93話 菜々子と北海道旅行
遅くなって申し訳ありません。
夏休みのある日のこと。
俺は一花の運転で、羽田空港まで来ていた。
「はい、到着よ【二人とも】」
空港の入り口にて、一花が車を止めて言う。
「……ありがとう、ござますっ。一花さん」
俺の隣には、清楚可憐な黒髪の美少女、伊那 菜々子が座っている。
癖一つも無い髪に、大きくつぶらな瞳が愛らしい。
あかりの双子の姉のはずだが、活動的なあかりと違って、静かなる美を秘めている。
「悪いな、一花。車出してもらって」
「ううん、気にしないで」
俺たちは車から降りて、トランクから、キャリーを取り出す。
「北海道かぁ、いいわね。お土産よろしく」
「まあ遊びに行くわけじゃないんだが……」
さて、なぜ俺と菜々子が北海道へ行くことになったのか。
数日前、菜々子から相談を受けたのだ。
『……オープンキャンパスに、いってみたいです』
菜々子は進学を考えている。
北海道にある大学……まあ北大だが。
北大のオープンキャンパスが開かれ、そこを見に行きたいというのだ。
彼女一人だけなのは心許ないので、保護者として、同行することにした次第。
「いいのよ。菜々子ちゃんと二人きりの、北海道旅行ってつもりで、楽しんでくれば」
「……でも、一花さんや、あかりちゃん、るしあちゃんに……悪いよ……せんせえを、独占するみたいで」
菜々子は割とそう言うところを気にする。
和をもって貴しというか。
「あー……その、菜々子ちゃん。悪いけど、みんな結構、光彦君と出かけたりしてるわよ個別に」
「……え、ええええええええええ!?」
驚く菜々子。
いや、そうなんだよな……。
「……そ、そうだったんですかぁ」
「うん。だから……菜々子ちゃん、思いっきり光彦君を、独占してきなさい」
一花は微笑んで、ぽんぽん、と菜々子のあたまをなでる。
「旅行中くらいは、わがまま言って、むしろ光彦君を振り回すくらいに。あかりちゃんみたいにね」
「……う、うん。が、がんばります!」
一花が俺を見て、ニコッと笑う。
「じゃ、そういうわけだから、菜々子ちゃんをよろしく」
「わかってるって。じゃ」
「ええ、また」
一花は車に乗って、さっそうと、去って行った。
「……あかりちゃん、は」
「あいつはバイトがあるから良いってさ」
「……るしあちゃん、は」
「締め切りがあるからって」
一花は言わずもがな仕事がある。
ずぅん……と菜々子がその場にしゃがみ込んで、首を垂れる。
「ど、どうした?」
「……わたしだけ、何もないです」
そういえば菜々子はバイトや部活など、なにもしてなかったな。
この旅行中に、何か見つかると良いんだが……。
「そんなことないって。おまえは頭がいいし、やりたいこと見つかれば、すぐに夢中になれるって」
「……そう、でしょうか?」
不安げな菜々子に、俺は手を差し伸べる。
「ああ。だから、ほら、いこうか」
菜々子はおずおずと、俺の手を取る。
そっ、と握り返してあげると、小さくはにかんだ。
「……はい」
菜々子は立ち上がって、俺の少し後ろをついて行く。
前を歩く、あかりやみどり湖。
隣を歩くるしあや一花。
そして、後ろからついてくる、菜々子。
俺の恋人たちは……それぞれが、違うスタンスでいる。
菜々子だけが、俺の後ろをついてくる。
彼女もいつか、妹達のように、自分から前を歩ける日が来て欲しい。
「それじゃ、飛行機乗るか」
こうして、俺たちは北海道へ向かうのだった。