第百三十六話 最大の嫌悪
お前は残忍だと言われれば頷く。それほどのことをしている自覚はあるのだから。でも、人の命が関わるのならそれでいいと俺は本気で思う。
もちろん望んでこういうことをしているんじゃない。同じ気持ちを味わえと思ってやっている。人の痛みを知らないから自分では平気で人を傷つけるもの。自分にそれが返ってくれば、精神病に罹ることさえ理解するだろう。
他人に迷惑をかけて悠々自適に生きる人間が、俺は大嫌いだ。
「お前も1度斬られたならそれ以降斬られないように嘘を付くなよ。無駄に失ってどうするんだ?ドMか?」
「……クソが……」
左腕はしっかりと止血されている。もう両手で刀を握ることは不可能になり、どこへ行こうと国王としての最期を迎えることも出来なくなった。
威厳も風格も気品も何もかもが欠如しており、ついにはあの御方すら裏切った。死を前にして、足掻いても無駄しかなかった。絶望とは今のバルガンのことを言うのだろう。
バルガンから聞いた御影の地の情報を整理するとこうだ。
・魔人として1日にやって来る死人の数は増加傾向にある。
・知能を持った魔人は少なくとも1000を超える。
・特に猛者である7名の魔人剣士が存在する。
・足を踏み入れると体内の時間が止まる。
・理解不能の現象が多発する。
・御影の地の支配領域は御影の地内の魔人でも把握不能。
・あの御方の名前を呼んではならない。
主なものはこれら。他にも空気感や異常現象の種類など知るだけ聞いたが、対処可能と予想されるものばかりだった。気になるのは魔人剣士のことや、知能を持つ魔人について。
そういうのに真っ向から勝負を挑みたい性格の俺なら、今からでもワクワクしてしまう。
「俺からのお前への用事は無くなった。いつかまた会いに来るから、その時がお前の最期にならないようなんとかするんだな」
そう言って今度こそ帰ろうとした俺の足を、バルガンが止める。
「待て……」
「なんだ」
「ヒュースウィットのお前が何故私たちに干渉する。放っておけばいいだろう」
顔を顰めて、僅かな殺意を俺に伝える。死に急ぐのが好きらしい。
「フィティーが俺の仲間だからだ」
「あの落ちこぼれが?」
「もう落ちこぼれじゃねーよ。フィティーはもうレベル6として刀を振れるようになった天才だ。そんな逸材の師匠として俺はあいつの願いを叶える役目がある。そのために仲間として俺たちの関係は築かれてるんだよ」
「……あり得ないな」
「信じても信じなくてもどうでもいいって。ただお前の人を見る目は腐ってるってだけだ。いつまでもお前を基準に全てが存在すると思うな。我儘を言う歳でもないだろ」
強欲とは我儘でもある。望むものが手に入らなければ、力を使って手に入れる。それが権力でも武力でも、その者より高いものを持っていれば。
生まれてから不自由ない地位の子供はよくなると言われるが、本当にそうだと改めて思う。ヒュースウィットでも記録に残るほどの大事件を起こしたのは8割貴族。リベニアでは王女は甘やかされて生きてこなかったが故に天才的な神の子として命を授かった。
教育方針なんかではない。地位に生まれるか生まれないかの運命で決められるんだろうな。
ちなみにヒュースウィットの第1王女――ノラ・ナーフェリアはシュビラルト・ナーフェリアの遺伝子を引き継いでいるためか、非の打ち所がないレベル5の刀鍛冶として世間に知られている。
会ったことも何度もあるが、我儘は言わず、天が二物以上与えた子と言われている。歳はルミウと同じであり、華奢な女性。
ヒュースウィットの王族最高だな。
「フィティーのことは俺に任せろ。お前のことはこれっぽっちも好いていないようだったから、良かったな。楽に殺されるだけで済む」
「どうでもいい。私は今まであの御方のためだけに尽くしてきた。その果に死ぬのなら本望」
「信者か……」
見るに堪えない狂信する表情は今後一生見たくない。あれが堕ちた人間だと、記憶にすら残したくない。
「貴様も信者ではないか。シュビラルトの、いや、ヒュースウィット王国の」
背中にまだ話しかけるバルガンは、俺の気持ちなんて知らない。だから思ったことをそのまま言う。悪い気はしないが、相手をするのは面倒。
「そうだな。でも俺は、お前と違って人を信じてる。魔人とかいうこの世の害なんかではなく、たった1つのか弱く儚い命を大切に生きる人間をな。だからお前のことは非難し、嫌悪する。もうお前は人間じゃない。次、俺の仲間や国民を傷つけようとしてみろ。その時は御影の地まで行き、お前が寿命で死ぬまで痛めつけて後悔させてやる」
声は荒らげない。でも過去1憤りを顕にしていただろう。
確かにシルヴィアとニアが連れ去られたのは俺の落ち度だ。だが、人間と魔人との橋が無ければ、そもそもの警備や神傑剣士の正式な実力での導入は対策として可能だったはず。
だから自分のために仲間を危機に陥らせられたことに、最大級の憤りを感じたんだ。
殺気が全身を駆け巡ったバルガンは、その場に恐怖を感じた顔そのままに座り込んでいた。血は止まっており、死期が迫っているのを身に感じるかのように。
そんなバルガンを背に、俺は扉をこれでもかとがっしり掴んで退出した。
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