第百六十六話 どっちが好み?
その仲の良さ故か、俺を挟んで何やら反目するのは気分が悪くないという謎の温かみを持っていた。日頃から喧嘩は少ない2人のため、珍しいこともあるんだなと、親的立場で仲裁もせずに微笑ましく見守る。
170と150前半の身長。どちらも睥睨する様はカッコよくも可愛くも映る。身長に関係ないように、豊満な胸を持つシルヴィアに対して、比べてしまえば小さいとしか見えなくなるルミウ。
どっちもありだな……。
なんて思っていると、それを気取ったかのようにギロッと、その何を考えてるか読めないようなジト目を更に細めて睥睨する相手を変えてくる。殺意はないのに殺気は飛ばされてる気がする。
なんでこういう時だけ……。
謎に俺にだけ察知能力が高いのは、常に俺がルミウに対してカマチョしているからなのだろうが、それでも慣れたとしても、俺の考えを読み解くことに特化し過ぎている。
エアーバーストがあるとしても、緻密な操作が出来たとしても。
「イオナはルミーと私、どっちの容姿が好き?」
突然の地獄の質問。よく聞く究極の二択という悩まされる選択肢の問題。それを遥かに凌駕する、今この場でどちらかを選べば必ずどちらかから短刀で刺されるのは間違いない、これぞ本当の究極の質問である。
女性の容姿問題はシビアだ。一歩踏み間違えると、その瞬間、気派をも貫通する鋭利なナイフを込めた地雷が爆発する。慎重に、そして何よりも、お互いを傷つけない答えが望まれる。いや、女性からしたらどちらかが傷つくことを願っているのだろうが。
俺だけ傷ついて2人助けるか、俺と片方を助けて1人傷つけるか。まさに他力本願の人殺しだ。命令に逆らえないのが大きなポイント。
ルミウとシルヴィア。俺を殺せる可能性のある唯一のコンビ。ルミウに関しては一騎討ちで10秒以内に倒せないと、厄介になる相手なので、今この状況は背水の陣。
魔人よりも、御影の地よりも、この2人が俺にとっては恐怖だ。刀を抜く前に殺されそうな、そんな勢いを込められた視線は、実際戦闘で傷を負わないことを考えると、人生で1番痛い攻撃かもしれない。
悩む俺は時間にして1秒。脳内では1分のその長考で、ゴクリとつばを飲み込んで、覚悟を決めた。批判は受けよう、と。
「び、美人と可愛いで2人分けられるから、美人ならルミウで可愛いならシルヴィアだな。クールで優しさも兼ね備えたルミウはギャップがあっていいし、可愛くて天真爛漫だけど、時と場合を考えて真面目になれるカッコいいギャップがあるシルヴィアも良い」
どちらが?と問われても明確に答えは出さない。どちらが良いかなんて答えていいことは何もない。だが、これは紛れもない事実だろう。
確かに答えとしてはクールとか天真爛漫関係なく、どちらと聞かれたので、どちらかを答えなければならないのだろう。しかし、褒められた女性は、そこまで自分の言ったことを思い出すほど嬉しく思わないことはない。
それが長い付き合いならばより。それも分かりやすい。
が。
「それは分かってる。聞いてるのは君の好みだよ」
よし――死ぬか。
流石は最強で人気No.1の剣士様。俺の思っていた、立てていた作戦を悉く破壊してくれる。自分の容姿が整っているから人気なのだと、誰よりも理解しているということですね。はいはい。これはもう逃げられません。
向けられる念の込められた厚く硬い、可視化されたように物理的な痛みを与えるその視線は、俺の答えを催促する。
全く曇りのない快晴。風吹いても寒いとは思わない季節。木々が彩りを付けはじめるこの時期。似合わな過ぎる問いに、こんなにも冷や汗をかいたのは人生で初めてだ。
「俺の好みを聞いてどうするんだ?」
「イオナ視点のルミーとの優劣をつける」
でーすよねー。
「いいこと無いだろ。仲いいのは分かるが、軋轢の原因が俺ってなるのは嫌なんだが?」
「大丈夫文句はない」
「はぁぁ……」
人生には何度も歩みを止められる壁があるらしい。俺は今まで幼児期健忘を除いては、そういう壁を目下にすることは無かった。誰が相手でも幼い頃から力を持った俺は。
だから悠々自適はもちろん。何不自由なく、今この場に両足を交互につけて歩いているのだが、言うまでもなく、人生初の壁が摩天楼のように絶対的に聳え立つ。
読めない気派で暗殺を得意とするルミウ。実験体の人間をいつの間にか殺してしまうほど、その解体のやり方が未だ目で追えないシルヴィア。挟まれた俺は、その壁を前に左右にすら動けず、後退する、若しくは壁を、ザクザク刺されながら登るしかなかった。
「どちらかと言えば、だからな?どちらかと言えば……」
これは仕方なく選ぶのだと、2人にも分かるように2度言う。多分そんなのどうでもよくて、俺の口元に意識を割いているのだろうが。
もう躊躇わない。遅かれ早かれ俺の命は過去1番刈り取られる可能性の高い状態。これが相手なら良かったものの、味方なので逃げることも出来ない。
これが味方というやつだろうと、死期迫る中思う。
「俺は……ルミウの方が好みの容姿をしてるな――」
フッと息を吐いて言う。無限に感じる選ぶ瞬間。何事もなく言い終わるかと思ったが、俺が言い終わった瞬間に、刀と短刀の触れ合う音がキンッ!と高々に響き渡った。
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