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第百四十五話 気になること




 期待されればそれに応えなければならない重圧に怯むから、誰かからのその眼差しを受け入れたくないのではなく、確定していない未来を確定させたかのように安堵させることが嫌いなんだ。


 神傑剣士という立場は、権力も名声も何もかもがこの世界では至高。胡乱だと思う国民なんて生まれたての赤子程度。そんな存在が絶望の淵に立つ人間の前に現れたのなら、否応なしに期待を寄せられる。


 俺たちからすればその絶対的な期待は幻想でしかないと知っているから、余計に思う。


 全員を助けることは不可能なのに、過度な期待を寄せるな、と。


 立場としては国民を全身全霊で守り、自分の命なんて二の次というバカバカしいものでも、命が危ぶまれる状態で自分の命を優先せずに咄嗟に死を覚悟して戦うことは、神傑剣士ですら難しい。


 それらを当たり前と思わせる俺らも悪いが、理に沿って、神傑剣士はそうであるべきと制度を作り、それを傍観し続けた国民も国民だ。


 まったく……デメリットしかない立場だ。


 「食糧や寝床は確保しているのか?」


 向かうが、思っていたよりも長い距離に、沈黙を続けれるほど俺はおとなしい性格を有してなかった。


 垂れ下がった、灰を被り、破れた朱色の絨毯。そこに戦闘の跡を遺したかのように付いただろう斬撃。衝撃に耐えられず、崩壊した天井からは、陽光が届くことはない。


 「王城にはしっかりと備えはありましたので、現在まで問題はありません」


 先程とは違い、元気を含んだ声音に、正直気分は良くなかった。が、少しでも避難民の役に立つなら、別にそんなことは意識して嫌がるほどのことでもなかった。


 「優秀だな」


 「いえ」


 本当に「いえ」だ。備えは常にしてあるものだが、少なくとも王族、若しくは王城内の人間の中には、こうして反撃を受けることを予測し、事前に蓄えていた可能性だってある。


 誰もがこのことを考えられないほどバカではないだろう。全員が全員、背には水平線、前には5王国最強が建つからといっても危機を想定しないなんて、そんな呑気な国家でもないだろうに。


 神託剣士としての正装を汚し、傷すら見えるその真っ黒の靴底から、カツカツと歩く音だけが響く。


 ここに入ってから1言も喋らない2人は、何かを危惧しているのか、一切の歪みのない真顔を貫いて、深くフードを被っている。


 『何か不満でも?』


 出会ってリフェンに念話を受け取る能力が無いと知れた俺は、周辺にも何も感じないこの空間で念話を使用する。対象はもちろんルミウ。


 『ん?常に周りを警戒してるだけだよ。全部君が話してくれるならわざわざ喋る必要もないし、気になることもないからね』


 無言であることを気になる。という俺の思惑を見抜いたらしい。その生まれながらの感情の読み取り、それを強化した結果の思いの読み取り。


 気派は感情の読み取りが基本の限界値。それを上回るのは固有能力か特異体質だけ。なのでヒュースウィットの神傑剣士の中で、固有能力で思いを読み取れるのはルミウだけ。特異体質は俺とエイルだけ。


 『なるほどな。それにしては警戒心高いようだけど?』


 『どこに潜んでるか分からないから。奇襲されるのが知性持ちなら、遅れるだけで死ぬかもしれないんだし』


 『顔はそんな真面目じゃなくてもいいと思うけど。折角の顔が台無しだぞ』


 『……どうでもいい』


 呆れたのか、照れたのか。空いた時間的に呆れた時のそれだ。照れるとこを見たのは……いつだったかな。プロムを倒すための捜査を深夜にしてた時か?結構前だと、記憶も曖昧だ。


 落ち着いた低音の、でも若く幼さを捨てきれない声音は唯一無二。聞き間違えることは無いだろう。何があっても。


 「着きました。この部屋です」


 大扉。謁見の間よりも二分の一程度。だが、200人を収容するには余裕を持つだろう、部屋の扉からの圧。疎らに混ざり合う人と人との流。


 「2人とも、フードは下げてくれ。恐怖を煽るようなことはなるべく避けたい」


 「「了解」」


 バサッと可憐にそれを下げると絵になるものだ。


 確認すると、リフェンは頷いて扉を開く。ギシギシと老朽化の激しいボロ屋敷ですら聞かない、重く、好む人間なんて居ないと断言出来るほど喧しい扉の声。


 一瞬シルヴィアの顔が引き攣ったが、俺らを見て我慢するべきとすぐに真顔へと戻した。何が起きてもおかしくないこの状況。壁が打ち抜かれていた部屋も視界に入れたが、ここもいつそうなるか分からない。


 一刻も早くこの場を抜け出すのが得策であり英断。それらの策を考えるのも、また面倒だが。


 ダンッと完全に開放された扉。その先に薄っすら舞うホコリというか瓦礫の粉。それでも見える人影は、刹那、死を悟るものすら存在した。


 予告なしの突然の開放。まぁ、無理はないか。


 そこには老若男女が座り、この世で最も生から遠ざかったような部屋だった。生気を失い、夭折を受け入れる準備をするかのような目は、心底苦しい。


 「皆さん――」


 リフェンは全員の視線を集める。睨みを利かせるように見える者は、皆、地獄しか見えないことによるもの。それを知ってるのは、おそらく俺たちだけだろう。


 リフェンを見ることで、何人かの希望は蘇る。死を悟った者も、少しは安堵した様子。誰もがそうとは限らないが。


 俺は呼びかけるリフェンを手を前に出して制した。

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