75話 あかりと映画館デート
俺が王子と飲んでから、数日後。
8月中旬。
俺は、あかりとデートすることになった。
なんでもバイト先の店長から、映画のただ券をもらったらしい。
俺がいるのは川崎駅。
近くのショッピングモールが、今日のデート先だ。
「おかりーん!」
改札を出てきたのは、バッチリめかし込んだ、あかりだった。
真っ白なブラウスに、ちょうがつくほどのミニスカート。
すらりと伸びたおみ足はニーソックスで包まれている。
長くふわふわした金髪を、サイドテールにまとめている。
「おまたせー!」
「ああ」
しかし疑問がある。
「なんで、待ち合わせなんだ? 一緒の家に住んでるのに」
先に行ってくれ、とあかりに言われて家を出たのだ。
「わからんかなー? 女子は準備に時間がかかるのです」
「ああ、そういう……」
「それに~。待ってる間も、デートでしょ♡」
ぱちん、とあかりがウインクする。
青い瞳はこの夏空のように美しい。
……改めて思うと、あかりは美人だよな。
今日だって……。
「……なんだあの子ちょーびじん」「……すげえ。足長! 顔ちっさ!」「……あんな美人とデート……いいなぁ……」
とまあ、周りの注目を浴びまくっている。
俺みたいなのにはもったいないくらいの美人だ。
……だが、好意を持って接してもらっている相手に、卑屈になるのは、相手に失礼だしな。
「いくか」
「のんのん。おかりん、何か忘れてますよ? ん~?」
あかりが期待のまなざしを向けてくる。
こういうところは、子供っぽいんだよな。
「今日は一段ときれいだよ、あかり」
「ん~♡ 99点!」
ぱぁっ! とあかりが笑顔になって、俺に言う。
「あと1点は?」
「女子から催促されて褒めたからなー」
あかりが目を閉じて、つーんとそっぽを向く。
まあただ怒ってるんじゃなくて、かまって欲しいんだろう。
ちらちらと俺の反応を見ている。
「なるほど、そりゃあ申し訳ない」
俺はあかりに手を伸ばす。
「次からは、もっと早く言うよ」
「ん♡ じゃあおまけで100点♡」
きゅっ、とあかりが俺の手をつかむ。
「いこっか♡」
「そうだな」
俺たちは手をつないでショッピングモールへと向かう。
道行く女も男も、誰もがあかりのその美しさに振り返る。
そして隣に男がいるのを見ると、はぁ……と失望のため息をついていた。
やっぱりあかりは綺麗だからな。
目立つのは仕方ない。
「おかりんは、あかりちゃんがこーして注目されてるけれど、どう感じてる?」
「どう、とは?」
「うれしーとか、こうえいだーとか、俺の彼女きれいだろー! とか。そーゆーやつ」
俺はしばし考える。
うーん……。
「あの頃の悪ガキが、立派な大人のレディになったもんだなぁ、って時間の経過を感じてる」
「おっさんくさーい」
けらけら、とあかりが笑う。
子供扱いしてーと怒るかと思ったが、意外と上機嫌だ。
「だって~♡ 大人のレディって思ってくれてるってことだもーん♡ うれしいもーん♡」
あかりが上品に、しかしうれしそうに笑う。
最初子供としか思ってなかったのは、本当に申し訳ない、というか、どこに目をつけてるんだ俺って感じだった。
こんなにも、あかりは綺麗で、大人じゃないか。
「見る目なかったな俺も」
「そりゃーみさえババア選んでる時点で、見る目なんてないでしょー」
「返す言葉もございません」
「にひー♡ まー次は幸せになれるよ♡ あたしがいるもん♡」
あかりが立ち止まって、往来だというのに、ちゅっ……とついばむようなキスをしてきた。
俺は戸惑い立ち止まってしまう。
「おまえ……人が見てるぞ……」
「ごっめーん♡」
