第百八十六話 運も実力
「それほどまでに同類と思いたくないか。いいだろう。俺も貴様と話すと、どんどん嫌悪感が増す。復讐の対象でもないが、この無性に感じる憤りを晴らさせてもらおうか」
染められた真っ黒の双眸は、俺の考えに心底憤りを顕にした。突き刺した刀を引き抜き、双眸を鋭く、俺へ絶対的な死を与えようと躍起になるように、その場の圧が重くなる。物理的に掛かる上からのそれは、雷雨と然程変わりはない。
「すぐに怒るとこも、魔人らしくていいな。意に沿わなければ殺す。あの御方以外は。って言われてるようで笑えてくるな。そんなに復讐のための魔人化を正当化して、自分の過ちを正しいと思い込むよう自分自身を洗脳されてるのか?醜いな。魔人は」
「黙れ。貴様ではあの御方の力を理解することは出来ないくせに、適当に語ってんじゃねーよ」
雰囲気も変わる。剣士としての余裕は未だあるが、あの御方への絶対的な忠誠心から、バカにされた事への憤りが、爆発寸前まで大きなものとなる。
「ならお前も、人間をやめたゴミの分際で人間について語るんじゃねーよ。過去なんてどうでもいいんだよ。今は魔人のお前に、人間を安安と語る権利は全く無いんだから」
対抗心をむき出しにする。俺はまだ精神的には子供……くらい。だから好きなように暴れる。人間を汚すものが相手ならば、それは激しく。
莫大な気派の圧。衝突するそれらは俺が押している。負けない、負ける気配がない。まだ8割程度の圧に対して、ゼビアは9割超。たったこれだけの差でも、勝ちは傾く。
「殺すぞ」
「来いよ。早速負けてる負け犬が」
いつでも準備万端。落ちる雨粒を視認しては大きさを測れるほどには研ぎ澄まされた視覚。洞窟の中で待つニアに反響する雨音を聞けるほどに研ぎ澄まされた聴覚。瞼を閉じても殺気を感じるほど研ぎ澄まされた触覚。死への道はまだ遠かった。そしてダメ押しの。
レベリングオーバー。
「極心技・天帝無双」
密かにレベリングオーバーを発動させると、そのタイミングで詰め寄る。心の中を覗かれたようなタイミングは、少し俺の判断を鈍らせる。が、少しなんて今の俺には無いようなものだった。
白く纏った気派は、剣技により強化された攻撃特化の付与。天帝無双は使用気派が二分の一ながらも、剣技最大級の気派の斬撃を繰り出せる技。当たればいくら防御を固めていたとはいえ、傷はつくのは避けられないだろう。相手はそれなりに猛者。確かに受け止める必要があった。
「繊心技・朱雀の剣」
防御に特化すれば、レベリングオーバーを加えて確実に防げる。相手はレベル5の技を使うため、レベル6となったそれを超えることは不可能だ。
右から首へと向かうゼビアの刀は、目で捉えるには余裕。確認すると即座に朱雀の剣で、風を纏わせると弾く準備を整える。
が、甘かった。
「こっちだ」
「?!」
声の方向を向く。時間にして刹那、視界には目の前に居たはずのゼビアの姿があった。どう考えても、振り向く速さと体全てを移動させて声を出すまでの速さは、振り向く方が速い。なのに、平然と後ろで既に右足へと刀を振っていた。
焦った。一瞬で俺の今までの予想外が起きたから。正確無比な判断をしてきた俺だからこそ、これが危機なのだと簡単に理解した。
でもどうすることも出来ない。刀はもう首元に構えた上体。ここから剣技で凌ぐのは難しい。考えろ。考えろ。
そして思考すらも人間の域を超えた俺の脳内は、刹那を10秒ほどに感じて、答えを導き出した。
キンッと高鳴る音。刀と何かが接した金属音。刀と刀ではなく、間違いなく、刀と気派の接触音だった。そう。全身の神経を研ぎ澄まし、右足へと完全なる防御として気派を集めたのだ。
止められた剣技。それでも身を包んだローブと、覆っていたはずの戦闘用のズボンすらも破れており、危機一髪というギリギリのラインで受け止めた。残り何秒のミスで足から鮮血を流しただろうか。ヒヤヒヤする。若干赤くなる破けた部分。微かに刀が接触したのだろう。
接触した瞬間に刀を蹴り飛ばし、ともにゼビアも飛んで下がる。
「……危ねぇ」
「ほう。よく止めたな」
「素晴らしい反射速度だろ?」
「ああ。思っていたよりかはやるようだ」
「低く見積もり過ぎだな」
危なかったが、それを一切感じさせない。まだそれに対応出来るという圧を放つ。1度目で止められたのは大きなポイントだ。次からは意識して避けられるだろう。
それにしても惑わし。完全に本体だと思っていたが、どこで切り替わったか。元々偽物ではない。出会った時からそれは気派で確認済み。ならば、これも御影の地の効果か。天帝無双に、そんな能力もない。
「今のはズルじゃないのか?」
「何を言う。俺の技だ」
「それにしてはこの天候にその技は相性がいいみたいだな。これもお前の運の良さが味方してるのか?」
「ここは俺たちの世界だ。味方するのは当然だろうな。異端者である人間たちは、好まれないだろ」
「異端者ね……」
天候に左右されるな。
少しでもこの場で有利を得る必要がある。その邪魔、妨げとなるのは紛れもなくこの空だ。無駄に大きな雷鳴に雨粒。明かりもないような黒雲。どれもメリットはない。
なら、消すか。もし消せなければ、不利の中での戦いを強いられる可能性が高くなる。そうする必要を消すにはすぐに決着をつける。あくまでこれはまだ遊びだ。全力はまだ出さない。
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