6話 JKが、家で待ってる夜ごはん
俺は、大手出版社を辞めて、副編集長に誘われて、新レーベルを立ち上げることになった。
詳しい打ち合わせを、上松編集長と近くのカフェで行った。
現在の時刻は21時を少し回ったくらい。
俺は自宅のマンションまで帰ってきた。
「疲れた……」
俺はいつものくせで、寝室へと直行する。
事後処理やら荷物整理やらで忙しかったからな。
それでも家に帰る時間が、いつもより早いんだから、前の環境がいかにクソだったのかうかがえる。朝帰りなんてザラだった。
「寝るか……」
俺はふらふらと歩きながら、寝室へ行く。
服を着替えることもなく、そのままベッドに倒れ込む……
ふにゅ……♡
「え? 柔らけえ……なん……だ………………」
……そこには、黒髪の女子高生が、眠っていた。
「んぅ……♡ すぅ……♡ せんせぇ~……♡」
双子JKの姉、菜々子だ。
なぜ菜々子がここにいるんだ……?
俺のベッドだって知らなかった……?
あ、いや今朝は別の部屋で寝てたし……。
「ん~……♡ せんせー……♡」
きゅっ、と菜々子が俺の体に抱きついてくる。
ふにゅりと大きく、そして柔らかな感触が胸板に当たった。
……そこで気づいた。
菜々子は、シャツ一枚だけだった。
……ブラもショーツも身につけず、上にシャツ一枚。
しかも……俺のワイシャツじゃないか。
ショーツは無造作に、ベッドサイドに脱ぎ捨てられていた。
俺のシャツを着て、俺のベッドで、そんな薄着で……。
一体なにをしてたんだ、菜々子は……?
と、困惑していたそのときである。
「あれー、おかりん帰ってるー……」
「あ、あかり……?」
双子妹の、金髪ギャルのあかり。
スカートにシャツ、そしてその上からエプロンという姿。
彼女の青い瞳が、俺と菜々子を見て、ぱちくりと見開かれる。
だが次の瞬間、にんまりと笑った。
「おっけー。おかりん、理解したよ」
「待て。おまえは重大な勘違いをしている」
「いいっていって、じゃごゆっくりー」
「だから待てと言ってるだろうが」
その騒ぎを聞いて、菜々子がようやく目を覚ます。
「……んもぉ、あっちゃん……うるさいよぉー……」
幼児のように菜々子がぐずる。
そういえば姉は低血圧で、寝起きがすごい悪いのだ。
「お姉、大変だ。おかりん帰ってきたよ。お姉がおかりんのシャツ着て、ベッドでおなってたの、ばれちゃったよ」
「おな……って、まじか」
自慰行為のあとだったのかこれ……。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
眠たげだった菜々子が、一発で目を覚ます。
顔を一瞬で真っ赤に染めて、俺を見て……さらに赤くする。
「ちちち、違うんです違うんです! これは違うんです!」
ぶんぶんぶん! と強く首を振る菜々子。
ブラをしてないせいで、乳房がぶるんぶるんと揺れていた。
あ、相手は子供……子供だ。
「と思いつつもおかりんの目はお姉の躍動する爆乳にロックオンするのであったー」
「「あかり……!!!!!」」
「てへへ★ さーせーん」
★
ほどなくして、俺たちはリビングへとやってきた。
「すごいな……これ……」
「どう? 見違えたでしょー、このリビング」
そこには、整理整頓がされたリビングが広がっている。
床にものは一切置かれてない。
部屋の隅に置かれていた洗濯物も、綺麗に折りたたまれている。
フローリングは、ピカピカに輝いている。これは、ワックスかけたのか……?
