68話 あかりの悩み、バイトの風景
アタシこと伊那 あかりには、大好きな人がいる。
10歳以上、年の離れた男の人だ。
岡谷 光彦……おかりん。
おかりんを手に入れるために、結構がんばってるつもりなんだよね。
けど……けどなぁ……はぁ……。
★
8月中旬の午後。
今のアタシは、喫茶店のバイトをしている。
遊ぶためのお金が欲しんじゃない。
将来のため、今から貯金をしているのだ。
「いらっしゃいませ~♡」
カフェに来たお客さんに笑顔を振る舞う。
男の人だった。
アタシを見た途端、デレッとした表情になる。
そしてほぼ100%、アタシの胸を見てくる。
男の人って、だいたいそういうものだ。
でも別に嫌な顔はしない。
だって今は接客中、仕事中だしね。
見られるのもお仕事お仕事。
「カフェラテください」
「はーい! かしこまりました~! ご一緒にサンドイッチとかどうです~?」
明るくアタシがそう言うと、お客さんはデレデレした顔で、「じゃあお願い」と注文してくれる。
アタシの笑顔もだいぶ【武器】になってきたな。
よし、練習した甲斐がある。
もちろん、おかりんを落とすために、この武器を磨いているんだ。
アタシはお姉みたいに、天然ではない。
意識せず、男の人をほっとさせるような、笑顔が出来ない。
……脳裏に、どうしても【あいつ】の影がよぎる。
アタシの心の柔らかいところには、【あのとき】の原体験が残ってる。
まあ……それは置いといて、仕事仕事。
アタシは笑顔を振りまいて、コーヒーを作ったり売ったりする。
知らない人に、笑顔を振りまくことに対して、昔ほど苦痛に感じなくはなった。
ただ疲れる……特に……。
「ねーねー君~? 連絡先の交換しなーい?」
注文カウンターにて、いかにも遊んでそうなチャラ男が、アタシに声をかけてきた。。
まあ、ナンパというやつだ。
アタシは小学校高学年くらいから、よく男の人に、こんな風に話しかけられるようになった。
あの頃から結構胸が大きかったからね。
そのせいでかーなり苦労したけど……まあそれはもういいんだ。
「ねーねー、いいだろ? なぁ、おれと遊ぼうぜぇ~?」
「あ、すみませーん。後ろの人待ってるんでぇ、どいてもらえますかー?」
アタシは笑顔のまま、男からのアピールをかわす。
「いいじゃあねえかよぉ。少しくらい。なあなあ、おれのパパ、結構金持ってるんだぜぇ? 君バイトしてるってことは、金に困ってるんだろう~?」
……ああ、めんどくさい。
本当に面倒くさい。
何が面倒だって、こんな興味のかけらもない男の人から、言い寄られて、そのたびに断らなくちゃいけないことがだ。
正直、おかりん以外の男の人なんて、どうでもいい。
というか……ハッキリ言えば、おかりん以外の男の人なんて、嫌いだ。
軽く男性恐怖症なんだよね、アタシ。
【あいつ】のせいで……うん。
でもそれを隠さずに生きていけるほど、社会が甘くないってことも、理解してる。
みんな、好き嫌いはある。
コミュ障の人だって、生きてくためには、人と関わって生きてる。
誰かが嫌なこと、やりたくないことをして金をもらうのが、労働だってアタシは思ってる。
だから、男嫌いって個人的な理由だけで、仕事をしないなんて選択肢は、アタシにはない。
「あ、てんちょー。ちょっとレジおねがいしまーす」
「はぁい♡」
……野太い声で、可愛らしい返事をする。
チャラ男の背後に、ゴリゴリのマッチョな男が現れる。
「お客様♡」
がしっ、とチャラ男の頭を、鷲づかみにする。
「ひぃ! な、なんだてめえ! オカマかぁ!?」
「あらやだ失礼しちゃうわね~♡ おかまじゃないわ、オトメンよ~♡」
店長の、【塩尻】さんだ。
完全に見た目は格闘漫画の凄い人、というか完全にバキの【烈●王】だ。
「あかりちゅわーん、ホールのテーブル拭いてきてーん。あてくしはこのお客様に、ちょーっと裏で話してくるからーん♡」
「りょーかいです、塩尻さーん」
ぱちんっ、とウインクする店長に後を任せて、アタシはホールへと向かう。
「ちょっ! なんだよてめえ!」
「あらーん、いい男じゃなーん。うほっ、やらないか?」
