第百八十三話 逃さない
全ては出会った瞬間から理解していたということ。
「お前の顔を見た時も、気派を察知した時も、お前がルミウだとは微塵も思わなかった。何かしらの禍々しくて受け付けない、汚い気派がそこにあるっていう程度にしかな。だからお前のような、憎悪に囚われるだけの屍に、ルミウの名を出されるのも憤りしか感じない」
増していくその憤り。認めるからこそ、大切にするからこそ、その名を敵対する生物に名乗られたことが、心底憎い。それは向けられた刀を鋒から柄までに込められた気派を見れば、私にだって分かる。
「何かしらの情報を得られるかと思ってそのまま放置していたが、この天候だと無理には動けないし、そのせいで偶然を装って聞くことすら不可能になった。だからここで終わりだ」
嘘を見抜けるイオナ先輩は、考えを募る形で騙されてると惑わしながらも、確かな情報を手に入れられる。しかし洞窟では、情報を得るための気になる点がない。だから、執拗に質問を繰り返せば悟られると思ったのだろう。
私には全く気づくことの出来ない完璧な擬態。顔も体躯も全てがルミウだった。喋り方だって声音だって、どれを見ても疑う要素はない。これが長年ライバルとして関係を築いた剣士としての感覚か。
「……逃げ道は?」
「擬態を解いて、その本来あるべき姿であの御方とやらに殺されに行けば、今はまだ生きられるな」
「……ふふっ……そうか。思ったよりも鋭く賢いらしいね。それほど長けた才能を持つということは、流石は認められた剣士だよ」
諦めたか、笑って最期を迎えるかのように動く気配はない。両腕はだらんと下げられ、立ち上がろうともしない、いや出来ないほどに地面にぴったりくっついている。
そして再び足元から顔へ、視点移動すると、既にそこにルミウの顔は無かった。魔人として、彼女の本当の顔が現れていた。傷だらけの痛々しい傷跡。魔人とはいえ、若干薄れた痛覚の中でも激しく感じるような、何度もつけられたその跡。
ルミウには無い、これまでの過酷な人生を語るそれらは、長く見ていたいとは思わなかった。
「そもそも、君には私を逃がす気は無いだろう?」
「大正解だ」
「ふふっ。なら、君に殺されたくはない私は、他の選択肢を選ぼうかな」
そう言って、即座に短刀を内ポケットから取り出す。負のオーラを放つ、その黒い短刀を、次の瞬間心臓に突き刺す。
「洞窟を選んだのは正解だったかな。――巻き添えだよ」
体が黒い斑点とともに輝く。何が起きるか正確には分からないけれど、何かしら危険なことが起きるのは肌に感じていた。伝わるその莫大になる圧。死を以て私たちを殺すのだと、察するには簡単だった。
「ここで巻き添えも勿体ないけど、それで復讐が果たせるなら!」
最後に一押し、強めに心臓へ短刀を突き刺す。これがリミッター解除なのだろう。
「先輩!」
思わず叫び出た言葉。でも、それは安心感へと変わるのはそう遅くはなかった。何もせずにただ刀だけを向け続けるイオナ先輩。焦りも何も感じない。虚無感に包まれたかのようなその微動だにしない相好は、今まで通り崩れない。
同時に、何かしらの攻撃を仕掛けようとした、彼女の怒りによるリミッター解除は――止まった。
「……えっ……なんで……」
刺した心臓から流れ出る血。そして、目からも鼻からも口からも、傷を負っていない場所からも、たらたらと血は流れ出る。もちろん、止まらない。
「満足して死なせるわけにもいかない。お前はここで無力を痛感して、死んでくれ」
「……何を……したの……?」
「さぁな。同じ場所に逝き着いたら、その時に教えてる。だから、今はもう黙って死んでくれ」
「……気に食わない男だよ」
「魔人からの好感なんて、これっぽっちも興味がない」
「そう」
グダッと力を無くした彼女は、屍へと戻る。2度目の死。理に反したその行為は、きっといつまでも報われることはないだろう。
続く雷雨の中で、止む気配のないその天候は、先程の質問の答えを教えてくれているようだった。強力な魔人が近くにいるなら、その場の天候は怪しくなる。おそらく。
「近くに中々の手練が居る。この天候は変わることはないから、今のうちに相手をして来る。洞窟内に居れば安心だろうから、黒奇石を持って待っててくれ。そこまで遠くには行かないから」
「分かりました」
すっかり落ち着いた様子。魔人の天候操作は本当なのだろう。今そこに倒れた魔人ではなかったというならば、近くにずっと潜んでいたということ。もしかすると仲間の可能性もある。基本魔人は、その負の感情を原料に動くため、1人行動が普通。しかし、知性を持つならば、話は変わるよう。
ローブを着直して、イオナ先輩はゆっくりと外へ向かう。疲労感が無いのはやはりそういうこと。でも、気温は肌に感じる。ひんやりとした冷気が襲うことはないが、洞窟の中ということも相まって、身を丸めてしまうのは不可抗力。
付いてきてなんだが、面白味は何もない。サポート、そして同じ道を歩むことを夢見たから、それを達成するための道のりを歩いているだけ。実際戦闘はしないし、守られるだけ。それでもこの場から逃れたいとは思わない。
それが私の唯一の強みであり、魔人とは程遠い存在であり続けるための、負の感情とは離れた思いなのだろう。
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