「これ、誰がやったんだよ?」
「んー? アタシ」
「……ご、ごめんなさいせんせー」
姉の菜々子が、申し訳なさそうしてる。
ちなみにきちんと服を着ていた。
「……わたし、止めたんです。せんせえの家、勝手に色々漁っちゃダメだって」
「んもー。お姉ってば遠慮しすぎ。掃除道具くらい使ってもいいでしょ。洗濯物だってあのままじゃシワになっちゃうし、ね? 別にいいよね?」
「あ、ああ……というか、ありがとうな」
「なんのなんの。お礼はごほーびのちゅーで許しちゃる♡」
「調子乗るな」
つん、とあかりの額をつつく。
んふふ♡ と彼女は嬉しそうに笑った。
「……あかりっ。もう……ほんとこの子は……ごめんなさい、妹が、色々失礼しちゃって」
「いや、いいって。あかりの言うとおり、そんな遠慮しすぎることないよ」
「そーそー、お姉は硬いなぁ」
ケラケラ笑う妹。
一方で、はぁ……と姉はため息をつく。
「あかりんすごいっしょ? おかりんが帰ってくる間に、掃除、洗濯、お料理まで作ってたんだから」
「え? 料理?」
「そー。お夕飯。ちょっちまってねー」
ぱたぱた、とあかりがリビングへ向かう。
冷蔵庫を我が物顔で漁る。
「あの……せんせえ。本当に色々、無断で勝手に色々して……ごめんなさい……」
妹が居なくなったタイミングで、菜々子が深々頭を下げる。
「あの子……わる気があってやったんじゃないんです。全部、せんせえのためを思って掃除とか、やったんです。だから、どうか不快に思わないでください」
……奔放な妹のかわりに、姉ちゃんが頭を下げる。
ああそうだ、そういう子達だったな。
10年前、塾にいたときもそうだった。
「なあ、別にそこまでかしこまらないでいいぞ」
「え……?」
「そりゃ、全くの知らない相手なら、怒るよ。けどお前達は元とは言え教え子なんだ」
俺は菜々子の頭をなでる。
「お前達のことはよく知ってる。だから……遠慮すんなって。そんなに」
「せんせぇ……」
しまった、また昔の癖で頭をなでてしまった。
あの頃は、菜々子は何かあるたびに、頭なでてとねだってきたのである。
「すまん……」
「……いえ、もっと……お願いします」
さらさらの黒髪を俺がなでる。
彼女はふにゃふにゃ、と蕩けた笑みを浮かべる。
「ちょいちょーい、あかりんがお夕飯の準備中に、堂々と浮気ですかーコノヤロー」
はぁ~とあかりがため息をつく。
「「浮気じゃない(よ!)」」
「はーお熱いこって。さ、おかりん、お姉も座った座った!」
テーブルの上には、それはもう、見事な夕飯が並んでいた。
ビーフシチューにバゲット、ミニグラタンなど……。
どこの洋食屋だよって、レベルの夕飯。
「はー、おなかペコちゃんだよ」
「おまえら、飯食ってなかったのか? この時間になるまで」
「……ええ」「あったりまえじゃーん」
さも当然、とばかりに二人がうなずく。
「……ふたりで待ってたんです。せんせえが、帰ってくるの」
「一緒に食べよーってね。そしたらお姉待ちくたびれておかりんのお部屋でおな……もごもご」
菜々子が妹の口を必死に押さえる。
……というか、どうしてだ?
「なんで俺を待ってるんだよ? 遠慮したからか?」
「ちっがーう! なんでわからないかなぁ?」
ぷくー、とあかりが頬を膨らませる。
「おかりんと、食べたかったんだもん。ね?」
「……はい。せんせえと一緒が、いいんです」
……こんなこと、結婚してから初めてだ。
妻のミサエが、俺に飯を用意してくれてたこともなければ、一緒に食べようと言ってくれたこともなかった。
「ほんっとあのバカ女、さいてーだよね。旦那が疲れて帰ってきてるんだよ? ご飯用意してあげるのが当然じゃんね?」
「……ええ。私も、そう思います。せんせえが外で必死になって働いて、ヘトヘトになって帰ってきているのに……妻の役割も果たさず、あまつさえ浮気するなんて。許せません」
控えめな菜々子にしては珍しく、怒りをあらわにしてくれていた。
……俺のために、か。
俺のために飯を作っててくれて、俺のために帰りを待っててくれて……俺のために、怒ってくれる。
こんな優しい子と一緒に居るだけで、俺は心が洗われる思いがした。
「ありがとな、二人とも」
ふたりが俺に笑顔を向ける。
姉妹は、まったく性格が似てないのに、笑った顔はそっくりだった。
その無垢なる笑顔を見ているだけで、俺は一日の嫌な気分が吹っ飛んだ。
「そんじゃおかりん、お姉も……いただきますっ」
「「いただきます」」