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79話 一花と菜々子、スポーツジムにて



 岡谷おかや 光彦みつひこの恋人である、菜々子は、別の恋人である贄川にえかわ 一花と遭遇した。


 夏休みの昼下がり、スポーツジムにて。


「へえ、菜々子ちゃんもこのジム通ってたのね」


 一花たちは並んで、ランニングマシーンに乗っている。


「……はい。夏休みから。家でじっとしてるの、健康に悪いってせんせえが」


 なるほどねー、と一花が言う。


「…………」


 菜々子は、改めて見とれてしまう。一花の、凄まじいまでの整った体つきに。


 胸は恐ろしいくらい大きいのに、それ以外の無駄な肉は一切無い。


 すらりと背が高く、背筋もピンと伸びている。


 黒く長い髪の毛をポニーテールにしている。

 白い肌に、ほどよい筋肉のつき。


 サラブレットのような肉体に、同性であっても、溜息をもらしてしまう。


「ん? どうしたの、菜々子ちゃん?」


「……あ、いえ。綺麗だなぁって」


「ありがとっ。あなたも綺麗よ、菜々子ちゃん」


「……いえいえ、そんな……わたしなんて……ぶよぶよですし」


 菜々子は肉付きがいい。

 太っては居ないが、むちっとしている。


「そんなことないわ。少し肉付きのいいほうが好きって男の子、多いと思うわよ」


「……一花さん!」


 フォローを入れてくれる一花に対して、キラキラした目を向ける菜々子。


 ふたりはランニングマシーンを降りる。


「……ふぅふぅ」


「あれ、菜々子ちゃん、ドリンクは?」


「……え、ない、です」


「だめよ。ちゃんと水分補給しないと。待ってて」


 ジムに備え付けてあった自販機の元へ行って、一花がスポーツドリンクを買ってくる。


 戻ってきた一花は、菜々子にペットボトルを手渡す。


「はい、どうぞ」

「……も、もらえないですよっ」


「いいのいいの。脱水起こしたら大変だから、早く水分補給なさいな」


 一花の笑みを見て、菜々子は憧れを抱く。


 すごい……大人だ! とはしゃぐ菜々子。


「菜々子ちゃんマシーンの使い方知らなかったみたいだけど、ちゃんと教えてもらわなかったの?」


 ぐさり、と核心を突くものいいに、菜々子は心臓を押さえる。


「……は、はい」

「どうして?」


「……こ、怖くて、話しかけづらくて」

「ははあ……なるほど……」


 菜々子はランニングマシーンとプール以外に、ジムは使ってない。


 そのほかのマシーンの使い方を、インストラクターの人から教わろうとしても、声かけられずに今に至るのだ。


「よければ教えてあげるわよ」

「……いいんですかっ?」


「もちろん。どれからやる?」

「……で、できれば胸を鍛えたいです!」


 できれば一花みたいな、張りのあるおっぱいになりたいので、という言葉は黙っておく。


「じゃこっちね」


 椅子に座って、おもりを持ち上げるようなマシーンの前へとやってきた。


「そうそう、そうやって座って。胸を張って、最初は急に、戻すときにゆっくりと……そうそう、上手よ!」

 

 一花の教え方はとてもわかりやすく丁寧だった。


 菜々子は初めて、ウェイトトレーニングを経験する。


「……ふぅふぅ、胸が……しびれます。気持ちいいです」


「そっか。良かった」


 一花は隣のマシーンに座る。


「ふんっ……! ふぅ~……ふんっ! ふぅ~……」


 菜々子は、一花がどれくらいの重さを持ち上げてるんだろうか……と気になって見やる。


「……見間違え?」


 100kg、と見えた。

 いやいや、まさかそんな……。


 菜々子は自分の椅子に座って、100kgにピンを持って行く。


「……くぬっ! くぬぅ~!」


 ……微動だにしなかった。


「駄目よ菜々子ちゃん。おもりは、ちょっと余裕がある方が効果的なの」


「……へ、へえ」


 100kgを余裕の表情で持ち上げてる一花を見て、菜々子が目を丸くする。


 その細い美しい体の、どこにそんなパワーがあるのだろうか……。


「……す、すごい」


 次はふとともからお尻を鍛えるマシーンをやってみることにする。


「こうやって椅子に座って、足で壁を押す感じ。これも戻すときにゆっくりね」


「……はいっ」


 菜々子は30kgの重さを、ゆっくりじっくりと持ち上げる。


「そうそう、上手よ菜々子ちゃん」


 前においてある、同じマシーンを使う一花。


 ぎしっ、ぎしっ、とおもりがきしんでる。

 何キロだろう……と思ってみて、目を疑った。


「に、200kg……?」


 そんなバカな。

 200kgだと?


