7話 食事とこれからの事と、妻からの謝罪メール
会社を辞めた日の夜。
俺は双子JKと、自宅で遅い夕飯を食べていた。
ビーフシチューを一口すする……。
「うめえ……」
「でしょ~♡」
ニコニコしながら俺を見てくるのは、金髪のギャル、妹のあかりだ。
レストランのものより遥かに美味い。
牛肉は少しかんだだけで、ほろほろと崩れる。
スープは濃厚で、それでいてしつこくない。
「なんでこんな美味いんだ?」
「そりゃー……おかりんへの愛情たーっぷり入れたからね♡」
「愛情って……」
この子がどこまで本気で言っているのかわからん。
俺は大学生の時、こいつらを学習塾で教えていたことがあった。
当時あかりたちは小学生。
そのときからあかりは、俺に好き好き言っていた。
なんかそのノリなんだよな。
「あー! その顔……冗談だと思ってるでしょ。本気だよ? 本気でおかりんのお嫁さんになるためだけに、料理とか一生懸命べんきょーしたんです! えっへんどうだ!」
胸を張ると、大きな乳房がぶるんと揺れる。
体は成長しても、言動が小学生のままだ。
懐かしい……。
「あー……こりゃあかん。おかりんアタシたちのこと、完全に教え子の視点で見てる……こりゃー先が長いぞ。がんばろお姉!」
「ふぇ……? もぐもぐ……?」
……一方で、黒髪清楚な美少女、姉の菜々子はというと……。
頬をリスみたいに膨らませもむもむとご飯を食べていた。
「はふはふ……んくっ……はぁ……。えと、ごめんなさい、なんですか?」
「お姉ぇ……ダメな子……」
「え? え? な、なに……どうしたのあかり?」
菜々子も、小学生の頃と変わらないな。
お姉さんだけど、普段はぽやんとしている……ふふ……。
「ほらぁ、お姉のせいで、おかりんのアタシらの見る目が保護者ですよ完全にー! かー、お姉はダメだなぁ」
「うう……ごめんねぇ……」
「ま、ゆるそう。お姉だから特別さっ」
「えと……ありがとう?」
へへっ、と妹が笑うと、姉は微笑む。
昔から仲が良いんだよなふたりは。
「ところでおかりん、これからのことなんだけどさー」
あかりが、おかわりのビーフシチューをそそいで、姉に手渡す。
「これからどーすんの。あのバカ妻のこと」
「ああ、別れるよ、もちろん」
「「よっしゃぁ!」」
ぐっ……! とあかりがガッツポーズ。
けど菜々子までするとは意外だった。
「離婚届をすみやかに書いて提出したいと思ってる。ミサエ……妻には一度会って話そうって、今朝からメールは何度も送ってる」
「……返事は、どうなんですか?」
「全部既読スルーされてる」
「……さいてーです。自分が浮気したくせに!」
「ほんとだよねー。信じられないよ。妻としてって言うか、人間として終わってると思う。別れて正解!」
ぐっ、とあかりが親指を立てる。
そしてなぜか、菜々子も親指を立てる。なんでだ?
