86話 るしあ、三郎からハーレムルートを知る
岡谷 光彦が、贄川 一花とデートしている……一方その頃。
岡谷の担当ラノベ作家、開田るしあは、自宅にて執筆活動をしていた。
「…………」
真っ白な髪の毛、ウサギのような赤い瞳。
小柄で、かわいらしく、しかし凜々しいたたずまい。
暑い中だというのに、赤い和服に身を包んだ少女。
彼女がいるのは、自室の大きな和室だ。
るしあは開田グループという、超巨大企業であり、大財閥の一人娘だ。
るしあは机の前に座り、万年筆を握っている。
「はぁ……」
だが朝から一行も進んでいない。
原因はわかっている。
今日、一花が愛する男と、デートしているのだ。
「……駄目だ。集中できん」
るしあは立ち上がって部屋の外へ出る。
彼女は一つの悩みを抱えている。
それがここ最近ずっと頭を悩ませていた。
いつもならば、同性であり、頼りになるお姉さんである一花に相談していた。
だがこの悩みを彼女に打ち明けるわけにはいかない。
なにせ当事者なのだから。
「……他に頼れるのは、次郎太か。しかしやつは別のところに居るし……」
となると必然的に、残り一人となる。
今日のシフトを思い出しながら、るしあは黒服達の事務所へと向かう。
「三郎。いるか?」
ふすまを開けると、そこにはいくつも机が並んでいる。
黒服。開田グループに仕えるひとたちの事務所だ。
現在事務所には一人しか居ない。
黒スーツにサングラスをかけた、ターミネーターのごとき巨漢。
贄川三郎が、デスクの前に座り、神妙な顔つきで、パソコンを操作している。
「三郎?」
「…………」
どうやら三郎はイヤホンをしている様子。
邪魔しちゃ悪いだろうか……。
けれど、気になることがあるのだ。
るしあは三郎の元へ行く。
「三郎。すまない少し……」
「お嬢っ?」
急に三郎が振り返る。
腕がイヤホンのコードにひっかかり、イヤホンジャックが取れる。
『あんっあんっああんっ、お兄ちゃんのおち●ぽみ●くほしいのぉーーーーーーーーーーーーーー♡』
唖然、呆然とするるしあ……。
三郎が操作していたパソコンには、年端のいかない女の子が、男とセックスしている映像が映し出されていたのだ。
「か、勘違いしないでお嬢! これは決して犯罪じゃないんだ!」
「そ、そう……なのか? し、しかし……こんな、10にも満たない女と男が、せ、せ、せっくすしてるのだが……」
「これはエロゲー! れっきとした芸術なんです!」
「え、えろ……げー? 芸術……?」
「そう! これは美しき兄と妹の愛情を描いた、素晴らしいエロゲーなんですっっっ! 決していやらしい気持ちでみているわけじゃあないんです!」
「そ、そうか……」
なんだかわからないが、とりあえずるしあは一言。
「業務中にゲームするのは感心しないぞ」
★
事務所にて、三郎はるしあに麦茶を差し出す。
三郎は先ほどまで事務所で一人きりだった。
だからプライベートで持ち込んでいたエロゲーをこっそりとプレイしていたのである。
そこにるしあがやってきて、びっくり仰天した。
「なるほど……えろげー。パソコンでやるのべるげーむか……今はそんな物があるのだな」
ほぅ……と感心しているるしあ。
少し古風なこの子は、割と感覚がお婆ちゃんなのだ。
「ラノベに近い作風が多いんですよ」
「ふむ……」
先ほどはびっくりはしたものの、確かに画面に映し出されているのは、るしあが出版しているレーベルの絵と同じようなものだ。
若い男女の恋愛を描いているらしいので、参考になるかもしれない。
「おっ! 興味ある、お嬢?」
「まあ、少し……」
「おすすめかしましょうか? エロゲーにはちょっと一家言あるんですぜー?」
「い、いや……今は良いかな。それより、聞いて欲しいことがあるんだ」
「おれに?」
「ああ。恋愛相談なのだが」
「ほほう、聞かせて頂きましょう!」
るしあは内情を吐露する。
「今日、一花がおかやとデートに行ってるのだが」
「ああ、そういえば遊園地いくって昨日言ってましたね」
「……それが、すごく気になっているのだ」
今頃おかやと一花は、遊園地でのデートを終えただろうか。
