91話 るしあと寝た翌日
俺が担当作家・開田 るしあと一夜を過ごした、翌朝。
湯あみを終えた俺たちは、開田邸宅の長い廊下を歩いていた。
「うう……うぅ~……」
「どうした、るしあ?」
隣を歩くアルビノの少女るしあが、真っ白な肌を、その瞳と同じ色に染めながら言う。
「き、昨日はなんてはしたないことを……!」
るしあは思ったよりも性欲が強かった。
教えたことはすべて吸収し、最後の方は喜んで、自分からおねだりしてきた。
「まあ若いからな。仕方ない」
「おかやも昔はそうだったのか?」
「そうだな。まああの頃の俺には、るしあと違って恋人はいなかったが」
俺と彼女の呼び方は、結局今まで通りということにした。
るしあに対して、本名である流子で呼ぼうかと思った。
だが彼女は、俺に付けてもらった、るしあというペンネームをとても大切に思ってくれているらしい。ありがたいことだ。
俺への呼び方だが、るしあはこれで呼び慣れてしまっているとのことで続行となった。
「おかや。今日はこのあとどうする?」
「いったん帰るよ。みんな待ってるからな」
家に帰ったらあかりや奈々子、みどり湖からの言及はさけられないだろう。
まあ致し方ないことだ。
「そ、うか……残念だ」
きゅっ、とるしあが俺の手をつかむ。
「もっと、おかやのそばにいたいのだがな……」
るしあが寂しそうな目をする。
赤い瞳が涙で潤んでいるのを見ると、いとおしさが湧いてくる。
俺は小さな恋人と唇を重ねる。
目を閉じて俺に身をゆだねる彼女がとても可愛らしい。
「また来る」
「……はい。待ってます♡」
るしあがふにゃふにゃ、と笑う。
いつもきりっとした彼女の、こういう無防備な笑顔はとてもすてきだと思う。
と、そのときだった。
「へーい! お嬢!」
「うわぁああああああああああ!」
廊下からにゅっ、と大男が顔を出す。
サングラスに黒服の男、贄川 三郎。
一花の弟である。
「おん? どうしたのお嬢?」
「お、おまえぇ! きゅ、きゅう、急に顔を出すな! ばかものめっ!」
るしあは俺から離れ、三郎の胸板をぽかぽかと叩く。
「大丈夫! お嬢が抱き合ってチューしてるとこは、おれしか見てないから!」
「ばっちり見てるんじゃない! ばかっ! ばかっ!」
三郎は俺を見て言う。
「あ、若旦那、おはようございます!」
「わ、わかだんな……?」
俺の事か、もしかして?
「そう! 次世代を担うおかただから、若旦那かなと! 今日からそう呼ばせてください!」
「まあ、どうとでも呼んでくれ」
まだ開田家に嫁いだわけじゃないので、若旦那と言われてもな。
「ちょうどいいや、二人とも、朝ごはんまだでしょー? 兄貴が飯作ってくれてるからさ、食べてってよ! 若旦那も!」
「いいのか?」
「もちもち!」
るしあが嬉しそうに目を輝かせていた。
たぶん俺と少しでも長く一緒にいられると知って喜んでるのだろう。
かわいい子だな、ほんとに。
「じゃあ、御相伴に上がるかな」
「やったー! じゃ、どうぞこちらに。食堂までご案内するぜ!」
ターミネーター三郎を先頭に、俺たちは廊下を歩く。
ふと、るしあがこんなことを言う。
「三郎。貴様、さっきのことは口外するなよ?」
じろり、とるしあが三郎を見上げる。
「ん? さっきの……あー、はいはい! かしこま★」
「本当にわかってるのか?」
「わかってるって~。抱き合ってキスの事は黙ってるからさー。安心してくれよお嬢!」
ぐっ、と三郎がサムズアップする。
「本当に分かってるのだろうな?」
「大丈夫だってぇ。キスの事は言わないからさ!」
「みなには秘密だぞ。恥ずかしいからな。特におじいさまには!」
「も~。わかってるってば、お嬢は心配性だなぁ。あ、ついたよ!」
三郎が食堂のふすまを開ける。
パンパンパン……!
