第百二十九話 青果店へ
通り過ぎる人の中に、不思議そうにフィティーの顔を覗こうとする人はいなかった。それが当たり前かと言われれば、不審な人が多いこの王国では当たり前ではない。
見慣れたといえば変だが、数多くの犯罪などを日々耳にするため、基準が下げられている。ヒュースウィットで騒がしくなることも、この王国では魔人が出現しない限りそこまで騒動が起きることはないらしい。
中々恐ろしいものだ。
「今日の戦闘中に何か違和感を感じなかったか?」
人混みは相変わらず普通。そんな中で剣士であふれるこの街で、よく聞くような話をする。
「違和感は色々と感じたよ」
「その中でも特に感じたと言えばどんなことだ?」
顔を隣の俺へ向けることはなく、角度的に正面から歩いてくる人に顔が見えないように深く被り直す。生地を見れば、そこらに精通する職人なんかは気づくかもしれないが、それ以外は見向きもしないので気にすることはない。
んー、と小さく声を出して考える。長考しているようだが、その様子はまさに美。鼻が高いため、横からでも余裕で見える鼻に、真っ白の肌。まつ毛も長く、整えられたかのような眉毛は、その時は同い年とは思えないほど美しかった。
「どれも変わらないけど、強いて言うなら風を纏うことかな。でもそれもあまり感じられなかったし、勘違いほどの違和感だったから、違和感ってだけでしかないけどね」
「なるほどな。多分、それはいい違和感だな。俺が何か言えるほど博識でも、そこに関する知識を網羅しているわけでもないが、似たような感覚だしな」
「似たような感覚?」
いきなりの話に、意味の分からないこと、納得し難いことを次々に言われるため、聞き返さなければ追いつけないほどに混乱しているようだ。
無理もないが、これはこれで無自覚ってことで、潜在能力は確かなんだと確信は出来た。
「ああ。それを理解するのが、俺が呼び出した理由だ」
栄えた街。そこは俺が何度も通った通路であり、様々な店が建ち並ぶ、王都でもトップクラスの繁華街の1つの店の前で止まる。
聞いたことのある声、そして密かに会ってこれで何度目か。
「ここが目的地だ」
「……ここって……」
あっけらかんとしたその表情は、連れてきたことに満足するほど愛おしい。なぜここに連れて来られたのか、絶対に理解していない。
知る人ぞ知るってとこだしな。
「見ての通り青果店だな」
そこは、以前殺意を持って殺されかけた女性が経営する、周りと比べると特に人気の青果店であった。紛れもなく俺はそこに用事がある。
「青果店?色々とよく分からないんだけど」
「だろうな。俺もはじめはそんな感じだったからな。とりあえず行こう」
そう言ってフィティーの手を引いて青果店へ足を踏み入れる。まだ地形に慣れない旅人を連れているように見えて、微笑ましいなら嬉しい、なんて陽気なことを考えながら。
中に入ると、早速以前助けた女性が視界に入る。相手も俺に気づいたようでペコペコと2度3度挨拶代わりのお辞儀をする。
店の中にも人は多くて、それでも俺なんかに気づくのは流石であった。それほど回数は重ねていないものの、気取られるほどには濃くなったかもしれない。
「美味しそうなものばっかりだね」
「帰りに買って帰るか」
初めてか、青果店の中をじっくりと見渡しては、瑞々しい食材に目を奪われて止まる。これを繰り返すだけで店に慣れてない変人のように目に映る。
「うん!」
元気なのは相変わらず。そのまま俺は俺を待つ女性のとこへフィティーと向かった。
――「久しぶり」
「うん、久しぶりだね。今日も来てくれたんだ」
「用があるのは青果店じゃなくてシャナリーにだけどな」
名前をシャナリー・テリアといい、22歳という若さでこの大人気の青果店を経営する、秀才の女性だ。
「ってことは今日はその調べれる日なの?」
「そういうことになるな。結構待たせたが、よろしく頼む」
「おっけー、それなら付いてきて。丁度休憩してたから、今ならパパっと終わらせれるよ」
「助かる」
シャナリーはニコニコとして接しやすい女性という印象。朱色の髪を後ろで結んでも背中にまで髪が垂れ下がるほど長髪。輝くように艶を持つため、余計に美しく見える。
そんなシャナリーに付いていき、俺たちは奥の部屋へと入っていく。
「その子が今日の依頼の子?」
誰にも声が聞こえない、姿が見えないどこまで来ると、堂々と声を出して聞いてくる。
「ああ。一応言っておくが、王族だぞ」
「あははっ。イオナくんも面白い冗談を言うね。私ともうそんな仲になったってこと?」
後ろを振り向かず楽しそうに笑うが、全く冗談ではない。フィティーは無言のまま、フードを被るのをやめる。
「シャナリー、こっち見てくれ」
「ん?何々?サプライズでもしてくれるの?」
どこかワクワクした様子で笑顔でこちらを向く。そして、自然と目が合うフィティーとシャナリー。
「……えっ?」
「はじめましてシャナリーさん。私はリベニア王国第1王女――フィティー・ドルドベルクと申します。以後お見知り置きを」
「えぇ!!?」
それなりにうるさく、咆哮の手前ほどの声量で驚く。だから言ったのに。本物じゃん、という目で見るが、まったくもってその通りである。
「これは……その……失礼を……すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。同じ立場なら私も信じていなかったでしょうし」
憤りなんて全く感じない。心の底からそう思っているのだと、よく伝わる。
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