66話 義妹の過去、兄を愛する理由
あーしは岡谷 光彦の妹、みどり湖。
これは、あーしが兄と出会って今に至る物語。
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あーしの家は元々、母子家庭だった。
父親は母が妊娠中に、家族を残して逃亡したらしい。
母があーしを産んだはいいけど、生まれてきた子供は、体が弱かった。
生まれてからずっと、病院のベッドにいた。
あーしの母は、父親と駆け落ちしたらしい。
だから、祖母や祖父の顔を見たことがない。
親戚の顔もまた。
だから、お見舞いに来る人は、お母さん以外にいなかった。
お母さんは、あーしの入院費をかせぐために、毎日とても忙しそうにしていた。
忙しい合間を縫って、会いには来てくれる。
……けれど、甘えたい盛りのあーしには、毎日寂しくて泣いていた。
子供の頃のことなんてほとんどおぼえてはいない。
けれど病院の冷たいベッド、そして1人寂しく、夜に泣いていたことは……今でも克明に覚えている。
転機が訪れたのは、あーしが3歳のときだ。
「みどり湖。お母さんね、再婚が決まったの」
お母さんは病室に来るなり、そんなことを言う。
当時再婚の意味はよくわからなかった。
「新しいお父さんと、お兄さんができるのよ」
やはり、そう言われても、よくわからないでいた。
お母さんの再婚が決まってから、数日後
あーしの病室に、見知らぬ男が、ふたり来た。
新しいお父さん、そして……お兄さん。
その当時、お兄は15歳。
中学3年生。
まだまだ子供だけど、あーしから見たら、大人と区別がつかなかった。
「今日からこの人達が、新しい家族よ」
……お母さんには悪いけど、あーしはすぐに受け入れられなかった。
だって見知らぬ男2人が、急に家族になって、はいそうですかって、わかるわけないでしょ?
それに、受け入れるわけも、ないでしょ。
あーしは、悲しかった。
その当時自分がなぜ悲しいのかわからなかった。
でも後になって思い返すと、あーしだけのお母さんが、自分のものじゃなくなった気がして、嫌だったのだ。
ないがしろにされるんじゃないかって、ただでさえ、まったく会いに来てくれないのに……。
そんなふうに、あーしはすぐに、義父とお兄を受け入れられないでいた。
けれど……。
「おはよ、みどり湖ちゃん」
お兄はそれから、毎日のように、会いに来てくれた。
どうやら春休みらしい。
お兄は毎日病室に来ては、あーしの面倒を見てくれた。
「…………」
あーしは不思議だった。
なんでこの人は、毎日会いに来てくれるのだろう。
だって昨日まで他人だった相手なんだよ?
向こうだって、家族だって言われて、困ってるはずだのに。
お兄は毎日、朝から夜まで来て、あーしの相手をしてくれていた。
そんなある日のこと。
あーしは朝からふてくされていた。
今日、お母さんがお見舞いに来るって約束してたのに、来なかったから。
あーしは怒って、朝からお兄に当たり散らしていた。
けれどお兄は、全然嫌な顔をせず、そばにいてくれた。
そして、帰り際に、あーしはこう言ったのだ。
「……なんで?」
なんで。そこには、どうして他人である自分の病室に、毎日来てくれるの、とか。
今日酷いこといいまくったのに、なんで、ずっとそばにいてくれたの、とか。
そういう想いが込められていた。
お兄は笑って、こう答えた。
「だって俺は、みどり湖ちゃんの、お兄さんだから」
お兄はあーしの頭をなでて言う。
「俺は何があっても、ずっと、お前の側に居るよ」
……それを聞いたあーしは、涙を流した。
何があっても側に居てくれる存在……家族として、あーしはお兄を受け入れた瞬間だった。
★
翌年に手術をして、あーしは元気になった。
家に帰れるようになったあーしは……。
「あらあら、みどり湖ったら、お兄ちゃんのこと、好きなのね」
あーしはどこへ行くにもお兄にべったりくっついていた。
とにかく、優しくてカッコいいお兄のことが大好きで、ずっとずっとそばにいたかった。
お兄が家に帰ってくるとうれしくて、学校へ行ってしまうと、悲しくて。
とにもかくにも、あーしの世界において、お兄は輝きを放つ特別な存在だった。
……しかし、そんな楽しくも、幸せな時期は、長く続かない。
5歳になった。お兄が、ミサエばばあと、付き合うようになったのだ。
その経緯は以前語ったと思う。
ミサエばばあと過ごす時間が増えていった。
あーしは、不満でしょうがなかった。
「おにいのばか! なんであーしのことかまってくれないの!?」
お兄が妹より、大切にしている女がいる。
それが許せなくて、あーしはいつも怒っていた。
お兄は優しく微笑んで、慰めてくれはする。
けれど、あーしの気分はまったく晴れなかった。
あーしは、自分の感情の正体に、気づいていなかったのだ。
なんで、あーしはこんなに、怒ってるのだろう。
兄が、恋人を作るくらい、当然だ。
だってお兄は素敵な男性だから。
彼女が出来てもおかしくない。
けれど……あーしは、悲しくて、むかついて、仕方なかった。
……その理由に気づけたのは、お兄の結婚式の日だった。
式当日。
あーしは着替えて、教会にいた。
タキシード姿のお兄、そして、ウェディングドレスに身を包むミサエばばあ。
ふたりが、客の前で永遠の愛を誓い……。
そして……キスをした。
……その瞬間、あーしは、やっと、気づいた。
「ひっく……うぐ……うあぁあああああああああああああああああん!」
