84話 一花とデート、心地よい時間
俺は恋人の一花とともに、後楽園の遊園地へデートに来ている。
昼ご飯を食べた後、残りのアトラクションを、順繰り回ることになった。
「ウォータースライダーか」
「デスティニーランドにも同じようなやつあるわよね」
コース内に水が流れていて、そこをボートが走るような形だ。
「雨合羽を貸し出してるらしいが、どうする?」
「んー、大丈夫じゃあないかしら。そんなに濡れないだろうし」
最後に滑り台があって、ボートが一気に落ちる。
ざばぁ! と激しい音とともに、水しぶきが発生していた。
「いや、あれ見てみろよ。ずぶぬれになるぞ」
「た、たしかに……光彦くんの言う通りにするわ」
乗り場で雨合羽をレンタルし、俺たちはボートに乗り込む。
俺が先頭、一花は俺の後ろだ。
「安全バーとかないのか。ちょっと不安だわ……」
「なら、俺の腰につかまっておけば?」
「いいの?」
「当り前だろ。遠慮するような仲があるまいし」
一花は笑顔になると、俺の腰に、ぎゅっと腕を回す。
彼女が後ろから抱き着いて、密着してきた。
「これで安心だわ♡」
「そりゃよかった。どうやら出発するみたいだぞ」
ボートが動き出す。
一花はぎゅーぎゅー、と何度も力を籠める。
「まだ心配しなくても、坂から降りるのはまだ先みたいだぞ」
「ええ、でも光彦君と、こうして密着するの、あたし好きだから♡」
一花の体がすぐ真後ろにある。
彼女の大きな胸の柔らかさよりも、大樹のような、体幹のよさに、安心感を覚える。
ほどなくしてボートは坂を上り、そして、一気に坂を下る。
ざばぁんん! と激しい水しぶきと共に、ボートが落下。
「結構水がはねたわね!」
「だな……顔に結構水かぶったわ」
俺の真後ろに一花が居る。
顔を見ずとも、声で楽しそうなのがわかる。
「でもきもちよかったぁ~……♡ 夏に乗るとちょうどいいわね、これ!」
ボートが一周して、乗り場へと戻ってくる。
俺が先に降りて、一花に手を差し伸べる。
「ありがとう、光彦君」
思ったより軽い、一花の体。
俺は引っ張ってあげると……すぐ目の前に、一花の顔がある。
「おまえ……」
「どうしたの? あっ、や、やだ……♡ すっぴん見られちゃった……」
もじもじ、と一花が身じろぎする。
「違う、そっちじゃない」
「え?」
一花の……胸が、透けていた。
ウォータースライダーのみずしぶきが、雨合羽を貫通していたのだ。
服が濡れてしっかりと、見えてしまう。
彼女の、真っ赤で、エロい下着が。
「~~~~~~~~~~~!」
ばっ、と一花が腕で胸を隠して、しゃがみ込む。
「み、みたぁ~……?」
「ああ。その……やる気満々だなって」
「ア゛ーーーーーーーーーー!」
おそらくこのあとを想定して、真っ赤な勝負下着を着てきたのだろう。
「恥ずかしくて……穴があったら入りたい……」
俺は着ていた上着をぬぐ。
「ほら、雨合羽かしてくれ。これ着てろ」
一花から雨合羽を回収し、俺は彼女に上着を渡す。
「光彦くん……! ありがとうっ!」
「どういたしまして。はやく隠しなさい」
「あ、う、うん!」
いそいそ、と一花が上着に袖を通す。
「少し日に当たって、服を乾かそう」
「だいじょうぶよ、これくらい」
「駄目だ。ほら、いくぞ」
俺は一花の手を引いて、歩き出す。
彼女は拒むことをしない。
俺のあとに、黙ってついてくる。
「ふふっ♡」
振り返ると一花が、静かに微笑んでいた。
「どうした?」
「んーん♡ なぁんでもないっ」
一花が俺の隣まできて、肩を並べて、歩く。
ひっついてくるのではなく、引っ張られるのではなく、リードするのではなく……。
そうやって一花とともに歩く時間が、俺にとっては心地よいのだった。
☆
次に俺たちは、ゲート付近まで戻ってきた。
