83話 一花とデート、お昼ご飯
遊園地デートに来ている俺たち。
お化け屋敷でのハプニングのあと……。
一花はこんなことを言う。
「光彦君、そろそろお昼にしない?」
時計を見ると、12時を回っていた。
確かに腹が減ってくる。
「そうだな」
この遊園地には、客に向けたフードコートがある。
ハンバーガーなどの軽食も売ってるし、逆に外から持ち込んで食べられるスペースも確保されてる。
「それでね……その……」
もじもじしながら、一花が言う。
「よければ……お弁当、作ってきたんだ。食べて……欲しいかなって……」
ロッカーに何か荷物を預けていた。
たぶんお弁当だろうと思っていたら、本当にそうだった。
「是非、ご相伴にあずかりたいな」
「! ありがとうっ! じゃあお弁当取ってくるね!」
「じゃあ俺は場所取ってるから」
凄い早さでコインロッカーへと向かう一花。
俺のために弁当を作ってくれていたのか。
なんだか悪いな。
でも……楽しみである。
大学の時には、よくあいつの作ったお弁当を食べてたっけ……。
フードコートの前には白い丸テーブルがいくつも置かれている。
俺は椅子に座って彼女を待つ。
「おまたせ!」
一花が俺の前にお弁当箱を置く。
なかには……おにぎりと唐揚げ、卵焼きなど……。
割とオーソドックスなものが詰まっていた。
「ご、ごめんね……あかりちゃんのみたいに、凝ってなくって」
しゅん、と一花が肩を落とす。
確かにあかりは料理上手さ。だが……。
「そんな卑屈になるな。あいつはあいつでいいとこあるし、おまえにもおまえの良さがある。比べるのはお門違いさ」
「光彦君……」
俺は大きなおにぎりを一つ手に取って、食べる。
手作り特有の、ちょっと湿った海苔。
ほどよい塩加減の……梅おにぎり。
「うん……美味い」
「ほんとっ?」
一花が身を乗り出して聞いてくる。
俺は3口でぺろっと食べ終わる。
「ああ、とっても」
一花がホッ、と安堵の吐息をついたあと、うれしそうに微笑む。
頑張って作ってくれたんだろう。
おにぎりは……とても美味かった。
「からあげも食べて♡」
「ああ」
これもしっかりした味がついてて、衣も時間が経ってる割にサクサクしている。
「卵焼きもどうぞ♡」
甘い……俺の好きな甘い味の卵焼きだ。
というか、どれも俺の好きな味付け……。
「あ」
そこで、遅まきながら気づいた。
俺はこの一花の弁当を……今日初めて食べるわけじゃ、なかった。
「どうしたの?」
「いや……やけに懐かしい味だなって思ったら……そっか。大学んときか」
俺は一花、王子と同じ大学の、同じ薮原ゼミに通っていた。
ゼミで集まったとき、一花は必ず、弁当を作ってきて、俺と王子に振る舞ってくれた。
大学に居る、4年間。
俺は彼女の弁当を食べていた。
「覚えててくれたんだ……うれしい……」
一花が胸に手を当てて、静かに微笑む。
「頑張った甲斐があったな。10年かぁ……」
「もしかして、あのときからずっと俺のために作ってくれてたのか?」
ゼミの時は、みんなに、とやたらと強調していた気がするが……。
そうか……。
「ええ、そうよ。やっと気づいてくれた」
「そうか……すまん……」
何だったら王子に食べさせるために、作ってるんだって思ってたしな。
アホすぎるぞ、俺よ。
「いいの。もう過ぎたことだし。今あなたが、あたしのご飯を美味しいって言ってくれる。それが重要だし、それ以外をあたしは望んでないもの」
はい、と一花が俺の前に麦茶を出してくれる。
キンキンに冷えた麦茶を、魔法瓶にいれておいてくれたらしい。
ごくりと喉を潤すと、体の熱が抜けていく。
遠くにジェットコースターの音が聞こえる。
二人だけの静かな時間。
一花はずっと俺を見て、微笑んでいた。
「どうした?」
「んーん、ただ……幸せだなぁって」
一花がうれしそうに笑う。
「あなたがあたしのそばに居てくれるの、ずっとずっと夢だったから」
「そばに居る、だけでいいのか」
「ええ。他に望まないもの」
一花が俺に手を伸ばしてくる。
口元についていた米粒をとって、ぱくりと食べる。
一花は、あかりのように主張が激しいわけじゃない。
菜々子みたいに、ほっといたら危ないような子でもない。
気づけば隣に居て、静かに微笑んでくれている。
いつもそこに居るのが当たり前で、居たら安心するような……女の子だ。
「おまえも食ったら?」
「光彦君が食べ終わるのを待つわ」
「いやせっかく二人で食べてるんだから。ほら」
俺は割り箸を使って、唐揚げを取る。
そして、一花に向ける。
「え、ええっ!? い、いいの……こんな、恋人みたいな……こと……」
顔を真っ赤にして、もにょもにょ、と口を動かす。
「恋人みたいなって……俺たち恋人だろう?」
「そ、そっか……そうね。そうだったわね……」
うんうん、と自分に言い聞かせるように、納得させるようにうなずく。
「じゃ、じゃあ……、あ、あーん」
一花が目を閉じて、俺に唇を近づける。
はむっ、と食べると、もぐもぐ……と咀嚼する。
「うん……最高においしい!」
「ああ、それは同感だ」
俺たちはお互いにあーんと食べさせ会う。
「幸せで胸いっぱいよ。あたし……死んじゃうかも……」
「アホ抜かせ。幸せで人が死ぬもんか」
「今日ここで死んでも、悔いはないわ」
「大袈裟だな、おまえは」
一花の冗談に、俺は笑う。
彼女もまた笑って返す。
心地よい時間が俺たちの間に流れる。
気づけば俺たちは手を重ねていた。
ただ……お互いの存在を、感じてるだけで、とても心地よい気持ちになれるのだった。