第百二十話 完全な死
私とリュートの目に映る人間に対して、思うことはおそらく同じなのではないだろうか。何も問題はないように振る舞い、刀を間違えたなど言っているが、これも計算のうちなのかもしれない。
「……嘘だろ……」
虚勢を張っていたわけではないが、もうこの状況はリュートにとっては最悪でしかなかった。不意をついた攻撃、それも蓋世心技という世界最強クラスの技を、最近習得したからといっても、右腕だけで止められたことには、受け止めきれないほどの情報と差があった。
「お前、勘違いしてるだろ。これはお前の剣技を止めたんじゃない。剣技が出される前に止めたんだよ」
「……は?」
「剣技ってのは小さくても型が存在する。業火の太刀なら振り上げて気派で炎を纏わせ振り下ろす。居合なら納刀から抜刀するそのタイミングに合わせて気派を纏わせて、横に斬り出す。それで、虚は斬撃を飛ばさないなら、まずは必ず遅めに振り下ろすことから始まるんだ。緩急をつけるためにな。ならばそれが始まる前に止めてしまえば良いってことだ。だからこうしてお前の刀を鋒で止めてんだよ。お前の虚が剣技として成す前に」
「型だと?そんなものあるわけねぇだろ」
「あるんだよ。バカで授業をまともに受けて無かったお前は知らないだろうがな。剣技には自然と楽に使えるように、誰もが共通する使い方ってのが存在する。不思議に思わないのか?何故こんなにも人間が剣技を扱って、剣技を教わるのかを。型が決まってないなら独学で身につければいいだけだからな。結局は剣技のスタートラインを阻止すれば、それ以降剣技を放つことは出来ない。ならそれを実行するだけってことだ。分かったか?ゴミクズ」
「……クソが」
歯をギリギリと噛みながら、その怒りと憎しみを発散しようとする。それを堪えるのだから歯も砕けそうなほど強い歯ぎしりだ。
「まぁ、お前の目の前にいる剣士も、屋根上で見守る剣士も例外なんだけどな。猛者になれば自分なりの型ってのを編み出し始める。剣士としての天才は何をしても天才と言われるほどに優れてるんだよ」
確かに私も学生時代習った剣技を使うことはもうない。それでも、剣技を覚えてどこから剣技が始まるかなんて覚えてすらいない。ましてや蓋世心技なんてそんな頻繁に見るものではないから、覚えるなんて自分で剣技を見るしかないだろうに。
自分では努力は人並み以上、神傑剣士では1番と思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。最強は本当に謎が多い。
「もういい加減分かっただろ?お前じゃ俺には勝てないって。勝算は元から0だったな」
流石に無理だ。全力で予想外の展開にも全く動じないイオナから、勝ちをもぎ取るなんて不可能だ。今の私は興奮なんて冷めないし、もっと見たいと体を前のめりにするほど目の前に釘付け。
今襲われれば間違いなく遅れを取るだろうな。気をつけないと。
「…………」
「戦意喪失か。ならもうお前に興味はない。最期にとっておきで終わらせるとするか」
そう言って納刀すると、無言で下を見続ける。荒れに荒れ、淀んで気持ち悪い気派も少し読めるようになった。リュートは何故か負い目を感じるような、そんな不思議な気持ちを持っている。死を前にして後悔、もしくはイジメに対して申し訳ないなんて思っていたりするのだろうか。
今更そんな人間的なことを言われても、人間ではなくなり、死んだのだから、無駄な思いだ。
「この前、一騎討ちの時に言ったよな?俺の能力は剣技すべてをレベル6に引き上げるって。なら、蓋世心技は能力で強化されると思うか?答えはもちろんされるだ。じゃ、どのように強化されるのか、それは単純明快――1つレベルが上がるんだよ」
淡々と私でも初めて聞くことを話し始める。これが私に言っていた冥土の土産の話なのだと、すぐに理解した。その内容は何度も驚かされたにも関わらず、それを超えるほどのものだ。
「レベル5とレベル6の差は、剣士としては天と地ほどの差があると言われる。それなら、レベル5とレベル7の剣技を使える剣士はどれほどの差があるんだろうな」
絶望に重ねて絶望を送り込む。最期に聞くことがこれだなんて、到底耐えれるものではない。どんな相手に手を出したのか後悔するとともに、運の悪さと性格の悪さに最下層まで落ちていった精神。もう脳死のようなものだった。
動くこともしない。ただ死を待つだけのリュートにイオナは2歩近づく。何をするのか予想はつかないが、最後のやり返しというやつだろう。そしてイオナは口を開く。
「なぁリュート。なんで俺がお前の相手じゃないか最期に教えてやるよ」
そう言うとさらに2歩近づく。
「俺は――――」
「……なるほどな。流石は最強って言われるゴミクズだ」
耳元で言われたため私には聞こえない。でもリュートは納得した様子で、敵意も殺意も全く感じない。感じるのは死を覚悟した気持ちだけ。
そしてすぐ、イオナは無抵抗のリュートの心臓を刀で貫いた。不敵な笑みを浮かべながら。
「……うっ…………おい、ゴミクズ」
「なんだ」
「御影の地は……思ってるより……地獄だぞ……」
「忠告か?」
「ちげぇよ……早く行って……死にやがれ」
「思ってもないことを言うな。お前は最期までクズで死ぬのが役目だろ」
「……黙れ」
もう限界だ。リュートに負の感情は残っていない。魔人として生きることは不可能だ。喋ることもままならないが、少しでも話せるのは根性か。
「マークスが……近くにいる……」
「ああ。お前が知ることはもう知ってるさ」
「……そうかよ…………」
その言葉を残し、リュートはこの世界から生を失った。誰も悲しまない、ただ自業自得の暴走によって。だが最期に見せたあのアドバイスは、今までで1番人間味を感じた気派だった。
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