表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/258

第百四十七話 知れた世界最強の名




 他国の神傑剣士とはいえ、その存在を当たり前と思われることがどれだけルミウの心を抉るのか、目の前の大貴族は知らない。命を大切にしないことがどれだけ嫌いなのか、知る由もない。


 俺がまだヒュースウィットの神傑剣士に所属して間もない頃、ルミウ・ワンという存在は既に最強の名を馳せていた。誰もがその名を知り、他国でも有名である名高い誇り高き剣士として。


 ルミウ本人も、それは心の底から喜べるほどの力の証明であることにどこか安堵した様子で、その地位を確立していた。


 だが俺には、どうしても喜ぶ姿からは満足しているとは読み切れなかった。


 だから1度本人に「満足してないのか?」そう聞いた。この時から敬語なんて使うことはなく、いや、そもそも学生で使ったことはなかった。


 長い沈黙を経て、まだ学園入学したての後輩である俺に、可視化されるように寂寥を包んだ鋭い目で言った。


 ――最強には満足してる。けれどその称号を得たところで、伝える相手がいないことには満足してないよ。


 その後、半年ほどして仲を深め合い、今のような友人感覚で話すようになってから本人から聞いた。ルミウは幼き頃に両親を魔人の手によって奪われ、剣技を教える師匠としてルミウを第2の保護者となった男性も、御影の地から戻らない、と。


 正直共感なんて出来なかった。俺自身、両親のことすら曖昧で、師匠はまだ第10座として存命。それに、故郷すらも知り得ない。家族に会いたいとも思わなければ、何かを失うことで傷つくことも分からない。


 そんな俺には頷いて、その寂寥を取り除いてあげることは不可能だった。


 1人で全てを背負うことは決して悪いことではない。だが、背負ってくれようとする仲間が居るだけで、どれだけ心の中に安らぎを得られるか、当時の俺は知らなかった。後悔といえば後悔になる。


 だから俺は、その満足をいつか受ける側になれるよう尽力することを決めた。今も、そういった点では背中を支えつつも追いかけている途中だ。


 寂しかった背中も、今では大きくなり、胸を張ってその座に就くことが出来るようになった。


 そんなルミウは現在未だにボコボコ中。


 「……ありがたく思えだと?」


 「まだ納得しないの?そこまで我が強いとは思ってなかったよ。明らかに周りの国民の目は蔑み、お前が消えてしまえと思っているようだけれど」


 間違いなくその目を大半の国民が向けている。自分の無駄に高い矜持よりも、今は生き残ることを最優先にするべきだと、泣き止んだ赤子ですら分かっている。


 サッと振り向くと下を見たり空を仰ごうと視線を逸らす。不人気過ぎて気持ちがいい。


 「サントゥアルの民よ!そう思っているのか!?」


 「答えるわけないでしょ」


 自分には感情を読み取るほどの技量はないと証明される。猛者ではない。ただ怠惰に生きてきた人生の果てが、この死なら十分生きたのではないかと思うのは俺だけか。


 国民を見たところ病気を患う者も居る様子。一刻も早く解決が望まれるこの場。口を開きたくても開けない状況をひっくり返すためには、全く好きではないが証明するのが1番早い。


 ローブを払うように、肩の紋章を体の前まで運ぶ。バサッと羽ばたく鳥のように、聞き慣れない音に誰もが視線を向ける。気分の良し悪しなんてどうでもいい。今は死を遠ざけるのが最優先。


 「俺の名はシーボ・イオナ。ヒュースウィット王国神傑剣士第7座に就く者。そこの大貴族の権力に怯み、物申せない人が居るのなら、俺がその念を取り払う。だから1つでいいんだ。情報を提供してくれないか?」


 情報を得るのは変えない。甘やかして甘やかして、無償で何もかもを神傑剣士に求めるようになるのは、今後の生き方としてサントゥアルの二の舞になるだけ。


 等価交換ということを覚える。まずは小さくとも、お互いに利益のあることで話は成立するのだと、たとえ相手が王国の神傑剣士であっても理解してもらう。


 貴族よりも上の権力を持つ神傑剣士。それが目の前に居るのだと、そして命令しているのだと解釈するサントゥアルの国民。輝かせる目の中に、希望と生が戻る。


 すると、すぐに手を挙げる者が現れる。右端で先程から震えの止まらない男性だ。


 が、それを遮るよう、大貴族は止まらない。


 「おい!ここは――」


 即座にルミウが首を掴む。その力は緩くて解きやすい。だが掴んだ瞬間、その勢いのまま後ろへ押し倒す。後頭部をやや痛めるほどの力量。殺す気はないようで完璧。


 「ここがサントゥアルで私たちにとっては他国だと知っている。だがこの国政も機能してるか怪しい状況で、そんなことを気にする必要はないだろう?今は命が大切だ。それが分からないなら、どうも嫌われ者のお前を処罰しても咎められはしないだろうから、好き勝手やろうか?」


 サッと動くことで右側の人にはよく見えたのだろう。1人の国民がボソッと「第1座の紋章……」と呟いた。


 恐怖で包まれない。この大貴族が恐怖で支配していたのを、大貴族にだけ恐怖を与えることで解放したからだ。嫌われ者にはなりたくないものだ。


 その紋章こそ、世界最強と名高い――ルミウ・ワンのものだと理解した。


 大貴族は狼狽する。初めての体験というものは、恐怖なら尚更に混乱に陥る。サントゥアルの集まった国民たちも少しはざまぁみろと思ってくれたか、心做しか空気感に押し潰されそうな圧は消えていた。

 少しでも面白い、続きが読みたい、期待できると思っていただけましたら評価をしていただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