第百六十三話 各々の仕事
何かに支障を来すことは無いので、別にそのままでも良いのかもしれない。なんて思うが、寝てる時に何をされてるかも分からないのは、恐怖を感じる要素でもある。
俺からは少し離れた概念だが、人間がこの世で最も恐れるべき生命体というのには、絶対に頷ける。
「完全に止めろとは言わない。でも舐め回すのは止めてくれ。寝てる時ってタイミングは良いんだけどな」
「んー、考えとく」
「……止める気無さそうだな」
「気分次第!」
おそらくサントゥアルで1番の元気の持ち主だろう。その何にも染まらない、影響されない性格は、良い意味で自分が良ければそれでいいというもの。
他人から何を言われようとも、自分を貫く。たとえそれが多くの人に反対されることでも。迷惑をかけることならば、悪い意味が強くなるが、決して今までそんな事はなかった。
だからこそ、この性格は重宝される。
「まぁ、俺が何を言っても好きなようにするだろうから、虎視眈々と俺のタイミングを見計らってくれたら、善処した方だな」
誰かの性格に文句を言えるほど、俺も良い性格をしているわけでもない。不快度が高くならなければ、何をされても構わないという考えに移行するか。
「ここに居るのは珍しいだろ?何してたんだ?」
話を切り替え、ここにいる理由を問う。
普段は人前に出ることなく、条件もなく好き勝手に使える工房を借りて、そこに籠もっては刀を製作するための試行錯誤を繰り返すシルヴィア。いつもならご飯の時にしか出会うことはないため、ここで会うのは珍しい。
「暇つぶしだよ。王国の復旧も折り返しに入る頃だし、私は特別することもないから。刀とにらめっこだけだと正直気づかないうちに疲れるでしょ?」
「実験も出来てないみたいだしな」
最近グイグイと迫られるのは、だから、ではないだろうが。
「暇つぶしに工房を出るって、初めて聞くな」
「製作することもないからね。依頼されてないし、実験体もない。王城は常に騒がしくて集中出来なくて、もう刀鍛冶としては最悪の環境と状態」
「ははっ。そんなこと気にするタイプじゃないだろ」
「失礼な。これでも一応は人の心を持った刀鍛冶だよ」
頬に空気を溜めて、年頃の女の子があざとく見せるときのように可愛らしさを全面に出して反対する。初対面なら素直に一目惚れ、なんて言っていたかもしれない。それほどの容姿を持つシルヴィアは、そんな強みを知らないように刀鍛冶として全てを捧げている。
俺と似たタイプ。いや、俺の女性版か。
「でも確かに、私が工房を出てまで暇つぶしするのは珍しいかもね」
それだけ楽しめるほどの材料がないということだろう。人体実験をはじめとした様々な実験をするシルヴィアは、常に刀の製作に手を尽くしていたい変わり者。だからこそ、そこに幸せを感じるために工房に居る。それが無くなれば、自然と体は楽しみを求めて外に出るってわけだ。
「それだけ忙しくなくて良いとは思うけど」
「だな。忙しいのはもう懲り懲りだ」
お互いに役職に対して高すぎる思いを持つ。刀鍛冶として、工房から離れないほどの執着に、剣士として敵を淘汰するために走り回るほどの執着。
似た境遇のため、シルヴィアとはこれまでもなんだかんだ思想というか、考えは一緒だった。だからここでも同じように思えるのだろう。
「そんなに忙しいの?特に何もしていないように見えるけど」
「ん?ルミウか」
正面のシルヴィアは口を動かしていなかった。そもそも声質が違うから、聞こえる方向も相まって即座に振り向いた。女性にしては長身の、2つ上とは思えない美貌を持つルミウ。
俺の後ろを見れるシルヴィアも気づいてなかったということは、一瞬にしてこの場に現れたか。声を掛けられた瞬間に、俺のテリトリーにも反応があったため、おそらく間違いはない。
「何もしてないのは今な。戦闘とか人助けっていうこれまでの過程に疲れたんだよ」
感覚は麻痺するが、ヒュースウィットの剣技の使えないレベル1の国民は全体の70%になる。つまり、サントゥアルでも同じというならば、ほとんどが剣技も使えない一般人ということ。
瓦礫に押し潰されれば抜け出せないし、助けようにも基礎の力である気派も使いこなせない。だからその分、力ある者が助けなければならない構図が出来上がる。
それが俺には疲れを溜める要因にしては大きかった。
「なるほどね」
「ルミーは疲れてないの?」
「疲れてるよ。この王城内全域を常に警戒するイオナほどではないけどね」
「何もしてないように見えるんじゃなかったのか?」
「今は、ね?」
シルヴィアと話していたとこが、俺に元気があると見えた時なのだろうか。今、というのを強調して言うところ、昔から変わらない。
少し不満げに、でもそこまで気にするほどのことでも無いかのように、その微笑むという相好は心温まる。
これなら、常に警戒しててもお釣りが来るな。
「そうかよ。今ならルミウも暇してそうだけどな」
「私は今、実際暇だよ。魔人が来ないなら一般人の犯罪抑制に、そこらへんを適当に徘徊するだけでいいからね。建物の建て直しに協力出来ないほど、私も君と同じだし。その専属刀鍛冶も」
決まって専属刀鍛冶はお互いのマイナスをカバーし合うのだが、彼女たちのペアは違うらしい。ちなみに、俺とニアは不器用と器用。
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