第百五十五話 魔人と戦闘の重み
ドゴォン!!!
突如として王城にも届くほどの轟音が、王城外から聞こえた。即座に王城内では無いのだと理解したのは、その轟音と王城の揺れや響きが比例しなかったこと。そして向く方向にある窓から、下を見える限界の位置で、瓦礫が吹き飛ぶように散乱したから。
「何の音?」
「……嫌な予感的中の音だな。場所はここからある程度把握した。行くか?」
ザワザワと再び騒がしくなるこの場。窓の外を覗き込む者も居れば、それを確認して絶望へと変化する相好。距離にして150はあるだろう。それでも耳に届く音。それが何を意味してどういうことなのか、分からないほど鈍くはない。
「行くしかないよね。最悪のパターンを考えるなら、そういうことだから」
「そうだな。それじゃ、シルヴィアはここで待機。俺たちはパーティーに参加してくる」
「分かった。気をつけて」
パーティーに何を気をつけて行くというのか。相変わらず敵がそこで蹂躪してようと、構わず性を出す悪い癖。治さなければと思っても、既に手遅れだ。
「よし、行く――」
「あの!」
楽しみを胸に、ルミウとともに横並びでそのざわつきから逃れようとしたところを、扉の近くで警備をするリフェンが声をかけて止める。
「どうした?」
優しく問う。
「俺も付いて行ってもよろしいですか?おそらく魔人の出現だと思われます。神託剣士として、黙って立っていても、いつかはここも襲撃される。ならば少しでも国民の生きる可能性を残したいのです」
王城内で戦闘を始めるより、外で始める方がまだ安全。そう言うリフェンの、覚悟を決めた、死をも恐れぬ双眸は確かに伝わる。
「良いんじゃないか?別に俺らが決めることではないし」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに瞼を限界まで開く。死ぬかもしれないというのに、それでもこの身で神傑剣士に付いていくことが幸せであるかのように。
「但し、何もかも自己責任だ。怪我をしても自分が死んでも、目の前で国民が殺されても、それは自分の力が足りなかったが故の結果だ」
「はい。承知しております」
見たことがあるだろうか、守りたいと思う人が目の前で死ぬとこを。聞いたことがあるだろうか、目の前で死ぬ人の慟哭を。触れたことがあるだろうか、目の前で死ぬ人の最期の哀しき顔に。知っているだろうか、それが特別大切な人だった時の絶望を。彼は――神託剣士は――リフェンは。
大切なんて、そんなに人としての関係を築けない。この先、リフェンの『大切』が失われることがあるのかも知らない。だが何もかも、目の前で、というのは心に来る精神的ダメージの中でもトップレベルだということは変わらない。
確定する心底大切な人の死。それはこの世で2番目に絶望的なんだ。
「――死なないようにな」
「もちろんです」
憐れみの目か、哀しみの目か。俺の向けるその瞳の意味を、リフェンはどう解釈しただろう。自分でも真っ青だと気づかない表情。まるでそう化粧をしているかのよう。
自分でも危険なんだと知っていても、立ち向かわなければならない義務。神託剣士としての称号を得た時、こんな覚悟をするとは、本気で思ってなかっただろう。だが、いざこうして復讐のように敵勢力が攻めてくると、勝てもしない相手に攻め込まれる絶望と地獄。
それを望んだかのような理想郷の街並みと化した瓦礫の山。もうリフェンには冷や汗すら出ることが許されない。
頼む――――。
走り出したその場から、俺は焦りなんて残さない。楽しみだと、ヒシヒシと伝わる猛者のこの気配から感じてしまう。結局俺も戦闘狂。相手が猛者なら刀を交えて戦いたいと、街を助ける意図なんて全く無いのが俺らしい。
王城を走っても、外に出ても聞こえる爆発音。言わずもがな、たった今対応をしているのだろう。残された数少ない神託剣士の命を削って。
轟音はその剣士たちの最期を知らせる弔いの音。到底神託剣士では受け止めきれないほどの圧を感じる。
それが音波として、風圧として感じれるほどの距離まで駆け付ける。距離はおよそ50程度。まだ壊れぬ景観を保った街並みの奥、見えるは数名の剣士。
そして――確かに強い、魔人の姿。人とは似て非なるもの。その風采はどうしても人間とは離れてしまう。鼻も口も人間と同じ。だが違うのは、視覚を司る感覚器官の眼球結膜を黒く染めてしまうところ。そして瞳は赤く染められる。
「うわ……」
それを見てルミウは目を細めて溢す。
「どうした?あのバケモノに怖気づいたのか?」
「いや、気持ち悪いなって。勝ち負け以前に戦いたくないとは思えるほど不潔な気がする」
「おいおい、ここに来てそんな場違いなことを言うなよ。確かに魔人は風呂とか入らないだろうし、そうなんだろうけどな。一応マークスよりかは圧倒的に強いし、簡単に凌駕するだろ、あれ」
ルミウのこの調子なら何も問題はない。勝てないと思うことはなさそう。だが……リフェンは違う様子。
「…………」
近づけば近づくほど気分を悪くしたかのように顔を顰める。魔人、それもこれほどの猛者と気取れる敵と戦うことなんて皆無だっただろう。故に未知という恐怖が全身を襲う。
俺らの明るさも、今のリフェンには多少なりとも恐怖だろう。どうしてこのバケモノを前にしてそうな会話が可能なんだと。
まぁ、確かにそうかもな。
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