奥へ行ったところに、見上げるほどのパラシュートがあった。
傘がついていて、そのしたに、籠がついてる。
遠目に見ると気球のようだが、ワイヤーで釣り上げる仕組みになっている。
「上から一気に降りるのか? フリーフォールみたいな」
「そうそうっ。はぁ~♡ なつかしいなぁ~!」
一花がパラシュートを見上げながら、目を細める。
そういえば、家族で来たことがあるって言っていたな、一花。
「後楽園って、結構アトラクション昔と変わっててね。ちょっとさみしかったの」
自分の知っている景色が、時間の経過とともに消えてしまうのは、彼女が言うとおりさみしいものだ。
けれどね、と一花が笑う。
「これだけは、昔から変わらずにあるんだ。なんだかホッとしちゃう……光彦君みたいな、アトラクション……な、なんちゃっ!」
言ってて恥ずかしくなったのか、わたわた、と一花が慌てて首を振る。
「ちなみに昔って何年前のこと指してるんだ?」
「さ、さー! 乗ろっか! うん! 楽しいよこれ結構!」
ごまかさなくても、一花は俺と同じ歳なのだが……。
俺たちはパラシュートの籠の中にはいる。
大人が二人入った、結構手狭だった。
「子供の頃、こんなに狭かったかしら?」
「大人になって、体がでかくなったんだからこんなもんだろ」
それに贄川の弟さんたちは、みんなガタイがいいからな。
ターミネーター弟ズ。
妹も居ると言っていたが、あんな感じなのだろうか。
ターミネーター女子を想像して、俺は苦笑する。
「どうしたの?」
「いや……なんでもないよ」
一花はそれ以上の追求をしてこない。
彼女との会話は、いつもそうだ。
あまり深入りしてこない。
それは心地よくもある。
めんどくさくないのだ。
「あ、パラシュートあがるわ」
係員が機械を操作すると、パラシュートがしゅるるる……と上昇していく。
ぐんぐんと上がる視界……。
やがて、後楽園ドームを見下ろすまで、パラシュートが上がる。
「わぁ……! スカイツリー! へえ……スカイツリーなんてこっから見えるのねー」
「子供の頃はなかったもんな」
「ね! なんか気づかないうちにでっかいのできちゃってね! 333メートルが最強だって思ってたのに、634メートルって」
「驚いたよなぁ」
「そうそう!」
……一花とは同い年である。
だから、悩みとか、考えとかが、似てるのだ。
他の恋人達にはない、心地よさを覚える。
「これ、このあとどうなるんだ……?」
「あと降りるだけよ♡」
「え? 降りる?」
「うん、降りるの」
パラシュートが、一気にしたへと降りる。
「ひゃぁあああああああああ♡」
落ちる速度はジェットコースターよりも遅い。
だが、ふわっ、と足下が浮かぶような錯覚になる。
一花が楽しそうに笑いながら、俺の体にぎゅっと抱きつく。
俺も一花が、もしかして飛ばされてしまうんじゃないかって思って、細い腰に腕を回す。
一花は俺を見上げて、うれしそうに笑って、ぎゅーっとくっつく。
ほどなくしてパラシュートが地上へと戻ってきた。
一花は上機嫌に、タラップを降りる。
「はい、光彦君♡」
さっき俺がそうしたように、一花が俺に、手を差し伸べてくる。
「おう、ありがとな」
俺は一花と降りて、そのまま、テをつないで降りる。
「満足か?」
「ん♡ なつかしかったし、たのしかったし……それに、光彦くんが、ぎゅっとしてくれたのがうれしかった」
静かに寄り添って、俺を見上げて微笑む。
どきりとするくらい、整った顔がすぐちかくにあった。
「あたしが飛んでかないようにって、支えてくれたのが……すっごくうれしかったよ♡」
一花はむやみにキスをしてこない。
そばに居て、静かに笑ってくれる。
ともに寄り添って、歩いてくれる。
ゆっくり流れている、彼女と過ごすこの瞬間が、たまらなく愛おしく感じるのだった。