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第百四十九話 一筋の光




 千切られたこの紋章を誰が持ち、ヒュースウィットまで駆けるか。それがこの中のサントゥアルの国民に委ねられる。静まり返るこの空間。求められるのは今の俺のような、人の前に立ち指揮を執る者。


 だが残念なことに、200人も人が居て、誰もが疲弊しきっているこの状況で、進んで「私がここから話し合いのリーダーとなる」と言い出す人はほぼ居ない。


 「俺たちに希望を持つ人も居るだろうが、残念ながら俺たちはヒュースウィットには向かわない。理由を説明は省くが、この中の誰か1人、向かう者が居なければ全員が助からないことには変わりない」


 200という大勢の人間。その中では何もかも十人十色。ならば、もちろん面白い考えを持つ者も存在する。


 自分は向かいたくない。だが、今この状況の中で誰も向かいたくない、若しくはそれほど体力がない状態なら、結局自分が足を動かすしか道はない、と。


 「望ましいのはレベルの高く、気派も整った若い人。男女関係なくそれは同じだ」


 この中に1人としてそんな人は居ない。分かって軋轢を生まぬよう言う。


 「俺が選んでもいい。だがその際は文句を言わないと、ここに居る誰もが首を縦に振るのならだ。赤子だって老人だって居る。もしそんな人たちを選んだ時、罪悪感を感じるのは自分だ。そして道中襲われ、死んだとしたら、一生貴方たちに助けは来ない」


 選ぶぞ?と俺が決める選択肢を消す。神傑剣士とはいえ、他国ともなると無慈悲になるのだと教える。そう。王国の味方で、他国のことはどうでもいいのだから。


 こうして指揮を執るのも、未だに良心があり、どうにかしてあげようという、俺の我儘というか弱点だ。だが、残された国民は自分たちだけで、この先の王国を築かなければならない。これは第1の壁だ。


 それでも絶対に嫌だと、固く決心した人は動かない。ならば、そうでない人が動く。大勢の真ん中に座る中年の男性が挙手をする。


 隣にはその男性と手を繋ぎ、幼児を抱えた女性。食料や着る物、支給された必要なものを妻や子供に分け与えた様子。見るからに力は無く、手も震えながら天へと挙げられる。


 「何か?」


 優しく問うと、か細く、栄養失調のその顔を歪めながら言う。


 「俺は行きたいとは思いません。それは誰もが同じでしょう。ですが、行かなければならないこの状況で、俺は自分が行くべきだと思いました。たとえ死のうとも、イオナ様が言われた通り、老人や赤子、家族や顔見知りが死ぬのは耐えられない」


 明らかにこの中でも上位に入り込むほどの限界。まともな食事もなく、今は暖かくとも寒さに耐えた体。体が悲鳴を上げてもおかしくないというのに。


 絶望の先に見えた希望も、出会ってみれば絶望だったこと。それが今を生きるサントゥアルの民にとってどれほど過酷で苦しいことか。


 「と言うことだ。他の人は賛成か?」


 他力本願。意思表示をするものは誰もいない。自分以外の誰かが行動を起こしてくれると勝手に擦り付けてるからこそ、この隔たりが起きる。


 だから神傑剣士、若しくは上級剣士や貴族に甘えを持ってはならない。


 だが嬉しいことに、そこでも勇気は1つだけではない。別の人が挙手。手前に座る比較的元気な女性。


 「あ、あの。失礼ながら申し上げます。その……ディクス様を向かわせてはいかがでしょうか。ディクス様はレベル5の剣士で、誰よりも万全な体調なのは間違いありません。なので向かわれるべきかと……」


 チラチラとその大貴族を見ては、恐れるように。でもしっかりと言いたいことを伝える。この大貴族は私たちからすれば誰よりも行くべき存在だと、そういう意味を込めて。


 すると重く淀んだこの空間が少しだけ緩む。


 よく言ってくれた!ナイス!


 「貴様!何を――」


 「――黙れ」


 「…………」


 首のすぐ前に、細長く、黒真刀の2倍近くまで刀身の伸びたオリジン刀を出す。知れ渡る、ヒュースウィットの第1座の刀だ。


 「なるほど。全員が賛成しそうな案だ。――っと言うことだが、どうする?大貴族」


 無駄なことを喋れば体に傷がつく。本能的にしか分からないようだが、それでもルミウの効果は高い。汗を垂らしながらも視線は向ける。


 無言。考えるが、どうしたらいいか分からないのだ。断れば首を斬られ兼ねないし、頷けば約1日使ってヒュースウィットまで1人で向かわなければならない。魔人が現れれば死は免れない。


 そもそも大貴族としての無駄にデカイ矜持が傷つくことが、ここでは耐えられないことだった。


 「……面倒なやつ。おいお前、第7座の紋章を門番に届けた際に、ヒュースウィットでの上級貴族としての報酬を受け取ることを言われた、そう言って伝えろ。そして助けが無事にこの場に辿り着いたなら、その貴族としての地位を確立させてあげる」


 珍しく憤りに身を任せたルミウの言葉遣い。普段から落ち着き、低音の女性としてのありふれた言葉遣いをするからこそ、滅多に見られない特典だ。


 その内容は考えられたもの。一瞬にして大貴族は目を見開く。


 「ほ、本当か?!」


 「……嘘ではないよ。紋章さえあれば叶うんだから、お前がここに救援部隊と共に来たなら認めよう。心配ならこれも伝えていい」


 宥め方が上手いのか、日々のお巫山戯が役に立つ時が来たかもな。


 「そうか。ならば私が向かおう。救援要請をすれば良いのだな?それならば今すぐにでも向かう」


 「子供かよ……」


 小さく俺にだけ聞こえる声でシルヴィアは呟く。


 まぁ、何がともあれ、これを計算していたってわけでもないだろうし、男性と女性のタッグはナイスだった。浮気とかしてたら笑える展開だけどな。


 「それじゃ、そういうことで、今すぐ向かってもらおうか」


 正直最悪の手段としては後ろに立って何もしない神託剣士くんに動いてもらう予定だったが、思えばこいつに託すのもありだ。独占された、若しくは不当な配分をされた人たちも、食料などは確保出来るだろう。


 一難去ってまた一難。この後にどんな困難が待ってるのやら。

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