70話 るしあと初めての……
俺は作家・るしあの元に、原稿を取りに来た。
ひょんなことからるしあの保護者と遭遇、そして、彼女が開田グループの財閥令嬢だったことが判明。
そして……なぜかるしあとともに、彼女の私室へとやってきていた。
からりとふすまを開けると、純和風の部屋が広がっている。
だが奥にはキングサイズのベッドが1つ、おいてあった。
「おかやっ。こっちへっ!」
るしあは俺の手を引いて、ベッドへと向かって進んでいく。
……あらためてみると、小さな手だ。
るしあは、18歳。
だが年齢に反して見た目はかなり幼い。
身長も低く、胸もあまりなく、ともすれば小学生に間違われてもおかしくない。
だが艶やかな白髪に、瑞々しい真っ赤な瞳。
そして時折垣間見せる、幼い見た目に反した、大人びた表情が……なんだか背徳感をそそるのだ。
るしあはベッドサイドに腰を下ろすと、ぽんぽん、と自分の隣を手で叩く。
「おかや。隣に座ってくれ」
「あ、ああ……」
るしあの隣に座ると、ぴったり……と彼女がくっついてきた。
前に、ホテルのスウィートルームで二人きりになったときも……こうしてぴったり寄り添ってきたな。
「……しばらく、こうしててくれ」
「わかった」
るしあは目を閉じて、俺に体重を預けてくる。
すぅ……すぅ……と小さな呼吸音。
とくん……とくん……と鼓動が伝わってくる。
「……ダメだ」
突然、るしあがそんなことを言い出す。
「いつもなら、おかやとこうして一緒にいるだけで、心が落ち着いて、穏やかな気持ちになれるんだ。でも……」
るしあが俺を見つめる。
その目は潤んでいて、頬は上気していた。
ふぅ……ふぅ……と、まるで風邪でも引いてるかというくらい、彼女は荒い呼吸を繰り返している。
「今は……ドキドキが止まらないんだ」
小さな肩が上下に激しく動いてる。
彼女がきゅっ、と俺の腕を抱きしめると、温かさ……というか、厚さが伝わってくる。
「どうして?」
「……じぃじが、あんなこと言うから」
るしあの保護者、開田高原。
日本の政治・経済界を牛耳る、凄い人とは思えないくらい、あの人は気さくで、器のデカい……。
「……下世話なじいさんだな」
るしあがきょとん、と目を点にする。
だが、フッ……とるしあが楽しそうに笑う。
「お爺さまをそんな風にいうひと、おかやが初めてだよ」
「そうか?」
「ああ。みんなお爺さまの、開田の名前を出した途端、萎縮してしまうからな」
わからないでもない。
開田グループと言えば、日本で知らないくらいの大企業だ。
どこへいっても、傘下の企業がある。
……あれ?
「もしかして……SR文庫に開田グループが出資してくれたのって……」
「……お爺さまが世話焼いたのだろうな。おかやがいるからと」
「なるほど……それは、感謝しないとな」
編集長、上松さんの人徳だけでなく、開田パワーがあったからこそ、SR文庫は恐ろしいスピードでデカくなったのか。
「でもなおかや……いいんだぞ?」
「いいって?」
「……嫌なら、ワタシを振ってくれても」
突然のことに俺はとまどう。
るしあは悲しそうに……さみしそうに、言う。
「おまえも今日、ワタシが開田の女であることを、知ってしまったからな」
……なにを気にしてるのか、なんとなく、察しがついた。
開田グループは、デカい組織だ。
そこのご令嬢と付き合うとなると、かなりの、プレッシャーになるだろう。
「……少し、ワタシの話を聞いてくれるか」
「ああ。聞くよ」
るしあが語ったのは、自分が生まれてから、今日に至るまでのエピソードだった。
早くに両親を亡くしたこと。
兄弟がいないこと。
開田流子(本名)として、開田の女として、ずっと自分を厳しく律していたこと。
それが辛くてしょうがなかったこと。
人生に絶望していたこと。
長い長い、開田流子物語を、俺は聞いた。
「これで、わかったろう? ワタシが、どんなに【重い】女かを」
自嘲的に、彼女が笑う。
「ワタシは生まれてから死ぬまで、この先も一生、開田の女だ。みんなワタシを、開田流子としてしか、見てくれなかった。それが……辛かった」
るしあが、俺を見て微笑む。
「おまえだけだ。純粋に、ワタシという個人を見てくれてい【た】のは……おまえだけなんだよ。どれだけ救われたことか……」
るしあが瞳を伏せる。
セリフとは裏腹に、その表情は暗い。
瞳は、下を向いている。
「だから……お前には……知って欲しくなかったんだ。ワタシが開田の家に生まれていることを。怖いんだ。おまえが……ワタシのそばから、居なくなってしまうんじゃないかって……」
ぐすぐす……とるしあが泣き出してしまった。
今までが、そうだったのだろう。
ある種恐ろしい存在として、誰もが彼女から離れていったのだ。
触らぬ神に祟りなしとばかりに。
「おまえが、嫌だというのなら、ひきとめることは……できない。でも……でも……」
るしあが悲痛なる声を、小さく、しぼりだすかのように……言う。