 菜々子もまたピンを、200kgにセットする。


「くぬっ! くぬぬ~う!」


 ……全く体が動かない。

 こんなの、人類が持ち上がる重さじゃない!


「…………」


 一花は綺麗だ。細身で、引き締まっている。

 ……それでこのパワー、どこから出しているのか。


「……物理の法則が、乱れる!」


 次はバーベル。

 仰向けに寝そべって、バーを持ち上げる。


「くぬぅ~~~~~~~~~」


 だがおもりをつけた状態で、まったく持ち上がらない。


「バーだけにしておきましょうか。これでも結構重いのよ」


 金属の棒を菜々子はゆっくり持ち上げる。


 これならギリギリ持てる……。


「そうっ! ふっ! 良いわね……ふんっ! その調子よ……!」


 一方で一花はというと、バーを担いで、スクワットをしていた。


 菜々子は……戦慄する。


「さ、300……kg」


 左右に150kgのおもりをつけて、一花が軽々とバーベルを持ち上げて、スクワットしている。


 300kgのものを持ち上げられるってことだ。


「……すご、すぎる……」


 よく見たら一花の体には、筋肉が浮かび上がっている。


 それはスポーツ選手もかくや、というほどの鍛え上げられた筋肉だ。


「……一花さんって、スポーツでもやってたんですか?」


「ええ。空手と柔道を少し」


 よいしょ、と一花がバーを戻す。

 ふたりは休憩スペースへと移動。


 ちゅうちゅう、と菜々子はスポーツドリンクを飲む。


「……今もやってるんですか?」


「ううん。高校でやめちゃった」


「……それは、どうして? 怪我とか……?」


 菜々子が不安げな表情になる。


「そう、怪我。あ、でもね。もう日常生活は送れるまで回復してるのよ。少しなら筋トレもオッケーだし」


 それで少しなのか……と戦慄する菜々子。

 怪我してこれなら、故障してなければ、どれほど……


「ただ、スポーツはね。それもプロは無理だって言われちゃってね」


 アキレス腱のあたりを、一花が触れる。

 その顔には寂しさはあれど、しかし悲壮感はなかった。

 

「あたしね。これでも空手で全国大会まで出たことあるの」


「……す、すごいです!」


 純粋に凄いと思った。

 一花は小さく微笑んでお礼を言う。


「でもね……全国大会で、一回戦で負けちゃった」


「……い、一花さんより強い人って……いるんですね、そんな人」


「というより、試合前に怪我しちゃって不戦敗。トラック轢かれそうな子供助けて足やっちゃってさ。試合前にバカよねえあたしも」


「……り、立派です! 人助けは、凄いことです!」


 ありがとう、と一花が微笑む。


 一花は青春を思い出すかのようにかたる。


「試合に負けて、怪我しても、選手じゃなくてもいいから来てくれって、大学の推薦くれたけど、断っちゃったの」


「……も、もったいない」


「かもね。でも、いいの。あたしは選手でいたかったし。それより、この枠を使って、もっと有望な人とってもらったほうが、大学のためにもなるって思ったの」


 一花には後悔の念がなさそうだ。

 けれど見えてないだけで、辛い時期はあったのだろう。


「……その後どうなったんですか?」


「ん? 普通よ。推薦を蹴って一から勉強して、光彦君とおんなじ大学に入ったの」

 

