82話 一花とデート、お化け屋敷
夏休み終盤、俺は一花とデートに遊園地へとやってきてる。
ジェットコースターを降りたあと、俺たちが向かったのは、おばけ屋敷だった。
といってもあまり大規模なものじゃない。
もともとはテナントのひとつを改造して作った、屋内型の、小さなお化け屋敷……なのだが。
「…………」
一花が青い顔をして震えている。
「やめとこうか」
「よ、よよ、余裕よ……!」
「どう見ても余裕に見えないんだが?」
「だ、だいじょうぶ……お化けなんて西ローランドゴリラと比べたら弱いもの」
ゴリラと戦ったことがあるのか……という突っ込みは野暮なのでやめておこう。
「で、デートと言えばお化け屋敷って、三郎も言ってたわ。絶好のチャンスなんだって」
「チャンス? なんの?」
かぁ……と一花が顔を赤くして、焦ったように言う。
「と、とにかく行くったらいくわ!」
お化け屋敷の外観は、これはまあ……チープなものだった。
日本屋敷テイストの入り口に、白装束を着た女の霊が描かれている。
「ひぇ……」
それを見ただけで、一花が悲鳴を上げた。
まだ中にも入ってないんだが……。
「お、おばけなんてなんぼのもんじゃい! 行くわよ!」
「あ、ああ……」
不安なので俺は一花の手を握って、中に入る。
靴を履き替えての入場らしい。
屋内には畳が敷いてある。屋敷の中をイメージしているのだろう。
照明を落とされた室内を、俺たちが進んでいく形だ。
「あわ、あわわわわわわわっ」
一花が俺の腕に、ぎゅっと抱きつく。
大きな胸が当たって……。
「痛い痛い痛いってば」
一花が万力の力を込めて、俺の腕にしがみついてくる。
「み、光彦君!? いる!? 離れないでね絶対!」
「離れないから放してくれ、痛いって」
めきめきっ!
「ぎゃー! 今、めきめきって物音がぁ!」
「俺の腕がきしむ音だから放してくれってば!」
入り口でとどまることしばし。
気が静まったらしい一花とともに、俺は中へと進んでいく。
「どうやらこの屋敷は、蛾の呪いがかかってるらしいな」
「が、蛾……の、呪いなんて……ひ、非科学的なものを引き合いにだされましてもね……」
めっちゃ一花震えていた。
普通に信じてるんだ……。
「一花。ここで何かするみたいだぞ」
少し開けた場所に出た。
「だ、誰か寝てるぅ!」
「落ち着け、人形だ」
女の人形が布団の上で横たわっていた。
壁紙にかかっているテキストを読み上げる。
「どうやら蛾の呪いによってあの人は顔がただれてしまっているらしい。そこのパフを使って顔に薬を塗って欲しい、だとさ」
人形の近くにパフが置いてあった。
もちろん作り物だ。薬なんてついてない。
「み、光彦君……行ってきて」
「いいのか?」
「絶対あの人形! 動く! アタシにはわかるわ!」
「じゃあおまえここで一人で待ってることになるが」
「一緒にいきまぁす!」
一花がぎゅーっと俺に抱きついたままついてくる。
なんか、迷子にならないよう、親についてくる小さな子供みたいで可愛いな。
俺はパフを手に取って、人形の顔にそれをあてる。
「う、うごか……ない?」
「みたいだな」
ほっ、と一花が安堵の吐息をつく。
俺も動くかなとは思ったがどうやらそうじゃないらしい。
「帰るか」
「そうね」
俺がパフを戻して、部屋から出ようとする。
がたんっ!
「ふんぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ぐぇええええええええええええええええええええええ!!」
悲鳴を上げる、一花。
つられて俺も悲鳴を上げる……だが。
「ゆ、ゆゆ、幽霊幽霊よぉ!」
「痛いって一花死ぬってまじで!」
俺が悲鳴を上げたのは、一花が今まで以上の力で、俺の首を締め上げてきたからだ。
「い、いぢが……じ、じぬ……」
「はっ! ご、ごめんなさい……」
ぜえはあ……ま、マジで死ぬかと思った……。
「だいじょうぶ、光彦君……?」
気遣わしげに一花がきいてくる。
悪気があったわけじゃなくて、びっくりしただけだろう。
「問題ないよ。いこうか」
「う、うん……」
その後も壁に掛かった絵が動いたり、ラップ音がなったりしたりして、客を驚かせてくる。
その都度俺は一花による物理攻撃を受けた。
「光彦君……すごいわね。お化け屋敷、ぜんぜん平気そう」
震えながら一花が俺についてくる。
片時も俺から離れず、ずっと腕を抱いてくる。
「まあ……な」
所詮は作り物だしな、という言葉は飲み込む。
このセットを作っている人たちだって、本気で客を楽しませようとしている、クリエイターたちだ。
作家じゃなかろうと、俺は彼らをリスペクトしている。
まあ現に客がこれだけびびりまくってるんだから、作り手側もさぞ喜んでいるだろう。
「光彦君……かっこいい……」
ぽーっ、とした表情で一花が俺を見てくる。
「一花……」
「はい……」
立ち止まって、一花が俺を見上げる。
「髪に、蛾ついてるぞ」
「ふぎゃぁああああああああああああああ!」
蛾のオモチャだった。
一花は半狂乱になって暴れ出す。
セットを壊そうとしていたので、全力で止めた。
ややあって。
「こ、ここで最後かしら……」
「そ、そうだな……」
一番奥の部屋まで到着した。
ぷしゅぅう……という音とともに……壁から何かが出てくる。
「蛾の……化け物?」
位置口付近にいた、女の人形に、蛾の翅がくっついたような化け物が、煙とともに出現した。
果たして一花はというと……。
「ふっ……」
と余裕の笑みを浮かべる。
「おや、一花、怖くないのか?」
「さすがになれたわよ。それにこれはちょっとファンタジーに寄りすぎてて、怖くないわ」
さらっ、と一花がポニーテールを手で払う。
「さっ、いきましょ光彦君」
「そうだな」
蛾の化け物の部屋から出ると、長い廊下が続いていた。
出口はこちらって書いてるので、これで終わりなんだろうな……と思っていた、矢先。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
妙な声を上げながら、俺たちの後ろから……。
白装束に身を包んだ、スタッフが駆けてきた。
「おぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
一花は、女子が出しちゃいけない声をあげながら、その場から全力疾走。
廊下を一瞬で駆け抜けて、出入り口まで走って行った。
「…………ええっと、すみません」
脅かしにきたスタッフに、俺は謝っておく。
さすがにあんだけ大声出したら迷惑だろうからな。
するとスタッフはいえいえ、と首を振ると、定位置に戻っていった。
まああんだけ怖がってくれりゃ、スタッフもご満悦だろう。
俺は一花の後に続く。
彼女は入り口の前で、ぺたんとへたり込んでいた。
「あば……あばばば……あひゃ……あば……」
一花は自分の体を抱いて、ぶるぶるぶると震えて居た。
俺と目が合うと、正面からハグしてきた。
「こ、こわかったよぉ~……」
普段凜として、強い彼女が、こうして俺にすがってくる姿は……。
トテモ新鮮だ。庇護欲がわいてくる。
守ってあげなきゃって、思う。
「よしよし、怖かったな」
「うん……うん……すっごく……こわかったぁ……」
俺は一花を正面からハグして、背中をぽんぽんとたたく。
彼女の震えが止まるまで、俺たちはそうして抱き合っていたのだった。