいることだし、負けは一切見えない。
強気に、ね。
「……2人とも、一旦止まって」
生命体の存在を確認した。私のテリトリーに、1人の何者かが侵入している。
これは……。
警戒を最大限まで引き上げると、近づく生命体を待つ。木々に囲まれたこの場で、四方八方を囲まれなければ、逃げ道はあるのだから、今はゆっくりと。
そして、バサッとその枝木を潜って出てきたのは。
「おっ、ここに居たか」
「君は……」
「はっ、イオナじゃん!」
シルヴィアは迷うことなく反応して、その生命体の名前を呼ぶ。だが、名前を呼んでも残念ながら、その名前をこの生命体につけるのは、とても不快だった。
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