 確か岡谷おかやは、有名大学である京櫻に入っていたはず。


 高校3年の夏から勉強して、ストレートで羽瀬田わせだに入れるのなら、十分凄いじゃないかと思った。


 空手で全国大会に出て、短期間で京櫻けいおうに入って……。


 凄い人だなって、菜々子は思う。


「……空手、やめて良かったんですか。たとえ選手になれなくても、せっかく輝く才能があったのに」


「うん。やめてよかった。だって……続けてたら、光彦君と出会えなかったから」


 空手の推薦を使って別の大学に入っていたら、岡谷おかや 光彦みつひことは出会えなかったろう。


「夢を諦めたと思ったら、別の夢がすぐに見つかって。人生ってやりがいがあって楽しいなーって思った」


「…………」


 人生を、やりがいのある楽しいモノと、菜々子は一度も思ったことがない。


 彼女の人生には輝けるなにかもなければ、特別な何かもなかった。


「……うらやましいです。わたし、何もないので」


 一花はドリンクボトルを置いて、両手で頬を包み込む。


 ぐにぐに、と顔をマッサージしてくれた。


「駄目よ菜々子ちゃん。そんな暗い顔しちゃ。幸せが逃げちゃうわ」


「……一花さん」


「何もない、なんてあり得ないわ。誰にだって輝ける才能は、あるのよ」


 一花は手を離して、小さく微笑む。


「確かに……自分が望んだ才能は手に入らないことが多いわ。でも……でもね、アタシ思うの。誰にだって才能はあるし、才能が無いって思ってても、実は自分が気づいてないだけで、すごい才能があることだって、あるんだって」


 菜々子に向けて……の言葉だけではないように感じた。


 それはこの場に居ない、【誰か】に向けての言葉にも聞こえた。


「だからあの人にも……あなたにも、諦めないで欲しいの。今は見えてないけど、絶対あるから。輝ける才能の原石が、すぐそばに」


 一花は微笑む。


「だから何もないなんて、言っちゃ駄目よ。そんな言葉で自分の可能性を狭めないで。あなたは若くて、未来があるんですもの」


「…………」


 自分に自信が無く、他者をうらやんでばかりだった菜々子は……反省する。


 一花のように、怪我をしたわけでもないのに。


 自分は、助走の段階で、怪我をすることを恐れて……立ち止まってしまった。


「菜々子ちゃん、何か得意なことないの?」


「……得意。勉強くらい、でしょうか」


 菜々子は学年一位をとるくらいには、頭が良かった。


「すごいじゃない! 勉強できるなんて! なんだ立派な才能があるじゃないの」


「……でも、勉強ができても、やりたいことなくって」


「進学は?」


「……いちおう。でも行きたい大学わからなくて」


 一花は少し考えて言う。


「じゃあオープンキャンパスとか行ってみたらどう?」


「……オープンキャンパス?」


 そういえば、そういうものもあったなと菜々子は思い出す。


「大学に行って見て、空気感とか、何を勉強してるんだろうとか、いろいろ見てくるのって楽しいわよ。それにやりたいことも見つかるかも」


「……でも、お金かかるし」


「光彦君に相談してみたら? 彼もあなたの将来のためなら、喜んで投資してくれると思うわよ」


「……そうかなぁ」


「そうよ。彼は……人の夢を全力で応援する人だから。そこが素敵で……そこが、悲しいのよね」


 小さく、悲しそうな顔になる一花。


「……あなたの夢を応援する人も、いるのよ、光彦君」


「……一花さん?」


 一花は笑顔になると、微笑んで言う。


「夏休み暇なら、大学を見て、将来の進路を決めるのもありだと思うわ」


「……そう、ですね」


 そうだ。家でうじうじ悩んでいるより、外に出て、将来のことを考えた方がいい。


「……わたし、そうします! ありがとう、一花さん!」


「ええ、どういたしまして」



 こうして彼女に励ましてもらえた菜々子は、新しい一歩を踏み出すことになったのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 高校3年の夏から勉強して、ストレートで羽瀬田わせだに入れるのなら、十分凄いじゃないかと思った。 文章の前後がけいおうになってるのにここだけわせだになってるのが気になります。
[気になる点] >>確か岡谷は、有名大学である京櫻に入っていたはず。  高校3年の夏から勉強して、ストレートで羽瀬田に入れるのなら、十分凄いじゃないかと思った。  空手で全国大会に出て、短期間で京櫻に…
[気になる点]  男子重量挙げの世界記録でも300kgは挙げれてないのにアキレス腱痛めた人が挙げれる…ましてや持ってスクワットは到底無理ですよ。  物語で架空とはいえ、ちょっと無理があるのではと思いま…
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