表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

183/258

第百八十三話 逃さない




 全ては出会った瞬間から理解していたということ。


 「お前の顔を見た時も、気派を察知した時も、お前がルミウだとは微塵も思わなかった。何かしらの禍々しくて受け付けない、汚い気派がそこにあるっていう程度にしかな。だからお前のような、憎悪に囚われるだけの屍に、ルミウの名を出されるのも憤りしか感じない」


 増していくその憤り。認めるからこそ、大切にするからこそ、その名を敵対する生物に名乗られたことが、心底憎い。それは向けられた刀を鋒から柄までに込められた気派を見れば、私にだって分かる。


 「何かしらの情報を得られるかと思ってそのまま放置していたが、この天候だと無理には動けないし、そのせいで偶然を装って聞くことすら不可能になった。だからここで終わりだ」


 嘘を見抜けるイオナ先輩は、考えを募る形で騙されてると惑わしながらも、確かな情報を手に入れられる。しかし洞窟では、情報を得るための気になる点がない。だから、執拗に質問を繰り返せば悟られると思ったのだろう。


 私には全く気づくことの出来ない完璧な擬態。顔も体躯も全てがルミウだった。喋り方だって声音だって、どれを見ても疑う要素はない。これが長年ライバルとして関係を築いた剣士としての感覚か。


 「……逃げ道は?」


 「擬態を解いて、その本来あるべき姿であの御方とやらに殺されに行けば、今はまだ生きられるな」


 「……ふふっ……そうか。思ったよりも鋭く賢いらしいね。それほど長けた才能を持つということは、流石は認められた剣士だよ」


 諦めたか、笑って最期を迎えるかのように動く気配はない。両腕はだらんと下げられ、立ち上がろうともしない、いや出来ないほどに地面にぴったりくっついている。


 そして再び足元から顔へ、視点移動すると、既にそこにルミウの顔は無かった。魔人として、彼女の本当の顔が現れていた。傷だらけの痛々しい傷跡。魔人とはいえ、若干薄れた痛覚の中でも激しく感じるような、何度もつけられたその跡。


 ルミウには無い、これまでの過酷な人生を語るそれらは、長く見ていたいとは思わなかった。


 「そもそも、君には私を逃がす気は無いだろう?」


 「大正解だ」


 「ふふっ。なら、君に殺されたくはない私は、他の選択肢を選ぼうかな」


 そう言って、即座に短刀を内ポケットから取り出す。負のオーラを放つ、その黒い短刀を、次の瞬間心臓に突き刺す。


 「洞窟を選んだのは正解だったかな。――巻き添えだよ」


 体が黒い斑点とともに輝く。何が起きるか正確には分からないけれど、何かしら危険なことが起きるのは肌に感じていた。伝わるその莫大になる圧。死を以て私たちを殺すのだと、察するには簡単だった。


 「ここで巻き添えも勿体ないけど、それで復讐が果たせるなら!」


 最後に一押し、強めに心臓へ短刀を突き刺す。これがリミッター解除なのだろう。


 「先輩!」


 思わず叫び出た言葉。でも、それは安心感へと変わるのはそう遅くはなかった。何もせずにただ刀だけを向け続けるイオナ先輩。焦りも何も感じない。虚無感に包まれたかのようなその微動だにしない相好は、今まで通り崩れない。


 同時に、何かしらの攻撃を仕掛けようとした、彼女の怒りによるリミッター解除は――止まった。


 「……えっ……なんで……」


 刺した心臓から流れ出る血。そして、目からも鼻からも口からも、傷を負っていない場所からも、たらたらと血は流れ出る。もちろん、止まらない。


 「満足して死なせるわけにもいかない。お前はここで無力を痛感して、死んでくれ」


 「……何を……したの……?」


 「さぁな。同じ場所に逝き着いたら、その時に教えてる。だから、今はもう黙って死んでくれ」


 「……気に食わない男だよ」


 「魔人からの好感なんて、これっぽっちも興味がない」


 「そう」


 グダッと力を無くした彼女は、屍へと戻る。2度目の死。理に反したその行為は、きっといつまでも報われることはないだろう。


 続く雷雨の中で、止む気配のないその天候は、先程の質問の答えを教えてくれているようだった。強力な魔人が近くにいるなら、その場の天候は怪しくなる。おそらく。


 「近くに中々の手練が居る。この天候は変わることはないから、今のうちに相手をして来る。洞窟内に居れば安心だろうから、黒奇石を持って待っててくれ。そこまで遠くには行かないから」


 「分かりました」


 すっかり落ち着いた様子。魔人の天候操作は本当なのだろう。今そこに倒れた魔人ではなかったというならば、近くにずっと潜んでいたということ。もしかすると仲間の可能性もある。基本魔人は、その負の感情を原料に動くため、1人行動が普通。しかし、知性を持つならば、話は変わるよう。


 ローブを着直して、イオナ先輩はゆっくりと外へ向かう。疲労感が無いのはやはりそういうこと。でも、気温は肌に感じる。ひんやりとした冷気が襲うことはないが、洞窟の中ということも相まって、身を丸めてしまうのは不可抗力。


 付いてきてなんだが、面白味は何もない。サポート、そして同じ道を歩むことを夢見たから、それを達成するための道のりを歩いているだけ。実際戦闘はしないし、守られるだけ。それでもこの場から逃れたいとは思わない。


 それが私の唯一の強みであり、魔人とは程遠い存在であり続けるための、負の感情とは離れた思いなのだろう。

 少しでも面白い、続きが読みたい、期待できると思っていただけましたら評価をしていただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