「わっ! な、なんだぁ!?」
るしあがぎょっとして俺に抱き着く。
なかには、三郎と同じような、黒服を着た男たちがいた。
「「「コングラッチレーション、お嬢様!」」」
ぽかん……とるしあが口を開いている。
黒服たちは拍手しながら、俺らの元へやってくる。
「流子や」
「お、おじいさま……?」
黒服たちの奥から、るしあの祖父、開田高原が歩み寄ってくる。
「おめでとう。ついに念願がかなって良かったなぁ」
「は……?」
るしあが怪訝そうな顔で祖父を見上げる。
一方で高原さんはうんうん、とうなずく。
「今日は流子が女になった記念の日だ。どれ、みなでお祝いをと思ってな」
「んなっ!」 なにぃいいいいいいいいい!?」
今この人、なんと?
るしあが女にって……まさか?
そこへ、三郎にそっくりのターミネーターが顔をのぞかせる。
三郎の兄、次郎太だ。
彼の手にはカート。
そして、巨大なケーキが載っていた。
「なんだ、次郎太ぁ! そのケーキはぁ!?」
るしあが半泣きで尋ねる。
「すみませんお嬢。あっしはやめておけと言ったのですが……」
「えー! なんでなんで兄貴ぃ! 絶対喜んでくれるってば! ねえお嬢!」
ケーキの添え物としておかれてるプレートには、
【祝♡初えっち記念】と書かれていた。
……るしあと寝たことが、ばれていた。
「なぜ知ってる!? どうして知ってる!?」
るしあが事態を飲み込んだようで、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「誰だ犯人はぁ!?」
「はい! おれです!」
「貴様ぁあああああああああああああああ!」
るしあが暴れ出したので、俺は後ろから羽交い絞めにしてとめる。
「おかやぁ! 止めないでくれ! こいつは殺さないとダメだぁ!」
「やめとけるしあ。刑務所から出てくるのを待つのなんて嫌だぞ」
「ふぐぅ……」
るしあが怒りを収める。
一方で三郎がなぜ知っているのかを明かす。
「え、だって昨日の夜さ、若旦那の部屋通りかかったんだけど誰もいなくてね。これはぴーんと来たわけですよ。やってんねえって!」
なるほどそういうことだったのか……。
泊まるってことで部屋を用意してもらってたのが、逆に知られることになるとは。
「急いで高原様に報告しました! ほめて!」
「この駄犬ぅううううううううううううう!」
るしあが俺の制止をふりきって、三郎の足をげしげしける。
「流子や。なぜ怒る? めでたいことではないか」
「じいじは黙ってて!」
しゅん……と高原さんが肩をすぼめる。
「あの、気を落とさないでください」
「ありがとう、岡谷よ。いや……光彦君と呼ぶべきかな」
にこにこ、と上機嫌で高原さんが笑う。
「今日からわしのことはお義父さんと呼んでいいぞ。パパでもダディでも好きに呼ぶがいい」
るしあと肉体関係を持ったことで、開田家の面々は、俺がもう婿入りしたと思っているらしい。
るしあをないがしろにする気は毛頭ないし、将来についてもと考えている。
だが現状、俺はまだるしあとは恋人関係でしかないのだが。
気の早い人たちだな、と俺は思ったのだった。
「ささ! 初えっち記念パーティの始まりだぜぇ!」
「じぃじこいつクビにしてぇええええええええええ!」
「ははは! 光彦君が来てから我が家は明るくなったなぁ! やはり光彦君は素晴らしい男だ! さすがわが義理息子!」
高原さんは実に楽しそうに、そういうのだった。