第百八十一話 最悪の展開
スラッと伸びた長い足。170の女性にしては高い身長を、木の下から覗かせるように出て来る。
「ルミウ……?」
思わず出たその人の名前。ヒュースウィットだけでなく、他国へも轟く、誰もが知り、最強だと認める表の最後の砦。
「なんだお前かよ」
イオナ先輩も気づいた様子。蓋世心技を使うために抜いた刀を1度納刀する。どことなく安堵感を見せるが、同時にルミウ1人という状況がどういうことかを理解したため下唇を噛む。
当然だけれど、ここにルミウが居るならば、最高でもフィティーとシルヴィアが一緒なだけ。実力の高い2人がこちらに来てしまったのなら、それはもうイオナ先輩には最悪の状況。
「ごめん。私も足を踏み入れた瞬間に1人になって、周りを探したら君たちを見つけてね。少し走って来たよ」
「一応だが、シルヴィアとフィティーは見たか?」
「いいや。全く」
「そうか」
顎に手を置くと、何かを考えるよう顔を顰める。基本は自他共に認める脳筋な先輩だが、いざとなれば火事場の馬鹿力のように咄嗟に冴えた判断をするため、その頭の悪さは馬鹿には出来ない。そもそも力で全てを解決するため、杞憂でもある。
「やっぱり蓋世心技を使うか……でもな……周りに位置がバレるのも良くないし……」
「使っても良いんじゃない?君も分かるように、周りに敵と思える生命体は居ないから、奇襲もない。安全圏だから使っても」
これは私からしても未知の話。剣士と刀鍛冶として分類されているのもあるが、誰しも生まれながらに持つ気派についての話なのについて行けない。それほどに至高の話なのだ。
「そうだな。なら悪いがお前が使ってくれ。俺は今索敵範囲を広げてるから、もう1度展開するのは面倒なんだ」
「了解」
確かに。聞いた時はそれが普通かなとも思ったけれど、よくよく考えてみれば、半径500mの円形の索敵範囲なんて尋常じゃない。人間技を優に超えている。
それを今躊躇いなく展開したこと、範囲が広すぎることから、どれだけイオナ先輩が心配しているのかが伝わる。もしかしたら既に、なんてこともあり得る。
怖いね……。
ルミウは言われてすぐに抜刀。イオナ先輩とアイコンタクトをとると、私を守れという意味を込めたのか、近くに寄って目の前に立つ。
「蓋世心技・紅」
ドンッ!と激しく音を轟かせると、目の前の木々が次々に倒れるのではなく、一瞬にして伐採される。元々そこには何もなかったかのような更地。これもまた、人が容易にこなせる技ではない。流石は至高の領域に立つ者。
「助かる。これで俺たちのとこへ来ないなら、次動いて調べよう」
「分かりました」
「どうだ?御影の地で剣技は。疲れたか?」
「足を踏み入れてから感じてたけど、時間の経過が感じられないね。だからそれに伴って、体力も消耗しない」
「なるほど」
ということはフィティーの言っていたことは本当だったということ。ならば、耳にしたことは高確率で本当なのだと知れる。
「なら、今はまだフィティーも安全だろうな」
「なんでです?」
「前話した女性の言葉。それも本当の話ってことだ。ならば、フィティーを待ち望んで居るだろうから、入って即殺すということはしないだろ」
フィティーに、何かしらの希望を抱いたのか、御影の地へ放り出された際に負った左目の負傷と引き換えの情報。それをそのままに、御影の地から初めて人間たちの住む地に、侵入者を逃した。
その意味を詳しく理解なんて不可能だが、イオナ先輩はそこに微かでも希望を抱いては、可能性に懸けているようだ。
「なら、考えるのはシルヴィアが1人で居ることだね」
「多分だが、フィティーと同じ場所に居るだろう。どんな力が働いて俺らを別けたのか知らないが、ニアを俺と同じ場所に踏み込ませたなら、シルヴィアもきっとルミウかフィティーのどちらかと同じに出ているはず。剣士に比べて圧倒的に弱い刀鍛冶は足手まといだが、それでも一緒なら、価値があるって思われたってことだと俺は解釈する」
都合のいい解釈。それでも納得しそうなほど分かりやすい。もちろん刀を握れば、力は気派さえあれば私はイオナ先輩、シルヴィアはルミウと同じ力を出せる。けれど立ち回りや身のこなしは全くの別物。良くてレベル4だ。
「なら、私もそう思う」
「私もです」
「ああ。取り敢えず、ここ周辺には反応はない。フィティーも蓋世心技を使わないなら、ここ付近に居ないってこと。待つのはありだが、状況が確定しない以上は急ぐ必要がある」
「君の判断に従うよ」
いつもはルミウの判断に従うのが普通。それが最適で絶対だったから。でも今回は違う。人の命が脅かされる以上は、冷徹なイオナ先輩に任せるのが正しい。
「上下左右どこまで続いてるのか分からないが、踏み込んだ際に見ていた方向へ進む。ここは御影の地。魔人が王国で戦うよりも強いから、そこは気をつけろ。数も多いだろうからな」
ほとんどが知性を持った魔人。私たちと会話も出来るという。易しく言えば人間を強化された生き物だが、正真正銘の殺戮に飢えたバケモノだ。慈悲なんて必要ない。
周囲の警戒はそのままに、私たちは疲れを感じない体を軽く動かし、段々と適応した御影の地の空気感に呼吸も整う。不安感恐怖感は消え、今では特に気にすることは何もない。
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