第百二十二話 実質1つの選択死
私でも死を感じるこの状況で、魔人だとしても逃げれる感覚はないだろう。剣技の才能に底がないほどの天才が集まったヒュースウィットの第1座として、そう思うのだからこの世界では全員がそう感じるはず。
ピクリとも動かない体からは絶対的な死が約束される。少しでも踵を返すようなことがあれば、それはこの世から消え去るのだと。
なにかに負の感情を抱いて死に、その果に強力な魔人となったというのに、その復讐や屈辱を果たすことすら叶わずに死んでいく。なんとも儚くも乏しい夢か。
イオナは目を瞑って感覚を頼りに神経を尖らせる。マークスはそれを知るからこそ動けない。考えても考えても、今この状況を逃げる策は思いつかない。
「……君は一体どうやってその力を手に入れたんだ。最高でも私と同等の力を持つ者と思っていたが、遥かに超えるとは……」
「魔人はどいつもこいつもそうだ。慢心しては計り違いから死を選ばざるを得なくなる。仕方ないから1つ教えといてやるよ。最強ってのはな、実力を隠すもんなんだ。だから常に俺と同等の力、もしくは少し上の力を得たことで満足して俺に挑もうとすると負ける。それで全員もれなく同じ顔をする。このバケモノめ!ってな」
話すだけでは乱れない。目で捉えてないというのに、感覚頼りに絶望を与えるなんて、到底可能なことではない。日頃から目を使って剣技を使うならば、少なくとも目を閉じた際には不安があるもの。でもイオナにはそれはなかった。まるで元々目が見えない人のように、感覚が発達しているようだ。
そんなイオナは続ける。
「お前さっき言ったよな?俺の底が知れないから苦戦すると思わなかったって。ならその時止めれば良かったんだ。俺の最高値を勝手に決めて挑もうとするから死をプレゼントされる。そんなに死にたいなら早く動けよ」
殺したい衝動に駆られるわけではなく、ただ今は殺さなければならないという使命感に駆られている。急ぐ必要はないが、もしかしたらフィティーの方に魔人がいるかもしれない、という可能性を捨てていないため、なるべく早く向かいたいのだ。
問題ないとは思っているが、イオナは少し仲間意識が高すぎるが故に過保護な部分があるので、急ぎたいのは山々だ。
私には過保護ではないところが……少し不満ではあるかもしれない。
「勝ちが見えないなら潔く死ぬことを勧める。お前に価値はないんだ」
「君は私が動かなくても殺れる自信はあるのだろう?ならそうすればいいものを、何故そこまでして動いたら殺すことにこだわる」
「自信をぶっ潰すためだ。『俺の得意分野なら可能』と思っていることを、真正面から正々堂々潰すことで絶望とともに死を迎えさせる。悪人じゃないならそんなことはしないが、魔人っていう俺たちにとって害そのものを相手にするなら、それがいつもの俺なんだよ」
絶望。それはこの世界では御影の地へ入ることを言う?いや違う。では目の前で両親を殺され、すぐそこに魔人や犯罪者が居ることを言う?いや違う。では一筋の光が消えることを言う?いや違う。答えは――イオナの敵となることだ。
8割の力を見せると言ってした行動が、鋒で刀を受け止めること。それだけでは4割と言われても信じるほど呆気なかった。そう見せるほど圧倒的なのかもしれないが、実感はない。
未知の存在を目の前にすれば、きっと私も絶望していたはず。味方で良かったとつくづくそう思う。
「……これが人間の頂点……思っていたよりも危険な存在だ」
「舐められたもんだな。お前たちは思ったよりも弱者の集まりみたいだ。お前が魔人としてどの立場にいるか知らないが、高いと言われるなら恥じた方がいいぞ」
「君ならそう思うかもしれない。だが、私はそこのヒュースウィットの第1座といい勝負をすると思うが」
ここで初めて私を見る。が、全く恐怖はない。イオナの方がまだ緊張感を持つ。
「おいおい、何を言うかと思えば。お前が俺の第1座といい勝負をするだって?やっぱりお前は腐った人間らしく、腐った目をしてるな。お前じゃ彼女の足元にも及ばねぇよ――超えた気でいるんじゃねぇぞ」
目を開けて途轍もない殺意を込めて恐怖を与える。絶対に揺れない、隙のない盤石な体制が唯一崩れた刹那であった。が、それを見逃すほどに、マークスは殺意に惑わされていた。
俺の第1座なんて……巫山戯るのは相変わらずだ。嬉しいけど。
イオナに仲間の話はしてはいけない。仲間同士友達同士なら逆にイオナがしてくるほど和気藹々としているが、敵からならば許さない。愛が重いようなタイプであり、見下されたり否定されたら、それはもうこの世界が崩れるほどに怒る。
最近は抑制してきているが、本気でキレたときは私でも手に負えないだろう。
「……これでは帰っても帰らなくても殺される……か」
「ははっ、お前の上にいる存在も失望しているだろうな。もう少し使える人材だったらってな」
「だろうな。だが、私はあの人の役に立てるならここで死を選択する」
「俺よりも怖いのか」
「いいや、怖いという話ではない。お前の方が弱いということだ」
「なるほどな。ならその『あの人』と俺、どっちがお前の理解の及ばないほどの速さで殺せるか、その感覚でしっかりと脳内と体に刻め」
そこにあるは絶対的なマークスの死。それは変わらないし、ここに居る私とイオナとマークス、3人全員が感じていた。
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