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第百八十二話 突然の憤怒




 歩き出した私たちに合わせてか、進むごとに天候が悪くなる。木々に囲まれたこの場所では空を見ることは簡単ではないが、明らかに陽光が木の葉に遮られての暗さではない。常闇かと思えるその50m先は、特にそれを掻き立てる。


 「……不運か、それともこれも操作されてる……か」


 「面倒だね。雨の中は耳に意識を割かれるから、正直苦手だよ」


 「弱音か?」


 「口に出したかっただけ。弱音かもしれないけど意味は込めてないから弱音じゃないよ」


 「そうかよ。取り敢えずローブを着るぞ」


 怪我を負いにくいローブ。シルヴィア特製の、神傑剣士にだけ与えられる紋章付き。刀の攻撃をある程度防ぎ、気派と組み合わせることで体温を保てる仕様だ。


 渡されたイオナ先輩の少し大きめのローブを身に纏い、気派によって今も尚温められた体を更に温め続ける。それからしばらくすると、その黒雲は一発の轟音を響かせると、次第に雨を降らせる。


 先輩たちの剣技の音を凌ぐために操られたかのような天候。地面を泥濘と化し、下手すれば不利を強いられる地形。どれもこれも、何1つとしてメリットは無かった。


 「長そうだな」


 「分かるんですか?」


 雷雨で消される声。必然的に叫ぶように伝えなければ、誰の耳にも届かない。でも、イオナ先輩の独り言を捉えたのは、正直自分でも驚きだった。


 「勘だ。予想では御影の地って呼ばれる領域全てが今この天候だろうな。各王国へ攻めた時も、不思議と天候は悪くて快晴は無かったと言われてるくらいだ」


 「魔人との因果関係かな?力が強ければそれだけ天候に影響を及ぼす。その可能性があるならば、この状況は目を逸らしたいね」


 今まで生きてきた中で初めての天候。鳴り止まず落ち続ける雷に、一粒1cmほどの雨粒。木々でそれらの勢いを止められても、若干の痛みはある。


 「……はぁぁ。近くに洞窟があるらしい。そこに向かうとしよう」


 「了解です」


 その洞窟に微かな希望を抱いたような声音。居てほしい、休んでてくれないかと懇願するような切実な願い。それが叶うならばどれだけ嬉しいことか。


 普段から落ち着きがあり、感情も激しく変わりはしないイオナ先輩だからこそ、今のこの状況を深く重く受け止めている。筆頭に立つからそれはより強い。


 深くため息を溢すと、足早にその場所へ向かう。泥濘に足を取られても、なるべく早くと、その先へ。イオナ先輩の力は万能なもので、地形すらも分かってしまうその異能的な力は素直に羨ましい。


 2分ほど歩くと、その場所へは着いた。体力の消耗を感じない、体の時間だけが止まったかのような不可思議現象。何かしらのデメリットがあるのだはないかと、考えてしまうほどには疑心暗鬼である。


 消える気配のない黒雲を確認すると、見張る気もなくイオナ先輩は入口付近から戻ってくる。するとゆっくり座っては――肌が危機感を覚えるほど冷酷な声音で言う。


 「なぁ、お前が言った天候との因果関係。それは本当なのか?」


 「本当かどうかは分からないよ。可能性の話だからね」


 それに動じることもなく、違和感を抱いた様子もないルミウ。即座に、それも素直に答える。だがその真反対の態度でイオナ先輩は再び問う。


 「いや、お前は知ってるんじゃないのか?」


 「……何を?」


 「確信ってか本当なんだろ?御影の地では、猛者がいる場所は気配と天候が変化するって。未だに知らないふりをして俺たちを惑わそうとするのはやめてくれ」


 これまでに見たことがない。ルミウにイオナ先輩が不機嫌なことをぶつけるところを。落ち着いた雰囲気だが、確実に憤りを顕にしたその声音は、私にでも伝わった。


 「……先輩?」


 「どうしたの?急に人が変わったように目を細めて……」


 状況を飲み込めない私たち。だけれどそんなの見ず知らず、イオナ先輩は言う。


 「なら、単刀直入に聞くから答えろ。――お前は誰だ?本当の名前は何て言う?」


 私に問われたわけではないのに、一瞬にして背筋が凍る感覚を覚えた。鋭く向けた眼光に、殺意を込めた威圧。嘘を付けばバレて即殺されることを、この身にでも感じるほど浴びたことのない圧力。


 それは間違いなくルミウに向けられる。質問の意味を理解しないわけもなく、刹那、動揺を見せたルミウはゆっくりと口を開く。


 「誰って……君も知ってるじゃない。私はルミウ・ワンだよ」


 少し呆れていた。だが、それもほんの少しとも言えない。もう刹那とも言えないほどに短い時間。私には到底表情を確認出来ないほどの時間。


 目が捉えた情報は、ルミウの右首にイオナ先輩の刀が向けられているところだった。


 「……何を……君は一体どうしたの?!」


 あまりにもおかしいイオナ先輩の状態に、流石にルミウも狼狽する。それに対して変わらず冷酷冷徹に。


 「知ってるさ。ルミウ・ワンって名前はな。けれど――お前は知らないんだよ」


 「……え?」


 「まだ分からないのか?俺はお前と出会ってからお前をお前としか呼んでない。それは何故か。単にお前の名前を知らないからだ」


 言われて私もハッとする。イオナ先輩はいつもルミウのことはルミウと呼ぶ。お前とは極稀にしか耳にしない。最初から気づいていたということか。


 いや、待って。思い返せば蓋世心技を使おうとした時、その先から出てきたなら、イオナ先輩の索敵に引っかからないとおかしい。これは……。

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