「なにをだよ! てめえ放せ! あーっ!」
塩尻店長に後を任せて、アタシはテーブルを拭く。
あの人はまあ……うん、ああいう人。
見た目は烈●王だけど、中身が乙女なんだよね。
ややあって。
「ふぃー……」
アタシはバッグヤードでひとり、机に突っ伏す。
「……疲れた」
労働は好きだよ。体動かすほうが好きだしね。
疲れた原因は……さっきのチャラ男だ。
嫌なんだ、アタシ。
男の人に、ああいうふうに、言い寄られるの。
ほんと……やめてほしい。
「あかりちゅわーん、お疲れ~」
「あ、塩尻てんちょー」
るんるん気分で、店長が帰ってくる。
「あの人どうなりました?」
「ん~? 聞きたい♡」
「あ、あはは……えんりょしときまーす」
何があったのかは知らないけど、ナニかがあったのだろう。合掌。
「あかりちゅわん、お疲れモードね~。今日はもう上がって良いわよーん」
「え? でも、あと……清掃がありますよ?」
「そんなの、あてくしがやっておくわよーん♡ 早く帰って、体を休めなさいな。ただでさえ、最近ずぅっと働きづめなんだから」
塩尻店長がアタシの前に座って言う。
「店としては助かってるわ。あなたのおかげで、売り上げすっごい上がってるし。働き者だし、元気だし」
でも……と店長が続ける。
「せっかく17の夏なのよ? もっと遊んでいいのに。そんなにお金に困ってるのかしら? 借金とか? あてくし、相談にのるわよん?」
店長は……いい人だ。
この人は男の人……だけど、性別が女だって、アタシは思ってる。
だから、わりと人として好き。
「ご心配ありがとうございます! けど……だいじょぶです! 今は、満ち足りた生活をしてますから」
店長はスッ……と目をほそめる。
「ふぅん……今は、か。……ま、いいわ。あてくし、女の過去を詮索する男って嫌いなのよん。あてくしは女だけどねん!」
うふふ~と笑う店長。
ほんと、楽だ。
この人は、アタシが困ってるとフォローしてくれるし、中身が女の子だから、男女のなかに発展してどうとかってこともない。
安心して、話せる。
「ねえねえあかりちゅわん、正社員になるって話、考えてくれそ~?」
前々から、店長から打診を受けていたのだ。
ここで、正式に働かないかって。
「仕事が出来て、器用なあなたならすーぐエリアマネージャーになれるわん。あてくしが保証する」
「ごめんなさい、店長。アタシ……就職先は、もう決まってるんで」
「あら、どこの企業?」
「んふふ~♡ 彼の奥さんです~」
アタシの就職先は決まっているんだ。
塾で、おかりんと出会ってから、ずっと……。
「あら~いいわね~ん」
塩尻さんはアタシに好きな人が居ることを知っている。
この人は中身が乙女なので、結構恋の悩みに乗ってもらっているんだ。
「ねえねえあかりちゅわん、その彼ってイケメン?」
「はい! でも塩尻てんちょーにはあげません!」
「んふ♡ 取らないわよ、大事なあかりちゅわんの彼氏ですもの。ただちょーっと味見くらいは……」
「ダメですよー。おかりんは、アタシのものなので。誰にも……譲りません」
……そう、誰にも譲りたくない。
るしあにも、一花にも……お姉にも。
おかりんは、アタシが手に入れるんだ。
絶対、何があっても……。
そのために、アタシは色んなものを利用してる。
この顔も、体も、笑顔も……小悪魔みたいに、迫るのだって……おかりんを落とすための武器の一つ。
アタシには、何もない。
おかりんからすれば、アタシはただの小娘、だった。
最近ちょっと動揺してくれるようにはなったけど、まだ、立場的に言えば、アタシはまだ何も持たないただの17の小娘だ。
お姉のように、天然で良い子じゃない。
るしあみたいに、お金持ちの子じゃない。
一花みたいに、同じ歳として悩みを共有できない。
アタシが一番遅れてるんだ。
もっとアタックしていかないと。
みどり湖がレースに加わってきたわけだし。
おかりんに、早く、抱いて欲しいのに。
でも……なんでか上手くいかない。
おかりんがアタシを抱きやすい流れを、作ってるつもりなんだけど。
