第百十五話 復讐を
向かうは、紙に示された目的地。王城からは然程離れておらず、後2分程度で着くだろう。イオナも全力疾走であるため、少しずつ私との差が開いていく。
何を考えているのだろう。救出の手段か、今の怒りを一旦忘れる手段か、それとも何も考えられないほど焦っているのか。焦りなんてイオナらしくもないし、見たこともない。ならばあり得ないが、今まで読めない気派を出したことがなく、落ち着いているところからするとあるかもしれない。
少しのいつもと同じ会話を続けると、それ以降に話をすることはなく、ただひたすらに四肢のいずれかが切断されていないことを願っていた。
そして、その無言の空間から解放されたのは、目的地である広場に着いた時だった。公園でもない、王都内で頻繁に利用される広場でもないここは、ど真ん中に1つの噴水が設置されている。周りにはベンチが置かれており、そこに寝かされるよう2人は意識を失って寝ていた。
「おっ、やっと来たかぁ!」
人間の声とは思えないほど濁音を多く含んだように聞きづらい。声が潰れてしまったようだ。魔人化による体の突然変異はよく聞く話。だが、こんなにも耳が拒否をする声は正直きつい。
「……ふぅ」
イオナは2人に視線を向け、体のどこにも傷はなく最後に見た2人のままだと安心して、安堵のため息をつく。それがどれだけの心の余裕となるか、それはイオナでないと分からない。
でも言えることはある。今、自分への制限を少し緩めたということ。
リュートに目も向けず、ただ歩いて前へ向かう。
「おいおい、久しぶりの再会だっていうのに挨拶もなしかよ!」
「…………」
それでも無言。だんだんと伝わってくる空気感の重さ。
そしてイオナは噴水の前に立つリュートの横を、何もせずに通る。スピードも変えず、刀を抜くこともせずに、ただひたすら無言に。
付き合ってやるほど優しくも、暇でもないようだ。ベンチに寝そべる2人の顔を確認している様子。少し離れた私にでもそれはよく見える。
「悪かったな、2人とも。俺がもっと手紙を読んでから警戒を高めていれば良かった」
心底申し訳無さそうに、自分の落ち度だと聞こえていないだろう2人に謝罪する。自分の不覚に何度も打ちのめされたイオナだからこそ、今回の件は響く。
ブニウから手紙で注意をするよう言われていたようだが、まさかこんなに早くその内容が関わるとは。私も対応は遅れていただろう。
「てめぇ!ここに来ても俺を無視するのか!」
「……あぁ、居たのか」
後ろを、めんどくさそうに振り返ると気づかなかったと、お得意の演技をする。だが、全く下手でこんなのは煽り以外の何物でもなかった。
「ルミウ、この2人を頼んでいいか?」
感情を失ったような、なにか覚悟を決めたような不気味な真顔で私にそう言う。否定したら私も何されるか分からない空気感に頷く以外無かった。
「いいよ」
1度両足で地を強く踏むと、一瞬でイオナの隣へ移動する。どこにも傷はないのは不幸中の幸いだろうか。2人を両腕に抱えると、広場から離れた家の屋根上から見守る。
無駄は足手まといなので、迅速な対応だった。
「これでお前とも遊べるようになった」
「勘違いするな。俺は待ってやったんだ。そうしねぇと、てめぇの全力と戦えねぇだろうが。遊ばれるのはお前なんだよ!」
背伸びをして戦闘へとスイッチを切り替える。一応被害は及ばないとこまで退避しているが、8割を見せると言ったイオナは未知であるため大丈夫かは別問題。
「そうか、なら遊んでくれよ。学生時代と同じように」
「なんだ、お望みかよ。だったら片腕片足、好きなとこから切断して遊ぶか!4回も遊べるなんて最高だろ!」
「バカなのか?指にすれば20回は遊べるぞ。それで腕足合わせて24回。上半身下半身合わせて26回。首も入れると27回だ。4回なんてつまらないだろ?なら、もっと楽しもう」
狂ってるようなことを言う。真面目なのだろうが、本気でやるつもりでもあるようだ。戦闘狂でも、性格的にマゾでサイコでもないイオナはそんなことしないタイプだと思っていたが、もうそんなことを気に出来るほど、精神的に面倒だったのだろう。
「はははははっ!!お前、魔人的なことを言うなぁ!こっちこいよ、それなら何度も半殺しにしてやるのによ!」
魔人は体に関する回復速度が高い。そのため、死ぬことがなければどんな傷でも1週間あれば全治だ。半殺しにし続ければ可能である。
「半殺しはやられ続けるときつい。それにもう演技は飽きた」
そう言って珍しく刀を抜く。いつもは右手を添えるだけなのに、何か遊び始めるのだろうか。全く先の展開が読めない。見ていると面白いが、相手となると厄介だ。
「なぁ、リュート。なんで魔人になったんだ?」
魔人が言葉を話すことに関しては入国時に聞いていたが、こうして見るのは初めて。経緯を知りたくなる気持ちは分かる。
「お前を殺すためだ」
「どうやって魔人化したんだ?1度御影の地へ行ったのか?」
「さぁ、それは教えられないな。そういう約束だからな」
「約束?」
「ああ。俺に関する全てを教え無い代わりに、俺は魔人化として力を手に入れた」
こいつはとことんバカだ。約束をした、そして代わりに魔人化を得たというのならほぼ間違いなく御影の地へ行っているようなものだ。
イオナでもそれは気づいている。だからもう無駄な詮索はしない。ここからは息の根を止めることを考える。
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