第百十話 甘えは許されない
その短刀に気づくと歯をギリッと力強く噛み、右足を後ろに素早く引く。そんなことは想定内であるため、私は知っていたかのように体を低く保つ。
そしてその回る力を利用して、近づく私の顔の位置を狙って回し蹴りを放つ。が、回し蹴りには必ず私が死角に入るタイミングがある。その時に低くすることで狙いをずらすことに成功。
そのまま右足は空を切り、ザーカスとの距離を0にした私は、以前イオナたちとの戦闘の際に負った肋骨のヒビに、刀に纏う風を強風としてぶつける。
目には見えない、私の特別な左目にしか知り得なかった弱点。気派で庇っていたものの、それが仇となり私には大ダメージを与えるチャンスとなった。
「――うっ!!」
防御が間に合わなかったため、顔を歪めながら後ろへ激しく飛んでいく。一瞬だったが、途轍もない痛みが全身を襲っただろう。これで確実に肋骨は何本か折れたはず。
ひとまず優勢となったのは紛れもなく私だ。後方5mへ、激しい物音とともに崩れたテーブルや椅子、瓦礫の下敷きになったようだが、これだけで死ぬほど柔くはない。
「まずはこれで、貴方が虚勢を張るだけの弱者だって証明が出来たね」
ゴソゴソと静かにゆっくりそれらを退かしながら、中から体を抜け出させる。鳩尾付近を手で触るのはヒビが悪化してしまったからなのだろうか。顔も粉塵がつくほど汗が出ている。
「……ははっ、俺が弱者ね……いつからそんなに色々と強くなったんだ?」
「さぁ、いつからだろう」
「……なるほどな。そこの2人は怪しいと思っていたが、まさかそんな役割を担ってたとはな」
どこまで読んでもあくまで予想の範囲内。確実なことは読み取れないが正解だ。私がこんなに強くなって、レベル6として不甲斐ないと言われない程度に成長したのは、ここにいる剣士2人と、王城内で働く2人のおかげ。
まぁ、流石にいつも私の側に居たんだから、それくらい分かって普通だけどね。
「はぁぁ……こうなったら俺も死を覚悟するしか道はないってことか」
「またお得意の魔人化?」
「俺らウェルネスは魔人を倒すために在るんだ。首謀者の俺がなってたまるかよ。俺はお前だけでも道連れにしてやるんだよ」
そう言うと周りの空気感が変化する。イオナとルミウ様用に溜めていた力を全て使い切るつもりなのだろう。本当に止めてもらいたい。
死ぬ未来しか見えないんですけど。
そんな心構えだが、まだ死を味わえてない点ではありかもしれないとは思う。そしてそんな心構えをしていると、何故かタイミングにだけは恵まれた男が再び顔を見せる。それも人を投げ込んで。
「最後の10人目行ったぞー。そいつが1番頑張って戦ってたからあっちに逝ったら労ってやれよ?」
「貴様……」
「あー心配するな。一騎討ちの邪魔はしないから、ここから見守らせてくれればそれでいい。どうせ遅かれ早かれ死ぬんだから良いだろ?それくらい」
「目の前で殺されてもいいのか?」
「いや、死なねーよその王女様は。俺はお前が死ぬことが可哀想で仕方ないわ。神傑剣士のくせに、虚勢張っちゃってるとこが可愛すぎてな」
「どいつもこいつもガキは癪に障るものだな。いいだろう。邪魔しないのなら思う存分暴れさせてもらおう」
偽りがないと読んだか、まだお遊び中のルミウ様は援護に来ないと判断し、危険と思わしきイオナが参戦しないということが確定したことにより満足気だった。
邪魔とはいっても助けには来てくれる優しさはあるようでなにより。それに、私を信じてくれていることは何よりも嬉しかった。気分が高まるのは人生で何度目だろうか。
「一撃で終わらせてやる」
手に込められる力は柄を握り潰しそうなほど強い。肌でもこれはヤバいとヒシヒシと感じる。もしかしてこれ死を感じるには余裕なのでは?と思いイオナを見るとニッコリしているだけ。
これが不気味で怖い。安心していてもイオナは何をするか分からないので信頼関係はあっても、絶対とは思えない。ルミウ様とは大違いだ。
「蓋世心技・滅」
気持ち悪くなるほど大量の気派。文字通り全てを出し尽くすつもりなのだろう。もう本能では勝てないと悟り、死を感じようとする一歩手前だった。
体を前に倒し始め、もうすぐ私の体に刀が振られる。そう思うと感じた。鳥肌がブワッと一瞬にして立ち、汗が大量に出始める。
これが死を感じるということなのだと分かったのは、既に目の前までザーカスが来ていた時。無理だ。これは防げない。
気持ちは折れ曲がり、どうするか迷うと、過るイオナの存在。スローモーションとなった世界で私はイオナを見て危機を伝える。しかし、イオナは動く気配は微塵も無く、ニコッとした表情は一切変わらなかった。
そこで私は知った。死を感じて成長するというのに、何故守られること前提で話を進めるのか。それならば心のどこかで安心という甘えが存在することになり、結局は成長に繋がらないではないか、と。
これは元々決められていたことだったのだ。ルミウ様も私の危機を知っていて約束したのに動かない。見捨てたわけではない。これは私が私1人で解決するべきことなのだと言っているのだ。
決して2人が嘘を付いたことが悪いとは思わない。これらは全て私が優しさに甘えて、今まで他力本願で成長してきたことに対する戒めだ。
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