あかりがいたずらっ子のように目を細めて、ちろっと舌を出す。
「ささっ、映画いきましょー!」
「ああ」
彼女の底抜けな明るい笑みは、俺の心をいやしてくれる。
色んなことがあったし、今までも結構いろいろひどいこともあった。
今も、状況は混迷としている。
それでも俺は、今が一番、生きてて楽しい。
それはあかりの功績が、間違いなくあると思う。
★
俺たちはショッピングモール内で昼食を取った後、映画館へと向かう。
「はいおかりん、チケット」
「これがバイト先からもらったってやつか」
「そー。塩尻店長から!」
いいバイト先のようでなによりだ。
あかりが世話になってるし、今度顔出して挨拶に行かないとな。
俺はあかりと一緒に飲み物を購入。
時間になり、劇場内へと向かう。
結構中は混んでいた。
「そういえば、アニメ映画でよかったのか?」
「うん。デジマス面白いし。恋愛映画いまやってないからねー」
俺たちが見ることになったのは、デジマス。
最強のラノベ作家、カミマツ先生が手がけたラノベ原作の映画だ。
「めっちゃ長く放映してるよね、この映画」
「そんだけ人気があるんだろう」
俺たちは座席を探す。
と、そのときだった。
「$<`”{%”L$"」
「え? なに……?」
誰かが俺に話しかけてきた。
振り返ると……。
銀髪の、それは綺麗な女性がいた。
「%#MO……%#%`」
「え、っと……」
たぶん、日本人じゃない。
言葉の感じから、ロシア人だろうか。
「アノ、マセン。5番……ドコ?」
「おかりん。迷子になっちゃったんじゃないの、この人?」
推定ロシア人美女が、こくこくとうなずく。
「5番……5番シアターですか?」
「ソ、デス」
どうやら日本語を聞き取ることはできるらしい。
「あかり。この人案内してくるから。先に座っててくれ」
「え、あたしも行くよ。おかりんだけじゃ不安だし」
ということで、俺はロシア美人とともに映画館を出る。
……しかし、美人だ。
長い銀髪。銀色のまつげ。瞳。
雪の精霊かと思うくらいの美人である。
「5番シアター……5番ってどっちだ……?」
「もー、おかりんこっちだよこっち」
「ああ、そっちか」
「んも~。あたしがいないとだめだめだなぁ~♡」
えへへっ、と楽しそうに笑う。
その様子をロシア美人さんがニコニコしながら見てる。
「比翼、デスネー」
「ひよく? おかりんなにそれ?」
あかりが俺に問うてくる。
「まあ仲いいってことだよ」
「おおー、編集っぽい」
「編集だよ」
くすくす、とロシア人美女が笑う。
「お似合い、カップル、デス」
「「いやぁ……」」
俺たちは照れながら、彼女を5番シアターへと連れて行く。
「連れがいるんですか?」
「夫、イマス」
「旦那さんどこだろ?」
キョロキョロと周囲を見渡すも、それらしき人物の影はない。
「席、座ッテマス。待ッテマス。ソノウチ、帰ッテクル」
「まあそうか」
あかりがうなずくと、ロシア人美女がニコッと笑う。
「ドモ、アリガト。トテモ、感謝。アナタタチ、ヤサシイ」
目を閉じて、ぺこりと頭を下げる。
「オシアワセに」
「ありがとうございます」「じゃあねー!」
俺たちは美女と別れて、シアターへと戻ろうとした……そのときだ。
「うぉおお! ターニャぁ! ターニャぁああああああああ!」
映画館内に……大男の声が響き渡る。
「わわっ、なんだなんだ?」
「……あれ? どっかで聞いたなこの声」
声のする方を見てみると、巨大な大男がいた。
「すみません、ロシア人の女性を見なかったですかい!? 宇宙一美人なのが特徴なんですがっ!」
その大男は誰かを探してるようで、道行く人たちに声をかける。