「……慰謝料とか、どうするんですか? 浮気されたんですから、もらって当然かと」
「それはいい。金の関係はこじれて長引くから、慰謝料はもらわないことにする」
俺はもう、一刻も早くあいつとは縁を切りたいんだ。
「まー、おかりん大企業に勤めてるし、慰謝料なんてはした金、いらないもんねー」
「辞めたぞ」
「「ふぁ……!? や、辞めた!?」」
「すぐ再就職先は決まったがな」
「「どゆことー!?」」
俺は今朝の経緯を話す。
クビになったが、知り合いに誘われて、新しい会社に再就職したと。
「金にはかなり余裕がある。さすがに前の会社ほど給料はでないだろうが、それでも、かなりの額は次の会社でももらえるよ」
再就職にあたっての条件は、すでに上松さん(※次の就職先の編集長)と話し合ってきている。
「安心しておかりん。家計は、この幼妻2号がしっかり支えるから!」
「いやそんな必要はない。あと2号ってなんだ? 1号は?」
「……わ、私が……幼妻1号、です! その……せ、節約、がんばりますっ。あ、あと……よ、夜の方ももにょもにょ……」
顔を真っ赤にして、菜々子がうつむく。
「次にお前らのことを話しとこう」
「アタシたちのこと? 結婚の日取り?」
「アホか。これからのことだよ。お前ら……どうしたいんだ?」
この子達は、家出をしてきたのだ。
何があったかは知らないが、何かがあったのだ。
子供が、親元を離れて、他人の家に転がり込んでくる。
ましてや相手は異性で、年上だ。
よほどのことがない限り、そんな蛮行にも等しいことはしないだろう。
「……どう、したい?」
「ああ。お前達の意思を聞きたい」
「出て行けー、って言わないんだね」
「当たり前だ。別にここに居たいならいてもいいさ」
「「ほんとっ!?」」
「ああ。だが……お前達の意思を確認しておきたい。一番重要なのはそこだ」
菜々子はしばし沈思黙考したあと、ぽつりとつぶやく。
「……家に、帰りたくない、です」
姉は、そう言った。
……やはり、家庭環境が上手く行ってないのだろう。
菜々子の体が震えている。
それは恐怖か、それとも……何か別の感情故か。
妹は黙って、菜々子の体を抱いて、頭をなでる。
「ごめん、おかりん。詳しくは言えないんだけど、家にいたくないんだアタシたち。親戚も近くに居ないし、頼れるの……ほんとおかりんだけなの」
「……お願いします。ここに、おいてください」
姉がスッ、と頭を下げる。
あかりも真面目な顔をして頭を下げてきた。
「…………」
女子高生と、同じ家に住む。ともすれば、犯罪者扱いされるようなことだろう。妻と別れてすぐに若い子と同居しだしたと広まれば、世間からの風当たりも強くなるに違いない。ご近所からも、妙なウワサが立つだろう。
だが……それでも……。
行き場をなくしている彼女たちに、手を差し伸べたいと思った。妻に浮気され、傷付いて、本当ならすごい落ち込んでしまっているだろう俺を……。彼女たちは、癒してくれた。料理を作ってくれた。そんな優しい彼女たちを、ほうっておけるか? 断じて否だ。
「お前達の意思はわかった。一緒に、住もうか」
「「ッ……!」」
ふたりの目が、大きく見開かれる。
……よく見れば、震えてるじゃないか。菜々子も、あかりも。
不安だったんだ。俺に断られるかもって思って。
「……いいん、ですか?」
菜々子が恐る恐る聞いてくる。
「……私たち、未成年です。一緒に住むとなると、金銭的な負担をあなたにどうしてもかけてしまいます」
「アホか。子供に心配されるほど、金に困っていないよ」
ほんと、気遣いの鬼だな、この姉は。
俺は菜々子の頭をなでる。
「生活費とか、全然気にしなくていい。生活必需品は、今度の休みにでも買いに行こうか」
「ほんとっ? いいのっ?」
あかりが、晴れやかな表情を浮かべる。
「……わ、悪いです……よ。ただでさえ迷惑かけるのに……」
「迷惑なんて1ミリも思ってない。そこは勘違いするな。おまえも、あかりみたいにノー天気に構えてりゃいい」
「あ、おかりんひっでー。ちゅーしちゃうぞっ」
「いやなんでだよ」
俺たちのやりとりを見て、菜々子がおかしそうにわらう。
良かった、肩の力を抜いてくれたみたいだ。
「よかったー! これで心置きなく、おかりんと同棲生活スタートだよ!」
「待て待て。おまえら、学校どうするんだよ?」
「おかりーん? 世間では今、テスト期間中なんですぜー?」
今は七月上旬。
なるほど、たしかに期末テスト終わったあたりか。
「まもなく夏休みになるしー、しばらくは学校の心配なっしんぐ!」
「……私たちの通ってる高校は、ここから電車ですぐです。学校が始まるまで時間もありますし、大丈夫です」
「学費は?」
「……それも、問題ありません」
……親元を出たのに、学費は問題ない……か。
これは、そうとう、家庭環境がこじれてるんだろうな。
「わかった。これ以上の深い詮索はしない」
「……ありがとう、ございます」
かくして、俺は双子達と同棲することになったのだった。
★
それから、数日経ったある日。
俺の携帯に、LINEがあった。
「ミサエからだ……」
妻からのリアクションが、ようやく来たのである。
メッセージは、こう書かれていた。
【わたしが間違ってました。直接会って、謝らせて、くれませんか? また、あなたとやり直したいです】
やっと連絡がついた。
これで離婚の話ができる。
「復縁? もちろん、お断りだ」