87話 開田さんちのエロゲー事件
岡谷の恋人、開田るしあが、使用人の贄川三郎からエロゲーを貸してもらうことなった……
一週間後の事。
贄川 一花は主である、開田 高原のもとへ呼び出しを食らっていた。
「およびでしょうか、高原さま」
「うむ……」
和室の奥に座る、高原の表情は暗い。
一花はただごとではないと思って、緊張の面持ちで耳を傾ける。
「流子のことだ。あの子が、ここ1週間、部屋にこもりきりなのだ」
「……たしかに、言われてみると、そうですね」
一花はここに住み込みで働いているわけではない。
出勤時間以外の様子を知らない。
だが祖父である高原がこういうということは、一花が見ていない時間も、るしあが引きこもっているということだろう。
「原稿をなさっているのではありませんか?」
「きみたびの原稿は今、岡谷に提出して確認作業中だ。流子は今、手が空いてる状態なはず」
原稿が忙しいわけではなさそうだ。
となると、一花もまた心配になってきた。
「一花よ、少し流子の部屋へいき、様子を見てきてくれぬか?」
「もちろんです。が、高原様が行かれては?」
「わしがいくより、おまえのほうが話しやすかろう」
るしあが何かに思い悩んで引きこもっているとしたら、保護者ではなく、気安い関係の一花に頼むのがよいと、高原は判断したのである。
「わかりました。行ってまいります」
「うむ、頼むぞ」
一花は使命感を胸に、るしあの部屋へと向かう。
一花にとってるしあは、本当の妹のような特別な存在。
悩んでいるのだとしたら、何とかしてあげたい。
本気でそう思っている。
ややあって一花はるしあの部屋の前までやってきた。
「お嬢様、一花です」
部屋の外から声を掛ける。
だが、中からの返事がない状態だ。
まさか……倒れている!?
「お嬢様!」
一花はドアを蹴飛ばしてぶち破る。
ドアが吹き飛んだ、のではない。
穴が開いたのだ。
彼女がけった部分がごりっと削れているのである。
「お嬢様! 大丈夫ですか、おじょうさまー!」
『あんあんあーん! き、きちゃううう! きちゃうぅううううん!』
ずさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
一花は床にスライディングする。
「い、一花!? だいじょうぶか!」
るしあが心配して、一花を抱き起こす。
「は、はい……あの、お嬢様。あなたは、いったいなにをなさって……?」
一花が正面の壁を見て、驚愕する。
4Kの大画面のテレビ画面に……。
アニメ調の少女の、あられもない姿が、映し出されていた。
「な、え、なぁ!?」
なんだこれは!? と一花の脳がクラッシュしかける。
「お、お嬢……さま。こ、これは、いったい……?」
「うむ! エロゲー、だ!」
るしあは無垢なる笑みを浮かべる。
「え、エロゲー……」
「18歳以上の男性に向けた、アダルトコンテンツでな。パソコンでやるゲームのようなものだぞ」
「そ、それは知ってますが……」
問題は、そこじゃない。
なぜ、純真無垢の権化のようなるしあお嬢様が、エロゲーなんてやっているのか。
しかも、一週間もこもりきりで……。
と、そのときだ。
「お嬢様~! ピザが届きましたよー!」
サングラスをかけた大男、贄川三郎が、能天気な笑みを浮かべながら歩いてくる。
「それと通販でレアもののエロゲーをゲッツしてきましたぜー!」
……一花は、すべてを悟った。
ゆらり、と立ち上がり、鬼の形相を浮かべる一花。
「き、さ、ま、かぁあああああああああああああ!?」
「げえ! 姉ちゃんぅうううううううううううう!?」
一花が弟に組み付いて、キャメルクラッチをくらわす。(※プロレス技。背中に座って背中を逆に折る)。
「なんしとんじゃてめえはぁ!」
「だってお嬢がエロゲーに興味があるからってぇ!」
「最初に吹き込んだのはどうせあんたでしょうぉおおおおおお!?」
「なぜそれを!? うぎゃあ! やめて! 折れる! 折れるから背骨! うぎゃぁあああああああああああああああ!」
ぼきっ!