そろそろ日が落ちてきた。
ディナーでも食べているのだろう。
「このあとは……その、ホテルにでも行くのだろう」
「でしょうねー。めっちゃ気合い入ってましたから。精力剤とかエログッズとか通販で買ってたらしいし」
「え?」
「あ、やっべ……これオフレコなやつ」
三郎はちょんぼしてしまったが、すでに遅かった。
「お嬢、姉ちゃんには黙ってて! お願い! 殺されちゃう!」
「あ、ああ……いいぞ」
「ほんとぉ! わーい! やっぱお嬢は優しいなぁ!」
はぁ……とるしあが溜息をつく。
相談する相手を間違えた感がする。
「で、姉ちゃんと岡谷さんがデートすることに、何が引っかかってるんです?」
「……男は、その……なぜ、複数の女と、付き合うのだろうか、と思ってな」
ほえ? と三郎が首をかしげる。
女であるるしあには、わからない感情なのだ。
一人の男性を、心から愛し、その彼と幸せな家庭を築き上げる。
それがるしあにとっての至上の喜びだと思っている。
一方で、岡谷は複数の……5人の女と交際している。
「正直ワタシには、おかやの……男性の気持ちがわからない。男女の仲とは1対1だけじゃないのか? そんな恋愛の形が……この世には、あるのか?」
るしあは現代日本において、開田家という古く大きな家に生まれた。
ゆえに恋愛観が少しばかり古いのだ。
「ワタシには……わからない。いったい、どういう気持ちで、複数の女と付き合っているのか。……だって、複数人と付き合ったら……一人に対する思いが、減ってしまうじゃないか」
岡谷の愛情が五等分されてしまうのではないか、と。
彼女は危惧しているのである。
「ワタシはおかやのことが好きだ。愛してる。心から。彼の子を孕み、彼の血を永遠に残したいと思っている……。でも……」
「なるほど……愛する男の恋愛観がわからんと」
「ああ……。なぜおかやは、複数の女と付き合っているのだろうか。ワタシには……理解できないのだ」
三郎は何度も何度もうなずく。
そして、言う。
「よしわかった、エロゲーしようぜ!」
「は…………………………?」
三郎はうなずく。
「おれが思うに、お嬢は男子の視点にかけてると言わざるを得ない!」
「そ、それはそうだろ……ワタシは女だから」
「ならば理解するべきでしょう! 男の気持ち、願望……欲望を!」
確かに、女として、男の望む物は知っておきたい。
「そこでエロゲーですよ! エロゲーには男の欲が! 願望が! ぜーんぶかいてある!」
「なんだと!? そんな……魔法の書が、この世にあるのか!」
「ああ、ある……!」
「知らなかった……」
……無論偏った知識だった。
だが三郎なりに、岡谷とるしあの間を持ってあげているのである。
彼に悪意はない。
ただ……方法が間違っていた……。
「三郎。エロゲーを……貸してくれないか?」
大真面目な顔で、るしあが言う。
「ワタシは……理解したい。男の気持ちを。複数の女と付き合いたいという願望を……!」
「いいぜお嬢! そのいきだ! おれのマイベストエロゲーを貸してやるぜ!」
机の引き出しから、どんっ! とエロゲーの箱を取り出す。
「や、やたらとでかいな……」
「それがいいんじゃあないですか!」
「そ、そうなのか……」
三郎はいくつかエロゲーの箱をみつくろう。
「ハーレムルートがあるエロゲー、チョイスしておきました!」
「はーれむるーと?」
「はい! 複数の女と最終的に結ばれるエンドです!」
「な、なるほど……ハーレムルート……そんなものが……あるのか」
「ええ、エロゲーの世界じゃスタンダードです! 動物界でもあるでしょ、ハーレムって」
「あ、ああ……たしかに」
……そういえば、祖父の開田 高原が言っていた。
魅力的な男に、複数の女が引かれるのは当然だと。
「勉強しましょう、ハーレムルートを! 複数の女と付き合う男の気持ち、理解しましょう!」
「ああ、わかった……!」
……かくして、三郎によるエロゲー授業が始まるのだった。
これが後に、とんでもない事態を引き起こすことになるのだが……。
それはまた別の話である。