「ひぃ! ターミネーター!」
「こわっ! いこいこっ!」
鬼気迫る表情だったからか、みんな逃げていく。
ガクン……と肩を落とすその様に……。
俺は、贄川 一花の弟を重ねた。
「あ。二郎太さん……でしたっけ?」
俺は一度、この人に会ったことがある。
あれは軽井沢に行くとき。
菜々子のチョビ(飼い犬)を、預かってもらうことになった。
そのときに、一花の弟、二郎太氏にあったことがある。
「! あなたは……一花姉さんの、恋人さん」
「どうも。何かあったのですか?」
二郎太氏は血相を変えて俺に尋ねてくる。
「実は妻が迷子になってしまいまして」
「妻?」
あかりが言うと、二郎太氏はうなずく。
「背が高くて、銀髪で、この銀河で一番美しいあっしの妻なんですが」
「いや銀河一って」
あかりがあきれる一方で、二郎太氏が大汗をかいて言う。
「いかんせんまだ日本語が上手くなくて、少し目を離したすきにいなくなってしまって……ああどうしよう!」
「落ち着いてください。たぶん、戻ってますよ」
「へ……?」
銀髪で美人となると、さっきあったあの人だろう。
「おかりん、あたしちょっと呼んでくる」
あかりがさっきのシアターへと向かい、そしてすぐ戻ってくる。
「アナタ?」
あかりが連れてきたのは、さっきのロシア人美女だった。
「ターニャ!」
どすどすどす、と二郎太氏が駆け寄っていく。
「良かった! 良かった! 心配したんですぜ!」
ぎゅーっ、と次郎太氏がターニャさんをハグする。
「おまえが居なくなったと思ったらあっし……うぉおおお!」
ターニャさんはぽんぽん、と二郎太氏の背中をたたく。
「アナタ。ウルサイ」
「え……?」
やれやれ、とターニャさんがため息をつく。
「公共、場。大声。駄目」
「うう……でもなぁ……」
「マナー。違反。駄目」
「……そうですな。気をつけやす。お前がいなくなったと思ったら、冷静になれなくて、つい」
二郎太氏が妻の抱擁を解く。
ととと、と俺たちに近づいてきて、ターニャさんが頭を下げる。
「旦那。メーワク。かけました。ごめんなさい」
「あ、いや別に……」
「良かったですね、合流できて!」
ええ、とターニャさんが微笑む。
後ろで小さく肩をすぼめる次郎太氏。
「お二方、申し訳ありやせんでした。お騒がせして」
「いいえ」「奥さん大好きなんですねー♡」
あかりが尋ねると、二郎太氏は何度もうなずく。
「そりゃあもちろん! どうです、二人とも? あっしの妻、太陽系1美人でしょう?」
普段サングラスをかけてる二郎太氏。
だが今日は外していた。
意外とつぶらな瞳が、キラキラ輝いている。
「ゴメンナサイ。この人、チョット。妻バカ」
ターニャさんがあきれながら言う。
「そんなっ! あっしは別に妻バカじゃありやせん! おまえがウルトラ美人なのは事実じゃありやせんか!」
「アナタ、またウルサイ。それに、めーわく。二人とも。デート。途中」
「うう……すいやせん……失礼しやした」
「ああ、いえ」
ターニャさんが微笑むと、深々と頭を下げる。
「アリガト、デシタ」
「本当にありがとうございます。このお礼は、いずれ」
ふたりは頭を下げると、俺たちに手を振ってさっていった。
二郎太氏は、妻の手をしっかり握る。
ターニャさんは握り返して、彼に寄り添う。
そんな二人の様子を見て、あかりが、ぽつりという。
「ラブラブでしたなー」
「ああ、そうだな」
「うらやましい?」
「そりゃ……まあ」
あかりがニコッと笑う。
「あたしたちも、あんな風な、いい夫婦になりたいね」
「ああ、そうだな……」
俺たちはシアターへと向かうのだった。