「折れたぁああああああああああああああああ!」
★
三郎、一花、そしてるしあは、高原の部屋に集まっていた。
るしあは一週間こもりきりで、エロゲーを【勉強】していたことがわかった。
「そうか、勉強、か」
「はい、おじいさま」
るしあが至極真面目な顔で言う。
「ワタシはおかやに、殿方に対する理解が足りてなかったのです。だから三郎がそれを憂慮して、貸してくれたのです。善意で」
「そのとおり! さすがお嬢、わかってるぅ!」
三郎はぴんぴんしていた。
むろん背骨は折れていない。骨の関節が少し外れただけだ。すぐに治ったが。
「だからってもっと別のゲーム有るでしょうに。ギャルゲーとか」
やれやれ、と一花がため息をつく。
「ばっか、姉ちゃん。エロこそがもっとも純なアイでしょう! エロと愛はきってもきれない! だからギャルゲーじゃなくて、エロゲーを勧めたのさ。愛の数だけ性が、性の数だけ愛がある!」
うむ、とるしあが晴れ晴れとした顔でうなずく。
「三郎のおかげで、ワタシは知った。世の中にはたくさんの愛の形があるのだと。自分がいたのが、とても狭い世界だったのだと、理解した。ありがとう三郎 おまえのおかげだ」
「えへへ~♡ いやぁ、それほどでもぉ」
はぁ、と一花が呆れたようにため息をつく。
「高原様、お嬢様、申し訳ございません。この馬鹿にはきついお仕置きをしておきます。悪気はなかったのです。お嬢様を励ましたかったのです多分。だから、平にご容赦を」
一花もまた、弟が馬鹿ではあっても、悪気がないことは知っていた。
だから罪を軽くして貰おうと、彼女もまた頭を下げる。
高原は気にした様子もなく、ははは、と笑う。
「よい。一花よ。わしは怒っておらぬよ。むしろ流子と同様、感謝している」
高原は微笑みを浮かべながら、三郎に対して言う。
「三郎、この子のためにいろいろしてくれてありがとうな」
「当然ですよ高原様! だっておれ、お嬢様も高原様も、大好きなんでっ!」
にかっ、と笑う三郎。
彼もまた幼い頃からこの家で厄介になっており、そしてるしあのことも、小さな頃からずっと面倒を見ている。
彼にとっては、血が通ってなくとも、高原もるしあも、家族なのだ。
「えっへー! どうだみたか姉ちゃん! 高原様もお嬢も心が海よりも広いんだぜぇ~?」
「調子乗らないの。まったく……」
ぽこん、と一花が三郎の頭をはたく。
ずごんっ! と三郎の体が、畳につきささる。
「流子や、勉強熱心なのはよいが、あまり精を出しすぎるな。わしも、一花もたいそう心配したのだぞ?」
「申し訳ない、おじいさま……」
しゅん、とうなだれる孫娘の頭を、やさしく、高原がなでる。
「うむ、よい子だ。なに、そう気に病むことは無い。次から気をつければ良いだけのこと。間違えを犯すのが人間という物だ」
高原はこの件にたいして、誰に対してもとがめるつもりはなかった。
「して、流子よ。勉強の成果は?」
「おじいさま、それが、もう少しで何かをつかめそうなのです」
「ほぅ、ならばより一層、勉学に励む必要があるな。どれ……三郎よ。こっちへこい」
「へい!」
高原は懐から財布を取り出し、1枚の、黒いカードを取り出す。
「こ、これは伝説のブラックカード!? 上限がないという、あの!」
「これでエロゲーとやら、好きなだけ買ってあげなさい」
「うぃいいいいいいいいいいいい!? いーんですかぁああああああああ!?」
驚愕する三郎。
「高原様……ちょっと甘すぎるのでは……?」
「流子がラノベの他に打ち込めるものをようやく見つけたのだ。子供が熱中できる何かを見つけたとき、後押ししてやるのが親だとわしはおもう」
三郎はブラックカードを手に狂喜乱舞している。
「あれもこれもそれも! 新品もプレミアも! ぜーんぶ買って良いんですねぇ!?」
「無論だ」
「ひゅぅうううううううううう! 高原様ふとっぱらぁーーーーーー!」
三郎にとってはまさに僥倖であった。
「おじいさま、感謝する」
「なに、よい。これもまた、【先】のためだ」
先? と一花が首をかしげる。
「お嬢! エロゲーショップいきましょう! おれが案内するぜ!」
「うむ、そうだな。頼む」
るしあとともに三郎が部屋を出て行く。
やれやれ、と一花が溜息をつく。
「よろしいのですか、高原さま。もっときつく三郎をしかったほうが。とはいえ主従関係にあるわけですし」
「なに、るしあにとって三郎は兄のような物。わしが与えてやれないものの一つだ。主従関係を超えて、家族として接してやってくれ。おまえもな」
「……かしこまりました。寛大な処置、感謝申し上げます」
弟が雇い主からの不興を買って、路頭に迷ったらどうしようかと、内心ヒヤヒヤだったのだ。
ほっ、と安堵の吐息をつく一花。
「一花よ。わしは少し人に会ってくる。車を出せ」
「かしこまりました」
高原は一花とともに部屋を出る。
「どちらに向かわれるのです?」
「永田町だ」
「永田町……?」
そんなとこへ行く用事が、今日はあっただろうか……。
「なに、わしの座る椅子を今から用意しておこうと思ってな」
「はぁ……」
「あの子がどういう選択を取るかはわからんが、何かあってからでは遅い。準備をしておかねばな。静かに、少しずつ……ふふっ、楽しくなってきたわい」
高原が楽しそうにしてるのは、一花としてもうれしい限りだが……。
どことなく、嫌な予感がしてならない。
……そしてその嫌な予感が的中する羽目となるのだが、それは、別のお話。