「……ずっとそばにいてほしい」
「るしあ」
俺は彼女の体を、ぎゅっと抱きしめる。
愛おしくて……仕方が無かった。
彼女の辛い過去を知って、彼女への印象は……さらに良くなった。
苦境の中、それでもなお、凜としたたたずまいをくずさない彼女……。
そんな彼女が……俺の前だけは、こうして、弱い部分を見せてくる。
守ってあげたいと、そう思ってやまない。
「俺は、どこにもいかないよ」
ぎゅっ、と、離さないように、抱きしめる。
「どこにもいかない」
「……ほんと?」
恐る恐る、彼女が聞いてくる。
まだ、どこか言葉を信じ切れてないのか、その瞳には不安の色が見える。
「ああ、本当だ」
「……本当に、本当?」
「ほんとうにほんとうだ」
俺の言葉を聞いても、けれど、るしあの表情から、不安の陰がなくならない。
「……じゃあ、証明してくれ」
「証明?」
「……ああ。ずっとそばに居るって、証明。愛を……」
ん……とるしあが目を閉じて、唇を近づけてくる。
……以前の俺ならば、子供のすることだと言って、本気で捕らえなかった。
額にキスとかで、逃げていた。
でも……俺は、色々あった。
伊那姉妹との邂逅。
一花と体を重ね、義妹であるみどり湖との、禁断の愛……。
いろんな女性との、出会いを重ねて……。
俺は、たくさんの女、という生き物を、知った。
腕の中に収まるるしあは、幼子のようだ。
でも、彼女の体から匂い立つ色気は……大人のそれ。
密着した体には、乳房の柔らかさを感じる。
甘い香りは……大人の女の、甘い香りがする。
そう……彼女は、もう立派な女性なんだ。
るしあは、女として、男の俺を愛している。
俺もまた、彼女を女としてみている。
だから……。
愛を証明するには、こうするしかない。
「るし……流子」
俺は彼女の、小さな両肩に、手を乗せる。
「……するぞ」
「……は、はいっ」
るしあの声が、うわずっていた。
緊張しているのだろう。
大人の男に、身を委ねるのだ。
恐怖を感じるのは仕方が無い。いくら、相棒でも、恋人でも……。
彼女の肩に、力が入ってる。
固くなって、震えてる。
俺は少し考えて……。
ふっ……と、るしあの耳もとに、口を近づける。
「……大丈夫」
「あっ……♡」
吐息が耳にかかったからか、彼女の体から、くたぁ……と力が抜ける。
「……大丈夫だから」
「……はい」
耳元でささやくたび、彼女の体が、ぴくぴくと小さく動く。
膝をこすり合わせていた。
頬が紅くなり、呼吸が速くなっている。
処女雪のような白い肌が真っ赤に染まって、興奮しているのが、わかる。
俺が欲しいと、体が言ってるのか……徐々に俺に、向こうから近づいてくる。
「……おかや」
体の震えが止まっていた。
ん……と、るしあが、自然に目を閉じて、自然に……体を近づけてくる。
その小さく瑞々しい、紅いつぼみのような唇に。
俺は、自分の唇を重ねる。
「んん……♡ んぅ……♡」
るしあの体から、完全に力が抜ける。
ふらりと倒れそうになる小さな体を、俺がしっかり支える。
るしあは、どうすればいいのか戸惑っていた。
俺はリードするように舌を動かしていく。
甘い吐息が徐々に漏れる。
唇を離すと……彼女は幸せそうな、蕩けた表情で……俺を見上げてきた。
「素敵な……ファーストキスを、ありがとう、おかや」
「……ああ、それは、よかった」
るしあの顔に……また笑顔が戻る。
さっきまでの暗いものはない。
つきものが、落ちたみたいだ。
「おかや。わたしはおまえを、愛してる」
真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに、彼女が愛を伝えてくる。
「おまえが他の女を見ていようと、いつかおまえの心がワタシから離れてしまおうと……ワタシは生涯、おまえだけを愛すると、誓うよ」
どこまでも真っ直ぐで……純粋で。
出会ったときから彼女はずっとそうだった。
開田の家の名前を聞いた今でも、俺にとってのるしあは、初めて出会ったときから、なにも代わらない。
「愛してるよ、おかや」
「俺も、お前が好きだよ、流子」
るしあは頬を赤く染め、俺から目線を外し、照れながら言う。
「……なんだか恥ずかしいな。やはり、るしあ、と呼んでくれ」
「いいのか?」
静かに笑って、るしあがうなずく。
「ああ。ワタシは、大好きなおかやのつけてくれた、このペンネームを、気に入ってるから」
開田るしあ、という名前は、彼女がデビューするときに、俺が考えた名前だ。
本名を出そうとしてたので、それを俺が止めたんだよな。
俺の名前を、大事にしててくれたことが、俺は嬉しかった。
「そっか。わかったよ、るしあ」
「あ、でも、たまには流子と呼んでくれ」
「わがままだな、お嬢様は」
「お嬢様は古今東西、ワガママと相場が決まってるだろう?」
彼女は笑って、また目を閉じる。
俺はるしあの肩を抱いて、また唇を重ねるのだった。