第百十四話 異次元の真実
でもイオナだけで、2人の姿は見当たらない。どこかへ逃げた、なんてことも考えられるが、工房に姿を現したというのならそれは考えられない。
繋がる通路もこの部屋も血痕はついていないので、怪我は考えづらい。今のところは無事と見ていいだろうが、でもそれからの魔人の行き先は不明だ。
ここに留まるわけでも、暴れに行くわけでもなく、この場で消えたのか。イオナが倒したということもなさそう。
「イオナ、なにか分かった?」
正直聞きたく無かった。でも聞かなければ進めないだろうし、そんな気持ちでいられると、イオナの気分をもっと害することになる。
「ルミウ、フィティー。これやらかしたかもしれない」
左手で頭を押さえながら、失敗をしたことを伝える。何が失敗か、聞かずとも私には分かった。それがニアとシルヴィアに関係してるのだと。
「これを見てくれ」
そう言って手に掴んでいた紙を私たちに見せるように向けてくる。そこには人間が書くには汚すぎるが、読めないわけでもない字でこう書かれていた。
『イオナ、お前を殺すためにやってきたが、いいタイミングでいねーから大切な刀鍛冶を人質にするぜ。お前が来ればこいつらに危害は加えねぇ。1時間ごとに腕と足を切断するから、早くこのことに気づけるといいな』
そして場所が地図のように示され、その下に『ロドリゴ・リュート』となぐり書きで書かれている。リュート、それはイオナをイジメていたというあの弱虫だ。
「魔人になったのか……」
「ああ。というわけで、俺は今からその場所に向かうから、フィティーはここで騒動の沈静化に努めてくれ。ルミウは付いてきてもいいが、オススメはしない」
「分かった。気をつけてね、人任せだけど2人をお願いね」
「私は付いていく。君にもしもはないけど、違う意味での心配があるからね」
「……後悔するなよ?」
「もちろん」
後悔するなよ。この言葉の意味と重みを、この時は知らなかった。今までで1番気持ちの込められた私への忠告。私はただ好奇心で頷いた。
隠しているが、私には測定不能だけれど分かる殺意があった。これが爆発すれば、きっとこの王国を1日で終焉へと導ける。そう思えるほどに濃くて絶対的だった。
「それじゃ、私はここで」
颯爽と駆け出し、王女としての務めを果たしに向かう。ここには魔人はもういないのだということ、そして負傷者も0だということを。
「俺らも行くか。そう遠くはないが、さっきの戦闘の疲れがあるならゆっくりでいいぞ。俺は1人でも十分だからな」
こんなにも気持ちを込められて言われると慢心かと思うが、実際余裕だろう。
「大丈夫。どうせ君が終わらせるんだから、私は不要でしょ」
「見に来るだけなら、やめてた方がいい。まぁ、2人を守ってくれるなら、それだけ俺も戦いやすくなるからいいけどな」
忠告に冗談とは思えない声色で、真面目に伝える。この時のイオナは、飢え限界すれすれを保つ猛獣だ。少しでも餌を見ればすぐにでも飛び掛かる。
「遠くから見させてもらうよ。君の8割程度の力を」
「8割?面白いこと言うなよ。俺は生きてきて今までで――誰にも7割以上で戦ったことはない」
「……ホントに?」
嘘ではないと読み取れても、聞き返さないと私は納得したくなかった。聞いた瞬間にゾッと背筋が寒くなるのを感じた。本当に本気はもちろん、7割すらも出したことはないなんて、いくらなんでも遠い存在すぎる。異次元とはまさにこのことか。
「いい機会だ。面白い話しをリュートの冥土の土産にするから、その時にあることを教えよう。そして、8割の力を見せよう」
今のイオナは今までのイオナでは無かった。絶対的な自信を持ち、戦いに行くイオナではなく、それを当たり前に、絶対に復讐を完遂してやるという意気込みも込められていたようだった。
でもこれだけ心が荒れても気派が変化しないのは不思議だ。マークスのように気持ち悪くもないし、むしろ心地よい。常に感じ取っていたいほど大好きなものだ。
「楽しみにしてていいのかな?」
「楽しめるといいな。そこまで今の俺は易しいことは出来ないから、もしかしたらそんな気分になれないかもな」
「……今の君は少し不気味だよ」
「だろ?俺は不気味な生命体なんだよ」
「性格からして察してたよ」
「そうか。ルミウがいつもの調子で居てくれて良かった。おかげであいつに会うまではなんとか精神は保ちそうだ」
と言っても限界なのに。私もこっそりと気派でサポートしているが、いつ乱れて感情を爆発させるか分からない今では気が抜けない。
イオナなら自分のことは自分で解決するだろうが、手がつけられなくなると、上が存在しない最強を止めることは不可能になる。安定してくれたら良いんだけど。
「無理はしないだろうけど、いや、する必要もないだろうけど、暴走はやめてね」
「その時は一瞬で殺してくれ。ルミウに殺されるなら本望だ」
「私はライバルを殺したくはないよ。それに君とこのまま別れる気もない」
「死ぬ時は一緒ってか?」
「君が死ぬのは私に殺されるだけってこと。それ以外は寿命だよ」
「なるほどな。それなら死ぬまで一緒で」
「はいはい」
全く笑みのない、全く気持ちのこもっていないイオナでも、私は良かった。こうして人間として会話出来ているのだから、それだけで今は十分だった。
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