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土曜日

 ふと、目が覚めると、朝の5時前だった。外はまだ薄暗い。それなのに、隣に寝ているはずの彼の姿はやはりなかった。


 彼の姿を探して、リビングへ行くと、彼は、まるで昨晩からずっとそこにいたかのように、ソファに座っていた。


「おはよ。早起きだね」

「…………」

「なんか目が覚めちゃったよ。コーヒー淹れようかな。徹も飲む?」

「…………」

「もしかして、寝ているの?」


 私は、彼を揺さぶってみた。すると彼は、ずいぶん前から起きていたかのように、ハキハキとした声で朝の挨拶をした。


「柚季、おはよう」

「ねぇ……、コーヒー……」

「あぁ、今淹れるよ。ちょっと待っていて」


 やはり、おかしい。会話がかみ合っているようでかみ合っていない。


「そうじゃない!!」


 思わず大きな声が出た。


「ねぇ。徹どうしたの? 最近おかしいよ。私の話、ちゃんと聞いていない」

「そんなことない。ちゃんと聞いているだろ」

「聞いているけど、聞いていないよ。まるで、私の声が聞こえていないみたい」

「そんなことない」

「ううん、そんなことあるよ。もしかして、事故のせいなの?」

「違うよ。大丈夫だから。柚季は何も心配しなくていいから」

「心配するよ。だって、徹、あの事故の後から、ちゃんとベッドで眠ってないでしょ? どこか痛くて眠れないの?」

「大丈夫だから」


 そう言いながら、彼は私の手を取った。しかし、その手は、とても冷たかった。


「徹の手、ものすごく冷たいよ。やっぱり、どこか具合が悪いんじゃないの? 一緒に病院に行こう。ちゃんと検査してもらおう」


 彼は私の手をパッと放し、悲しげに顔を歪めた。


「大丈夫って言っているのに、どうして、柚季は……」

「どうしてって、徹のことが心配だから、言っているんでしょ」

「全く……こんなことで言い争っている時間は僕たちにはもうないのに」

「時間? ねぇ、一体何の話をしているの」


 彼は私の両方の肩を掴むと、私と目線を合わせるように屈み、まるで子供に言い聞かせるかのようにゆっくりと言った。


「柚季、よく聞いて」

「何?」

「僕は、君のことが大好きだ。君が悲しむ姿は見たくない。いつだって君には笑顔でいてほしい。心からそう願っている」

「うん?」

「約束してくれ。いつも笑顔でいると」

「何よ、急に」

「頼む。約束してくれ」

「うん。分かった」

「そうか良かった。あぁ、そうだ。朝食を用意するよ」


 彼はホッとしたのか、私の肩から手を離し、キッチンへと向かった。


 一体なんだというのだ?


 彼の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、朝食の支度をする彼を観察する。いつも通りに見えるが、明らかにおかしい。


 時間がないとは、どういうことか?

 なぜ、病院へ行こうとしないのか?


 彼を見つめるだけでは答えなど出ないが、今朝はとても聞ける雰囲気ではない。


 彼が一人分の朝食を食卓に並べる。この光景にも慣れつつあるが、とりあえず、文句を言ってみる。


「ねぇ、やっぱり一緒に食べないの?」


 彼は、少し寂しそうな笑顔を浮かべて応えた。


「もう、行かなきゃ行けないんだ」

「行くってどこへ?」

「研究所」

「こんなに早い時間から?」

「うん。柚季は今日休みだろ。ゆっくり朝食を食べたらいいよ」


 玄関へ向かう彼を私は追いかけた。


「でも……」

「ほら、さっき約束したばかりだろ。笑って」


 にっと笑って見せる私。それで納得したのか、彼は一つ頷いた。


「よし。じゃあ、行くね」

「あ、待って。徹の手、最近冷たいでしょ。だから、コレ使って。」


 下駄箱の上に置いたままになっていた、私がいつも使っている白いボア手袋を彼に手渡した。彼がこれ以上体を冷やして、体調を崩してしまわないように、そう思ったのだ。


「ありがとう」


 彼はそう言って、ドアをパタンと閉めた。

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