一花との関係を見過ごしてあげてるのも、ハーレムを提案したのも、義妹の秘密を暴露したのも。
おかりんの倫理観のタガはずして、アタシとヤリやすくする、作戦だったんだけど……。
上手く行かない。
くそぉ……。
「うふふ♡ いいわぁ、恋に悩む乙女、青春ね~」
烈●王が楽しそうに笑ってる。
「恋の悩みって、どうしてわかるんですか?」
「見てればわかるわよん。愛されてるわね~その彼。その彼、羨ましいわ。素敵な女の子に、こんなに思われてるなんてねん」
「ううー……でもぜんぜん、手だしてくれないです。何か良い方法、ないですかー?」
「そうねーん……そうだわ。あかりちゅわん、これ上げる♡」
塩尻店長が、胸の谷間(※分厚い胸板)から、2枚の紙切れを取り出す。
「映画のただ券よん。彼を映画にでも誘いなさいな」
「いいんですかっ? これもらっても」
「ええ。明日までだから、使ってきなさい」
「はいっ! って……あ、そうだ。明日ってアタシ、シフト入ってますよね?」
すると店長は微笑んで言う。
「そんなのこっちでなんとかしとくわん。あなたは彼をデートに誘って、楽しんできなさい」
「店長……」
なんていい人だろう。
食堂のおばちゃんといい、おかりんといい、アタシは結構ラッキーだ。
周りに、いい人が多い。
【あいつ】から離れて、おかりんの元に来てから、全部が上手く行ってる。
これもおかりんのおかげだよ。
ありがとう……って言っても、わかってくれないかな。
「ほら、もう上がりなさい。タイムカードきっとくこと」
「はいてんちょー!」
「それとデートの内容も後日詳しくね♡」
アタシは手を振って、着替えて、外に出る。
ざぁああ……。
「あ、雨降ってる……」
店の外に出ると、結構な勢いで雨が降っていた。
「あかりちゅわーん」
店長が店の方から出てきた。
「はいこれ、傘」
「ありがとう、でも大丈夫です。折りたたみ持ってるんで」
バッグからアタシは傘を取り出す。
「あら用意周到ね~ん」
「朝出るときには必ず天気予報確認してますので」
「あらあら……ん? あかりちゅわん、あの人、なんかあなたを待ってるっぽくなーい?」
「え……? あっ!」
路肩に、1台の車が止まっていた。
運転席にいるのは……おかりんだ!
「あらあら、この傘はお邪魔のようね♡」
「はいっ!」
アタシは彼の元へ駆け寄っていく。
おかりんは、アタシのために、迎えに来てくれたんだっ!
えへへっ、えへへへっ♡
「おっかりーん!」
「あかり。早くのりな」
「うんっ!」
アタシは助手席に座って、おかりんを見やる。
ぱさっ、て頭にタオルをかぶせてくれた。
「急に来てすまないな。ちょうど外で打ち合わせの帰りだったからさ」
「ふーん、るしあん?」
「いや、別の作家」
おかりん……ねえ、おかりん……。
アタシね、あなたの、そういう昔から変わらない、優しいとこ、大好きなんだよ。
ほんと……だいだい、だぁいすきなんだよ。
「ねえねえおかりん。明日ひまー?」
「ああ、特に予定はないな」
アタシはニコッと笑って言う。
「デートいかない? 映画のチケットもらったんだ」
「映画なら菜々子と……」
「おかりーん♡ この間の第2回裁判……まだアタシ許して、ないんだけどなー」
「ぐ……」
みどり湖をハーレム入りさせることは、おかりんを落とすためのピースの1つだった。
まあちょっと怒ったけど、でも、まあ利用できるかなって思って、許してあげた。
怒ってますけれど!
とっくに許してるけど、こーすれば、断りにくいかなーって。
「わかった……映画行こうか」
「やった~♡ おかりんだーいすき~♡」
同性から見れば、アタシは結構、嫌な女って思われてるだろう。
それくらいの自覚はある。
でも……他者からの評価なんてどうでもいい。
そんなのよりも、アタシはおかりんが欲しい。
何を使っても、最終的に……アタシは大好きな彼の心を、手に入れる。
だってアタシ、おかりんのこと、心から好きだし。愛してるし。
おかりんの子供、産みたいし。
だから今日もアタシは、明るく、元気に、けれど小悪魔なJKとして……。
彼を、全力で落とす所存なのだ。
逃がさないよ、おかりん♡