結婚式の最中だっていうのに、あーしは、人目もはばからずに泣いた。
そのときは10歳で、もう小学校高学年だった。
だというのに、それはもう、赤ん坊かってくらい、泣いた。
「どうしたんだよ、みどり湖?」
お兄が式の途中だっていうのに、心配して声をかけてくれた。
あーしは声にならない悲鳴を上げて、首を振った。
嫌だ。嫌だ。お兄……そいつのものに、ならないで。
……ようするに、あーしは。
ほかの女に、大好きな男性を取られたのだと、そのときやっと気づいた。
やっと……あーしは、お兄のことを、家族としてではなく、一人の男性として、好きだったのだと……。
お兄が結婚する日に、あーしは気づいてしまったんだ。
……けれど、もう遅かった。
そのときには、お兄は、あーしのもとから離れて、永遠の愛を誓う女と、人生を歩き出したから。
……その後のことは、よく覚えていない。
気づいたら家に居て、1週間くらい、塞ぎ込んでいた。
★
それからは、完全に暗黒時代だった。
お兄がミサエと暮らすため、実家から出て行った。
その後、あーしはバスケに打ち込みまくった。
家でジッとしてると、お兄がいないことを思い出してしまって……。
つらくって、だから、スポーツに熱中した。
幸いにして、あーしにはバスケの才能があった。
練習量も多かったこともあり、すぐにあーしはバスケで有名になっていった。
……お兄は何度も、試合を見に来てくれた。
別にお兄に、試合がいつとか言ってなかったのだけど。
どこからか情報を聞きつけて、応援に来てくれたんだ。
……嬉しかった。お兄があーしを見てくれることが。あーしに興味を持ってくれていることが。
けれど。
「……来んなよ、お兄」
あーしは、素直に喜べず、そんな酷い言葉を投げかけてしまう。
本当は大好きなお兄が、自分の時間を割いて、試合を見に来てくれるのが、すっごい嬉しいのにさ……。
あーしよりも、別の女を選んだお兄のことを、逆恨みしていた。
バカだよね。意地張っちゃって。
お兄のこと拒絶して……。
それでも……。
「優勝おめでとう、みどり湖」
あーしが中学3年のとき、バスケの全国大会で優勝した。
大会は大阪で行われ。。
その日、お兄はわざわざあーしのもとへ応援に来てくれたんだ。
都内から、新幹線を使って、しかも、有給休暇まで取って、あーしのとこへ来てくれた。
あーしは嬉しくて……それが、本当にうれしくって……。
「……ごめん、お兄」
今まで冷たく当たっていたことにたいして、あーしは謝った。
お兄は笑って許してくれた。
……いちおう和解は出来たけど、でもお兄の家には、遊びに行かなかった。
いや、いけなかったのだ。
家にあのクソ女がいるのがわかっていたから。
お兄に会いたくて会いたくて、しょうがなかったのに……。
あのミサエばばあのせいで、会えずに居た。
そんな会えない時間が、あーしの恋心を、さらに燃え上がらせた。
スポーツで活躍すると、必然的に、モテだした。
男からも、そしてなぜか女からも。
でもあーしは全部断った。
あーしは、昔、今も、お兄一筋だったから……。
……そして、やっと。
やっと、好機が転がってきた。
ミサエばばあと、お兄が別れたからだ。
★
何度も何度も、夢に見ていた。
あのババアと別れて、独り身になったお兄のもとへ行き、想いを伝える。
お兄もあーしのことが好きで、ふたりは幸せになる……。
ずっとずっと、そんな甘い空想にふけりながら、時には自分を慰めていた。
叶わぬ夢とあきらめていたところに、転がり込んできた、チャンス。
しかも今のあーしは、スポーツに打ち込んでいたおかげか、スレンダーで、けれど、胸は大きい。
しかも、JK。最高のコンディションで、最高のタイミングで、最高のチャンスが巡ってきた。
あーしは、ミサエと別れたと知って、すぐにお兄の元へ行こうとした。
けれど、かなり躊躇した。
……やっぱり、怖かったから。
自分は義理とはいえ、家族。
妹から男として好きと告白されて、気持ち悪いと思われたらどうしよう。
拒まれたら、嫌だな……。
チャンスが巡ってきたはいいけれど、簡単に、新しい扉を開く決意が出来なかった。
そんなふうに少しもたついたけど、結局は、覚悟を決めて……お兄の元へ行った。
ねえお兄、知らないでしょ?
妹から、こんなに強く思われてること。
あーしが、どんな覚悟をして、あなたの前にきたのか。
もう……好きで、好きで、頭がおかしくなっちゃうくらい……大好きなんだ。
だって普通、おかしいでしょ?
妹が、お兄ちゃんのことを、好きになるのなんて。
わかってる。世間の目からみれば、あーしの愛が、酷く歪んだものにうつっているかなんて、わかってるんだよ。
それでも……。
あーしは、優しいお兄のことが、大好きで大好きで、しょうがないんだもん……。
この胸に、もうお兄への気持ちを、隠しておけないんだもん。
ねえお兄……。
こんな妹、気持ち悪い?
こんなふうに、女として、あなたのことを、見ているの……嫌?
ねえ……お兄。
怖いよ……。
好きって言っちゃったことで、お兄が、あーしのこと……キモいって思ってないか……。
不安で、怖くて、しょうがないよ……。
それでも。
万が一でも。
あーしのこと、受け入れてくれるのなら……うれしいな。
ねえ、お兄。
大好きだよ。
たとえあなたがあーしのこと、好きじゃなかったとしても。
世界で一番、誰よりも負けないくらい、あーしはお兄が、大好きだよ。




