第百十九話 圧倒的実力差
右腕が飛ばされれば、流石に魔人でも痛覚は機能する。痛みなんて共感出来ないが、痛みを感じている時ほど隙が出来るタイミングはないと思う。一瞬が生死を分けるこの戦いに於いて、少しでも痛みに意識を持っていかれれば、それだけで動きが鈍くなり敗北となるのだから。
イジメていたが、実は掌の上で踊らされていたため、余計に激しい憎しみを抱くリュート。仲間を侮辱され傷つけられそうになったため、前言撤回を求めて我を失いかけるイオナ。
不倶戴天の勝負に、どちらが勝つかなんてそんな考えはなく、どれだけ相手を苦しめて殺せるかしか考えていない2人は目が人のものでは無かった。
「右腕は大切だよなぁ。支えるだけの左腕だけじゃ、もう俺と刀を交えることすら難しいだろ。剣技は使えない。使えてもその前に四肢が斬られる。もうこの先のお前の未来は真っ暗なんだよ」
言われること全てが嘘ではない。それは身に沁みて分かっている。何をしようとも、このバケモノの前では刀を振ることさえ許されない。本気なんて出してしまえばあっという間だと、本気を出す前に分からせる。これが終焉の剣士。
「たったの腕1本で勝った気になるなよ。これはハンデなんだよ」
「へぇ、ならそろそろ本気を出すことをオススメする。そうしないと、その前に四肢が全て自分の体を離れるぞ」
「それはどうだろうな。お前の四肢が離れるかもしれない」
「それはそれで楽しみだ。それほどの相手を見たことがないからな」
再び抜刀し、珍しい構えで待ち構える。イオナは何故自分から突っ込んで行かないのか、それは相手に実力差を分からせるため。
そもそも自分から突っ込んでしまえば、大抵の人間はその時点で敗北するため、面白味がない点でも避けている。しかし1番は、隙を見せてそこを突いてくる剣士を、圧倒的な力量で止めることが好きだからというとこにある。
猛者だから出来て許される行為。私はそれほど余裕があっても遊ぶのが限界。
「ほら、来いよ。大好きなイジメを始めてくれ」
「てめぇ、死ぬぞ?」
「死ぬ?ははっ、それは楽しみだって。なら――殺してくれよ!」
リュートほどではないが、久しぶりに叫ぶように感情を爆発させるのを見た。ストレスを感じず、何もかもを完璧にこなす天才だからこそ、こういう一面は1つの発散要素なのかもしれない。
それにしても今日はイオナ大収穫祭だ。久しぶりに、ここまで珍しいとこを集めたようなイオナを見ている。最近は一切そんなことなかったので、こうして見るとまだ18の歳下なんだと感じれる。
負けず嫌いなのは変わらないが、大人になる前のほんの少しだけ手前にいる。いつかその間を越えたとき、彼はどんな成長を遂げるだろうか。
これも楽しみだ。
「望み通りになぁ!」
今までにないほど強く蹴った地を、左腕だけで刀を持って突進のように勢いよく進む。その僅かな距離を一瞬で詰める速さは、レベル5なだけあるものだ。初めて認めた気がする。
そしてイオナの目の前に来ると、刀を下から上へと振り上げるとともに言った。
「蓋世心技・虚」
「へぇ、やっぱり使えるんだな」
蓋世心技を難なく使いこなすリュート。しかしそれを知っていたかのように受け止めようとするイオナ。どちらも負けの未来は見えていない様子。不思議だ。ここまで来てリュートが戦意喪失しないとは。
虚。それはレベル6の多くが使える有名な技だ。気派の緻密な操作により、本物の斬撃と偽物の斬撃を飛ばし、相手を惑わせることが可能。斬撃を飛ばさないのであれば、気派を体と刀に纏わせ、刀の振る速さに緩急をつけることで幻を見せ、感覚を狂わせることが可能な技。厄介であるが、対処法は有名な剣技なりにある。
殺意がムンムンと伝わる剣技に、イオナはそれでも動じない。受け止めようと態勢を整えている。これは止められるかな。
そう思った時、やはり喋る魔人は一筋縄では行かないようだ。
「うおぉぉぉ!!!」
咆哮のように辺り一帯を包み込むほどの声で叫ぶと、同時に斬れて無くなった右腕が再生したのだ。
「えっ、マジかよ」
聞こえるか聞こえないかのホントそれほどの声で驚きを顕にする。しかしそんなことは関係ないリュートは止まることを知らず、目の前で緩急をつけて惑わそうと虚を放とうとする。
右腕に割かれた意識はそれを簡単に見破れるほど伝達速度は速くなかった。刹那が勝敗を分ける世界で、気を取られるのは死を意味するのだから。
ドンッ!と交わったかイオナの体を斬ったか、それが分からないほどに粉塵が舞う。音ではどちらか判断出来ないのが蓋世心技の威力。全力を込めていたようなので、それはさらに分かりにくくなる。
次第に晴れていくそこは、薄っすらと姿を見せてくれた。安心していても、あれほどのものを見せられては少しばかり不安になる。
だが、薄っすらとでも分かった。やはり杞憂はどこまで行こうと杞憂なのだと。
「戦闘中なんだけど、マジで今気づいたわ。俺なんでヒュースウィットの黒真刀使ってんの?いつから取り間違えたっけな」
そこには驚きの意味は別だったと、刀を眺めながら言うイオナが、リュートの刀の柄を右腕1本で己の鋒で止めている姿があった。
当然腕が再生したことに驚いたと思っていたため、これは私でも信じられない。再生することを読んでいたとでもいうのだろうか。
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