第百八十七話 雷雨は快晴へ
運も実力とか聞くが、こればかりはその言葉を恨む以外何も思わない。相手に圧倒的に有利な状況で情報もない。その上で相手は縦横無尽に動く。俺にメリットなんてこれっぽっちもない。
「この天候だと、お前に勝ちが傾きかける可能性がある。そういうの求めてないし、一刻も早く仲間と会いたい。ってことで、早めに終わらせるぞ」
「早めに?天候を変えられるわけでもないだろうに。まぁいい。貴様が動く前に、俺は貴様の首を斬る」
「好きにしろ」
天候を操作するなんて魔法的なことは俺には出来ない。でも、黒雲をこの場から消すことは今なら可能だ。体中の気派は消えないという時間停止の影響で、それは容易く。
レベリングオーバーと合わせるから出来る。唯一無二。俺以外には出来ても少しの明かりを照らす程度だろう。
刀を構える。いつ来ても奇襲に対応出来るように、意識は常にゼビアにある。四肢を1本でも動かせば、それらを即座に察知し、的確なとこへ刀を斬り込む。途中で止められる剣技ではなくとも、速さには自信がある。気にしてもいない。
気派を刀身と腕に集める。久しぶりなので、その型の通りの技を出せるかは懸念点。しかし、流石に神傑剣士として、頭の中で覚えてなくても体は覚えている。
普段から使うように馴染む型。それが最高潮に達した時。
「蓋世心技・天」
放たれる先は空。ゼビアは突進した瞬間に死を察して、次地面に足が着いた時は、既に踵を返して元の場所へ、焦りを含んで素早くも情けなく戻った。
地面は半径5mに亘り凹み崩れ、放つ時の風圧により木々は根っこを出して倒れる。その瞬間から雨粒が俺の肩を叩くことはなくなった。雷鳴も聞こえない。瞬間移動したかのようにそれは刹那だった。
動物すら居ないこの地。植物も雑草程度しかない果ての地。それらに相応しい天候すらも、俺は剣技1つで凌駕して見せたのだ。
「これで少しは明るくなっただろ。明かりが届くとは思わなかったけどな」
空から差し込む陽光は確かに眩しい。御影の地へ入る前から薄暗く不気味だったが、それすら感じない。木々で遮られることもないこの場所だけは、そう感じるのかもしれないが。
「これで正々堂々の勝負だ。天候なんてしょうもない強化で勝ち負けを決めたいとは思わないし、ナイスだったんじゃないか?」
「そうか?正々堂々とはまだ言い切れないぞ?貴様の知らないことは、未だ無数にあるのだから」
「だとしても、その初見殺しの天候利用を無効にしたんだから、何が来ようとも死を目の前にすることはないだろ」
「戦わなければ分からない」
「なら早めに終わらせよう。また黒雲を出されて、体を濡らすのも好きじゃない」
攻撃が怖いからではない。ただの個人的な不満があるだけ。雨粒だって万全の状態を崩す要因になる。それを避けるために、常に有利を得るゼビアを同じ土俵へと引きずり下ろす。
「俺の技に少し驚いたお前が、今更勝ちを確信してるとは思わないがな」
自信満々に言った、「技を放つ前に首を斬る」という言葉。絶対に出来ると思っていたからこそ、驚き、思わず引いてしまったことが、確信が消えたことの証明だった。阻止出来ない。近づけば負傷するのだと、それらを確信してしまったから、首はまだ丈夫なまま胴体と頭部を繋いでいる。
「人間だって小石に躓けば両手を出して胴体が激しく地面と衝突しないようにカバーする。それと同じだ。今のは反射的に避けただけにすぎない。勝ちが揺るぐこともない」
「バカなのか?何故両手でカバーするか。それは倒れれば危険だと本能的に察するからだ。俺の技を受けても無傷ならば、それをお前が本能的に察するならば、避けることなく俺の首を迷わず狙っただろ。でもしなかった。第一、その力量を持ちながら、俺の技がどれほどのものかを反射的にしか分からないお前でもないだろ。死を避けての回避をしたってことだな」
「さぁな。戦闘に不慣れな貴様ではそう見えたのかもしれない」
「適当言うな」
魔人は死を恐れるのではなく、目的を果たせず、後悔しながら死ぬことを恐れる。だからこそ、その負の感情を抱くべき相手ではない相手に、死へと追い込まれることを何よりも嫌悪し避ける。
その時に顕にするのが、そのゼビアの相好だった。はっ!としたように顔をグチャっとし、眉を寄せて俺の技を忌み嫌うようなそれは、どうしても今この場で死ぬことを良しと思わないものだった。
「それを確かめるか?快晴の下で、不利もないこの天候で、どちらが正しいのか」
どれだけ虚勢を張っても、勝ちが正しく負けが間違い。お互いの思い込みの決着は、全ては力なのだから。
「不利だらけだろ。まだ天候のことすら把握してないってのに」
「把握出来ない前提で戦いに挑みに来たんだろ?情報すら少ないそっちの地から、まさか何もかも得て来ようと思ってたわけでもないだろ?」
「確かにな」
集めても集めても、僅かな情報しか得られなかった。だから誰もが内心思っていた。未知に突っ込むことが、これほど無謀な策になるのだと。それでも、きっと死ぬことはないのだと付いてきた。ならば、俺はその可能性を確実に変える必要がある。
「俺らにとってお前らは未知の存在。この地も同じくな。だが、それはお前らも同じだ。俺のことを知っているようで知らない。だから、今のお前が可哀想で仕方がない」
少しでも面白い、続きが読みたい、期待できると思っていただけましたら評価をしていただけると嬉しいです