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第百五十八話 刀を抜く価値もない




 遥か昔、とある神傑剣士に時を操ると比喩される、当時女性ながらも最強の剣士が居たらしい。彼女は実際には時を操るなんて非現実的なことを難なくこなせるほど猛者ではなかった。


 なら何故そう比喩されたのか。それは――ただただ速かったから。それ以外は何もなく、判断、剣技、移動速度、全てに於いて最速であり、それは人の意識をも凌駕するほどのものだったと言う。


 書物で知り得た程度なので、確かなことか、誰かの揶揄的理想郷なのか、それは分からない。だけれど、今目の前で起きたことは、それを彷彿とさせ、現実の出来事だと思わせるほど衝撃的だった。


 「彼女には俺が付いてる。死なせはしないし、彼女も速さに慣れればお前に勝ち目はない。初見殺しでも、既に彼が死に逝くことでそれは無くなった。何よりも、お前は俺に背中を取られた。油断していたとはいえ、それは実力の差を知るには十分じゃないか?」


 その歴史を語るかのような天才は、淡々と背を向けてお前より強いと力を誇示する。風音も立てず、足音も気配も無かった。瞬間移動の現実を目の当たりにしたのだ。


 ボグマスはイオナの背を見つめる。私なんて眼中にないようだ。


 「……一体どうやって……」


 「()()動いた。それだけだ。どうやったってそれを視認出来ないし、ならば捉えられもしない。剣技を出す前に止められるし、動き出したらその瞬間に止めれる。つまりは万事休す。四面楚歌だ」


 少し。本当は私は、イオナ(最強)の背中に付け、手を伸ばせば届くと思っていた。それがリベニアで7割も出したことない真実で折れ、更には今この瞬間で手どころか、刀を投げても届かない所まで極致なのだと教えられる。


 並の人間の気派に、ただの年下の剣士だと思っていた。優しくて、年相応の笑顔を作る可愛さのある男の子だと。でもそれは偽りで、正体は書物に残されるほど偉大。


 辿り着けない……かな。


 刀を抜くこともなく絶望を与える。ボグマスは瞳孔が激しく揺れる。今まで感じたことのない不思議な身震いに、本能が死という概念を初めて知ったかのよう。


 「……貴方は……貴方は……」


 おそらく私のように、ボグマスだけに殺気を体全体に送り込んでいるのだろう。ハァハァと、息絶え絶えになり始める苦しさは、私は知らないが、イオナのそれなら地獄なのだろう。


 「さっき面白いこと言ってたな。そこに倒れる彼が、お前と刀を交えることも出来ない、と。ならお前はどうだろう。俺に刀を交えることは出来るのか?勝算は?どれだけ力量に差がある?2倍?3倍?どこまでが勝てる想定内だ?教えてくれよ。何もかも」


 怖かった。私に何かを向けられてるわけではないのに、喋り方と声音がいつものイオナではなかった。何に対して不満があるのだろう。ボグマスの弱さか、私の不甲斐なさか。


 ボグマスは答える。


 「勝算……私の勝算はゼロです。それは確実。私はあの御方に貴方との戦闘は認められていません。戦うことが不可能ならば、勝算もお互いにゼロでしょう」


 「認められてない?どういうことだ。俺は有名人なのか?」


 認知されていることに怪訝な表情を見せる。


 「もちろん。あの御方は何もかもを知り得る存在ですから」


 「どいつもこいつもあの御方あの御方って。お前らのような魔人を送り込むほど、御影の地は逼迫してるのか」


 「私たちは今、陸で戦う魚のようなものです。御影の地では万全で今よりも高い力を持ち、戦いに挑むことが出来ます。本気の勝負をお求めならば、貴方がこちらへ来ることをお勧めしますが」


 ここで私は思った。イオナは情報を聞き出そうとしているのかと。今聞いたことは、私たちの知る情報の中でもトップクラスのもの。御影の地では魔人の力が上がる。


 「どうせ行く。だが、その時お前が居るかはこれから次第」


 「ここで殺す、と?」


 「だったら?」


 水面下のやり取り。私には入る隙もない。きっとこの緊迫感が無ければ、若しくは慣れれば私もそれなりに戦いに参戦は出来る。が、それは未だ叶いそうにない。


 握られた2本の刀。対して、フラフラさせて構える気のないイオナ。


 「……逃げられませんね。貴方から逃げるのはこの状況では不可能。最強に私は敵いませんから」


 「ならばここで死ぬか」


 「それは頷けません。私は人間を殲滅してこそ意味を成す存在。今ここで全力で相手をすることも許されない」


 私との戦闘も、イオナが必然的に助けに入るため不可能。ボグマスに残された道は、ここで無力に死ぬことだけ。先程まで圧倒的な力を見せていたというのに、一瞬にして形勢逆転。


 刀を抜かずに敵を追い詰める。これこそ最強にしか出来ない技。


 「矛盾してるな」


 「ええ。なので私は、あの御方の(めい)を取ります」


 ここで死ぬ選択。それほどまでに崇拝しているということ。至高の存在。更に上の実力者。一体どれほどなのか、今からでも薄っすらと恐怖を感じる。


 落ち着き、刀を収めるボグマス。そんな彼にイオナは思わぬことを言い出す。


 「覚悟を決めたところ残念だか、俺は今、殺す気はない。御影の地でこそ力を発揮するなら、俺と契約を結べ」


 「……ほう。これまた予想外の。どのような契約を?」


 「5ヶ月後、俺は御影の地へ向かう。だからそれまでの間、どこの王国へも魔人が攻め入ることは許さない。それをお前の言うあの御方に伝えろ。もし受けず拒否をするなら、俺は金輪際御影の地へ向かわない。それも一生な」


 「なるほど」


 「ここに潜む、その他の王国に潜む魔人も今すぐ帰らせろ」

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