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85話 一花とデート、最後に観覧車


 俺たちは一花と、後楽園にある遊園地へとやってきた。


 色んなアトラクションを楽しんだあと……。

「最後に、アレ乗らない?」


 巨大な観覧車を指さして、一花が言う。

 後楽園にはいくつもの目玉アトラクションがある。


 観覧車はそのなかのひとつ。

 ジェットコースターの乗り場の近くに、観覧車乗り場がある。


 俺たちは手をつないで乗り場へと向かう。


 時間が時間だから、ゴンドラ乗り場には俺たちしかいなかった。


 ほどなくしてやってきたゴンドラに乗り込む。


 俺の正面に一花が座る。


 ぐんぐん……とゴンドラが上っていく。


「これも子供の頃からあったのか?」


「ええ。みんなガタイがいいから窮屈でねぇ」


 頂上へと上る間、一花は楽しそうに、自分の家族との思い出を語る。


 三郎氏も、次郎太氏も、昔からターミネーターだったらしい。


 妹たちは華奢だが背が高いらしい。


 一花は家族の話を、実に楽しそうにする。

 仲が良いのがうかがえた。


 ひとしきり話し終えると、ゴンドラが頂上付近へと到着した。


「おお……」

「きれい……」


 夕日に照らされた都内の町並みが、どこまでも広がっていく。


 パラシュートのときもみた景色だが、こっちのほうがじっくりと見れる。


「……ねえ、光彦君」

「ん? なんだ」


 一花がもじもじと身じろぎしたあと、小さくつぶやく。


「……隣、いい?」


 隣に座って良いか、という確認のようだ。


「別に確認なんていらないよ。おいで」


 一花はパァ……と表情を明るくすると、荷物を座席において、俺の真横に座る。


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 すぐ近くに一花の綺麗な顔がある。

 彼女は俺と目が合うと、照れたように頬を赤く染めて笑う。


 ……知らず、こころが安らぐ。


 手をつないで、だまって、暮れなずむ都会の町並みを見ていた。


「東京ドームって本当にメロンパンみたいだな」


「それね。昔はおいしそーって思ったんだけど、今は大しておいしそうじゃなさそうだわ」


「一花の昼飯のほうがうまかったわ」

「ふふっ……ありがとう」


 一花と過ごすと、とても心安らぐ。


 何も気取らなくて良い。年長者ぶらなくて良い。


 楽なのだ。とても、とても……。


「あれ……?」


 ぽろ……と一花が涙を流していた。


「あ、あれ……どうしたんだろ、あたし……?」


 涙をぐしぐし、と一花が手の甲でこする。


 だが涙が止まらないのか、やがて手で顔を覆い隠す。


「どうした?」

「……ごめんなさい。なんか……感無量で」


 一花にハンカチを貸す。

 彼女はそれを受け取って、目元に当てる。


「ずっと……ずっと……あなたと、こうしたかったから」


 一花と俺が知り合ったのは、もう10年くらい前だ。


 あのときから俺と彼女は、仲の良い友達でしかなかった。


「もちろん、白馬君も含めて……三人ででかける時間も、大切だったし、楽しかったわ。……でも、ね。本当はずっと、あなたとこうしたかったの」


「そうか……」


 大学時代の俺は、ミサエと小説で手一杯だった。


 一番近くでよせてくれている、彼女の好意にまるで気づかないでいた。


「……ごめんな、一花」

「え……?」


「おまえの気持ちに、気づいてやれず。傷つけてしまって……」


 言葉にできないつらさがそこにはあっただろう。


 それが10年。

 辛い日々だったに違いない。


 でも……一花は微笑んで、首を振る。


「光彦君が謝ることないよ」

「でも……」


「あたしは平気。ほら、無駄に体が頑丈ですから。力こぶだってあるし、腹筋だってうっすらわれてるよ?」


「でも……いくら強くても、心は女の子じゃないか」


 一花は静かに笑っている。

 もう涙は止まっていた。


「うれしい。光彦君が、女の子っていってくれることが」


「一花……」


 彼女は俺の頬を手で包んで、やさしいキスをする。


 長く、甘い……とろけるようなキスだった。

「あたしは、いいの。今、こうしてあなたと、そばに居られる。それだけでいいの」


 一花が俺の胸に、頬をよせてくる。


 目を閉じて、俺の鼓動に耳を傾けている。


「あなたと時間を共有できることがうれしいの。あなたと同じ物を見ているのがしあわせなの。あなたが……今ここにいれば、それで十分」


 ……寄り添う一花に、俺は……。


 俺は、肩を抱き寄せる。


「光彦君……?」


 ぎゅっ、と彼女を抱きしめる。

 彼女は目を丸くして、俺を見上げてくる。


「……もっと、欲張っていいんじゃないか」


「え?」


 そばにいればいいと彼女は言う。

 でも……。


「俺たちは恋人になったんだ。もうちょっと……欲を出してもいいんじゃないのか」


「…………」


 そりゃ、今この関係が、世間一般から見れば異常なのは承知している。


 一花も、両手を挙げて喜べない状況には変わらない。


「仮とはいっても、俺は……一花のことが好きだから。この気持ちに偽りはないよ」


「……ほんと?」


「ほんとだよ。だから……いんだって。そんなにおびえなくて」


 一花はどこか、必要以上に、何かを望もうとしてこない。


 そばにいれば満足だ。裏を返せば、これ以上のものを望まないと言うこと。


「いいんだよ。もっと……俺にいろいろ言ってくれよ」


「……あかりちゃんみたいに?」


「ああ」


 一花は少しためらったあと、俺に小さくつぶやく。


「……このあと、一緒にホテル行きたいわ」


「ああ。了解だ」


「……今夜は、いっぱい甘やかせて?」


「委細承知だ」


 一花がぽつぽつと、自分望みを……うちに秘めた思いを吐き出す。


 子供がたくさんほしいとか、小さくても良いから一軒家に住みたいとか。


 彼女のなかには、たくさんの、俺とやりたいことが秘めてあった。


「いいよ。少しずつ、少しずつ……やってこう」


「……ええっ」


 俺たちは抱き合って、またキスをする。


 ……顔を放して、俺たちは笑う。


「って、あれ? 光彦君? 観覧車……またのぼってない?」


「え? あ、本当だ……」


 知らぬ間に一周していたみたいだ。


 係員が俺を見て、苦笑している。

 どうやら空気を読んでスルーしてくれたみたいだ。


「なんたるバカップル感……」

「まあいいじゃないか」

「そうね……」

「あとで、一緒に謝ろうぜ?」


 一花は、花が咲いたみたいに笑う。


「ええっ!」


 こうして、俺と一花との、遊園地デートが終わったのだった。

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― 新着の感想 ―
観覧車スタッフ、グッジョブ! 甘く切ないワンシーンでした、ごちそうさま‼
[良い点] 暑すぎる。真冬なのに。 笑
[一言] 一花がグイグイ来てるけど他のヒロインももっと来てほしいですね〜。
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