第百六十話 報告即ち死
会議を七星魔人と行った時と、何も変わらない、そのままの会議場でボグマスはただ1人、あの御方を目の前にして席に着いていた。
暗闇で、暗順応を必要とする人間には好まれず不気味に漂う死のオーラ。誰もが当たり前だと思うからこそ、この空気感に不満はない。ただ、日に日にあの御方の熱が強まることは、受ける側としては辛いものがある。
「――それで?何用か?」
座る禍々しくも苦しさを味合わせるための淀みのある圧。それを言葉に載せて放つ。それに屈することなく至高の存在に答える。
「はい。先日の件になります。私がサントゥアル王国へ向かった際、そこにはカグヤ様のお求めになられる、最強の剣士がおりました」
「……詳しく」
前屈みになるほど興味を惹かれたカグヤ。そう。御影の地にて魔人最強の座に就き、ボグマスら七星魔人を統括するイオナと対比の存在。
「そこで彼と契約を結びました。内容は、これから5ヶ月後にここへ来る代わりに、我々魔人を他国を含め自国にも送るな、というものです。それを伝えろと。もし拒否するならば金輪際向かわないとも言っておりました」
「なるほど。確実に5ヶ月後に来る。その代わりに襲撃は止めろ、と」
「はい」
「中々面白い提案だな。それで、お前はそれを承諾してここに来たのか?」
「勝手ながらその通りでございます」
「いいや、勝手であろうが良き判断だ。良くやった」
深々と頭を下げるボグマスに、カグヤは笑みを浮かべて心底嬉しそうに判断を許す。何もかも、カグヤに関することはカグヤに問うのが普通。それを勝手に契約したのだから、ボグマスは死をも覚悟していた。
それが解き放たれたかのように、どこか安堵感を全身にホッと感じるのは、死んだ者としては懐かしい。
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
カグヤに尽くすことが生きがいでもあるボグマスは、仕えることが何よりも幸せ。この感謝を受け取ってくれることにも、感動を味わえるほど心酔している。
「ところで、戦ったのか?」
「いいえ。刀を交えることはありませんでした。ですが……」
ボグマスは言い留まる。これを言えばどうなるか、それは未知であり、今後の活動に支障を来す可能性が高かった。でも、嘘を付くことは何よりも禁忌。正直に言うしかないと、その短時間で判断した。
「彼はここから出た私では、到底敵う相手ではありませんでした。戦闘を楽しみにしておられるカグヤ様には、どのような出来事が起こったかをお伝えすることは出来ませんが、私ではこちらでも勝てるかどうか怪しいところです」
皆まで説明するとそれは楽しみを削ぐ行為。出会ってお互い0知識の状態で戦いたいと望むのを知るからこそ、ボグマスは無駄を言わない。
「お前でも勝てない。それは楽しみだな。生きて帰れたのも、やつの優しさか?」
「おそらく」
「随分と自信があるようだな。そいつの名は?」
「名を聞けば殺される状態にありました。故に聞くことは出来ませんでした」
「それは仕方がないな。お前が生きなければここまで契約を確実に結ぶことは叶わなかっただろう。気に病むことではない」
ボグマスの勘違いか、刹那でカグヤの雰囲気が変化したようにも思えた。だが、ボグマスという猛者の猛者。レベル6が知性を持った魔人として強化されたほどに強い彼にも、それは察知ギリギリのもの。
気の所為だと、意識から即座に消え行く。
「お前は他の七星魔人と比べると全体の何番目に強い?」
突然の質問にもボグマスは驚かず的確に答える。
「4番目、ちょうど真ん中だと思われます」
「その視点から他の七星魔人がやつに勝てる可能性はあるか?」
「おそらく誰も彼も難しいかと」
間を作ることなく、絶対ではないが、それは難しいと包み隠すことなく言う。確かに目の前での瞬間移動的行為を見てからの、ボグマスなりの分析結果は、無理だった。
「面白いな。お前がそう言うならそうなのだろう」
不敵な笑みを浮かべると、美しいお顔だと心酔するボグマスはこれからもそれを拝めるのだと、内心ドキドキが止まらなかった。
が、次の瞬間。
「ということは勝てないのなら邪魔になるだけ。お前はもう必要ない」
名を知りたかった。どのような性格か知りたかった。何故攻め込めと命令したサントゥアルに居たのか聞きたかった。どのような刀を使っていたのか聞きたかった。何もかも、知りたかったことを聞けなかったことへの罰。そして、弱者の処理。それらを執行する。
気づけばボグマスの心臓に、カグヤから一直線に引かれたように突き刺さる短刀。魔人といえど、心臓と頭部に傷を負えば死に至る。
「……何故……」
「残虐性に満ち、好き勝手暴れるお前は元々好みではなかった。サントゥアルの国民も無駄に殺したようだな。しっかりそれらは耳にしている。使えぬ駒は処理するまで。私に殺されることを嬉しく思い、そのまま死ぬがいい。慢心の弱者よ」
認めてすらいなかった。むしろ邪魔だった。そのボグマスをカグヤは最初から駒としか思っていなかった。たとえ何も思わぬ木が枯れたとて気にすることが無いよう、カグヤもまた、ボグマスには無感情だった。
「5ヶ月。期間が確定するとここまで待ち遠しさが高ぶるとは。あの男も罪なものだ」
1人その場で笑うカグヤ。自由が訪れるその時を、今からでも高揚感とともに待ち続ける。
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