第百六十五話 少しの休暇
サントゥアル王国に魔人が襲来してから時は過ぎて行き、御影の地へ向かう日がより早まる気分に駆られる今日。俺たちはシルヴィアの提案によって決められた、ちょっとした息抜きのための遠出に出掛けようとしていた。
早くもサントゥアルに来てから4ヶ月を過ぎた。それまでラザホの手腕により、ある程度のサントゥアルの復興に手助けをしながらも、何とか無力にならずには済んだ。
一直線の道のような襲来の面影。それらは今ではどこへ行ってしまったのか、全く無くなっており、魔人が攻めてくることが無いという安堵感が身に沁み始めている。
魔人の脅威は去った。サントゥアルですら簡易的な即席魔人は生まれることもなかった。御影の地と、何かしらの因果関係があるのかもしれないが、それを知る由もない俺には統一して魔人が生まれないことに、どこかホッとしていた。
多くの国民の命を守り、畢竟、果てた剣士たち。おかげで大貴族ともいえど、権力争いや王族への貪欲な思いからの醜い争いもなく、新たに大貴族の中から王族を選抜することで新たな歴史のスタートとなった。
残り10日もあれば、王国の完全復旧となり、他国に対しても元通りと言えるほどの国政は築けるはず。俺たちが居なくても。
予定より遥かに遅れたが、治安維持と、権力持ちの争いの抑止力として役に立てたのなら、別に時間なんて些末なことだ。
だから、というのもおかしな話だが、ヒュースウィットを出てから約1年。日々何かしらの問題に追われては、安らぎなんて皆無と呼べるほどに問題事を解決してきた俺たちに、休憩という時間を得ることを許してもらいたい。
実際はシルヴィアの、黒奇石を見てみたいという要望に応えた上での散歩のようなもの。旅行ではない。だが、問題の相手をしてきた俺たちには、ちょっとした遠出でも旅行に行くような感覚だ。
この1年でヒュースウィットの上下を行き来しているが、どこに行こうともヒュースウィットが恋しくなるのは、そういうことなのだろう。
行き来してるって点に於いては旅行かもな。
既に王都に背を向けて、最北の地へ向かう俺たち。距離にして歩いて4時間の、思っていたよりも遠くない僻地だ。
「走って、先に目的地着いて休む方が、まだゆっくり出来そうじゃないか?」
腰に下げた1本の刀。そしてホルダー以外に荷物を持たない俺。ほとんど同じ装備と持ち物であるルミウよりも、少し身軽。シルヴィアの荷物も変わらない。手ぶらだ。
「君と同じ体力と体質ならね。特異存在じゃない私たちは、歩いて向かう方がまだ楽だよ」
体力は無限に溜め込めて、鍛え上げられる俺。未だに満足するほど強化は出来てないが、今でもルミウの体力と、同性で最大の体力を誇るヒュースウィット王国の第3座ノーベより3倍は少なくとも極めている。
「背負ってくれるなら別だけどね。ルミーは背負うには大きくて重いし、神傑剣士だから必要無いでしょ?それで走ってくれるなら問題なーし」
「どっちも重さを感じないように出来るから、結局体重とかは関係ないぞ。でもまぁ、体力とかを考慮するなら断然シルヴィアだな」
シルヴィアは悪く言えば引きこもり。そのため、基礎体力は全くと比喩出来るほどには無い。走り出して10秒後に振り向けば、そこには息切れして今にも死にそうな目で訴え掛けるシルヴィアが目に入る。それほどに。
体重に関しては、気派の操作でいくらでも0に出来るのでどちらを運んでも何も変わらない。筋肉質でもスラッとした、無駄を省いたルミウと、引きこもりのくせに無駄な脂肪の無い不思議なシルヴィア。違うのは身長と性格くらいだ。
「考慮しなかったら私ってこと?」
わざとか。聞いてくる瞬間だけ、どんな気持ちなのか、意図なのか、それを隠すように気派で遮る。
「そんなこと聞いてくる性格じゃないだろ……」
最近のルミウは意味不明で先の読めない行動を取る。振り回されることはないのだが、たった10分とはいえ、大切な睡眠時間を何とか一緒にと、添い寝を要求してくる。迷惑ではないが、俺には何かしらのネジが外れたようで、いつもの調子で居られない。
聞かれて、それに答えなければカマチョが悪化する可能性があるため、嘘偽りなく答える。
「……誰も変わらないな。シルヴィアでもルミウでもニアでもフィティーでもな。重さが変わらないんだから、誰を背負っても何も変わらないだろ」
いつもなら「ああ、そうだ」と余裕で答えていたが、それが可能なほど、許される空気感は染まって無かった。
確かに、性格によってなら変わるかもしれない。シルヴィアのように、首を絞めるほど強く抱きつく人や、ブニウのように剣技について事細かに耳元で聞いてくる人。そういう人は、少し抵抗があるだろう。
「面白くない答えだね。いつもみたいに私って言ってくれると期待したのに」
「ルミーは最近求めるね」
「何を?」
「自分で分からないことないでしょうに」
「さぁ」
最強最優コンビ。俺たちコンビとは真逆の裏表だ。仲の良さは、包み隠さずお互いの本当を知り合っての歴が長いルミウたちだが、才能では俺たちも負けてない。
美少女たちの微笑ましくも追いつけないような会話に、どこかおじさんの立場のように取り残された俺だが、また難しい質問が飛んでこないように、空気になっていたのは正解だったか。
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