56話 妹はクールで部活女子で義妹でブラコン
8月上旬。
夏休みから帰ってくると、俺の家で、妹のみどり湖が待っていた。
話は、旅行から帰ってきた夜のこと。
「みどり湖。入るぞ」
俺の部屋に、妹が引きこもってしまったのだ。
私室のドアをノックすると、なかでガチャリ……と鍵が開く。
「みどり湖……おまえ、ここ俺の部屋なんだが」
ベッドの上には、1人の女子高生が寝そべっている。
少し赤みがかった、バサついた長い髪。
それを黒いリボンでポニーテールにしている。
少し険しい目つきに、すらりとした体型。
特に太ももがキュッ、と引き締まっている。
彼女は岡谷 みどり湖。
俺の妹だ、いちおう。
みどり湖はベッドでうつ伏せになって、スマホをいじってる。
「……あーし、この部屋使うからよろしく」
「いや、ここ俺の部屋で、俺のベッドなんだけど」
「……うっさい。もう使うの決まったの」
妹は俺のタオルケットを体に巻いて、巻き寿司みたいな体勢になる。
「というか、なんでお前ここに?」
「……この夏は部活三昧だから。学校からだと、実家よりこっからのほーが近いからだし」
ベッド脇にエナメルバッグが置いてある。
【アルピコ学園】とバッグの表面には書いてあった。
みどり湖は部活に入ってるのである。
「アルピコってここからそんな近かったか……?」
「……うっさい。ママにも【修】さんにも許可取ってるし」
「親父もかよ……」
何にも言ってこなかったんだが……。
「……あーしこの夏はお兄の家から部活通うから」
「まあ……それは別に構わないけど」
にゅっ、と簀巻き状態のタオルケットから顔を出す。
……我が妹ながら、整った顔つきだ。
にぃ……と口の端をつり上げる。
口にくわえていた、チュッパチャップスの棒を、ぴこぴこ、と動かす。
「おまえ、あんまキャンディーばっか食ってると、体に良くないんじゃないか?」
「……お兄に関係ないでしょ」
みどり湖は俺の枕をぎゅっ、と体の前で抱きかかえて、すぅ……と深呼吸する。
「……すぅ、はぁ。落ち着く」
ふにゃり、と日向ぼっこする猫みたいに、妹が表情を崩す。
「……お兄。んっ」
ぺんぺん、と自分の隣を、手で叩く。
俺がベッドに腰掛けると、みどり湖は俺の膝に頭を乗っけてくる。
膝枕の合図なんだよな、さっきの。
「……んで、お兄。さっきの女たち、誰?」
じとっ、と俺を非難するように、みどり湖が見てくる。
「だから、大学の時、塾講でバイトしてただろ、俺。そのときの教え子だよ」
「……ふーん。なんで教え子がお兄と同棲してるわけ?」
「まあ……成り行きというか」
俺は簡単に経緯を話す。
ミサエに浮気された夜、俺の家に伊那姉妹がやってきたこと。
彼女たちは家庭に何らかの事情を抱えており、頼れるのものが俺しかいなかったこと。
俺は彼女たちを保護している、と。
「……いやそれふっつーに誘拐じゃん」
みどり湖が顔をしかめて言う。
「いや、別にさらってないんだが……」
「……お兄。いくら性欲溜まってるって、JKを家に置くのはどうかと思う」
「だから、違うって。単純に困ってて、行き場がないっていうから……」
「……だとしても、相手んちの保護者の同意もなく家に未成年おくの、おかしくない?」
ふんっ、とみどり湖が鼻を鳴らして、じとーっと見てくる。
「……どーせ、巨乳だから、置いたんでしょ」
「断じて違う」
「……なんで? あーしも結構胸あるのに、あーしじゃだめなの?」
「アホ抜かせ」
つんっ、と俺がみどり湖の額をつつく。
ふにゃり……と一瞬だけ表情を和らげるが、すぐにまた険しい表情になる。
「……相手の保護者、怒ってないの?」
「まったく。あいつらに連絡が来る気配もない。家の連絡先も聞いて、何度もかけてるんだがさっぱり」
「……保護者のとこに直接行けばいいじゃん」
「行ったよ。もぬけの殻だった」
どうやらあかり達の親は、娘を手元に置いておきたくなかったらしい。
近所の人に話を聞いたところ、あかりたちが家を出たあと、さっさと荷物をまとめて出て行ったらしい。
「……親はどうして二人を捨てたん?」
「わからん」
「……そこ、重要じゃん。何で聞かないの?」
「話したがらないこと、無理に聞くのはダメだろ」
「……いや、相手に詳しい事情を告げずに、とりあえず家においてってほーがダメでしょ、ふっつーに」
むすっと顔をしかめると、みどり湖は言う。
「……あーし、あいつら嫌い」
妹は、どうにもJK姉妹のことがお気に召さないらしい。
「これでも、あいつらも苦労してるんだよ」
「……だからって、あーしのお兄のもとへこなくてもいいじゃん」
みどり湖は起き上がると、どんっ、と俺を突き飛ばす。
お腹の上に馬乗りになって、俺の胸ぐらを掴む。
「……もー、やったの?」
セックス的な意味で言っているのだろう。
「アホ抜かせ」
「……ふーん。なんで? あんな……まあ見た目は綺麗な女2人置いといて、手ぇ出さないとかどうして? お兄アレが立たないの?」
俺はみどり湖を押しのける。
とさ……と妹は仰向けに寝る。
「困って頼ってきたあいつらに、そういうことしたくなかったんだよ」
「……なかっ【た】? どうして過去形だし?」
じろり、とみどり湖がにらんでくる。
……めざといな、こいつ。
「……ま、どうでもいいけどさ、あんまあーしのお兄に、近寄られたくないんだけどね」
みどり湖は倒れた状態から、三点倒立して、くるんと回転して立つ。
「おまえ、スカートのなか見えたぞ……」
「……は? スパッツだし。見えても大丈夫なヤツだし」
「いや、スパッツ履いてなかったが……」
かぁ……とみどり湖は顔を赤くして、バッ、とスカートを抑える。
「……み、見るなしっ!」
「いやおまえがあんな大胆な動きしたから、見えてもしょうがないだろ」
「……あーもう! うっさい! ばかっ! お兄のえっち! ロリコン!」
げしげし、とみどり湖が俺の足を蹴ってくる。
「いやロリコンじゃないんだが……」
「……10も年下の女を囲っておいて、ロリコンじゃないとか、マジウケるんですけど」
ふんっ、と鼻を鳴らして、みどり湖が近づいてくる。
「……お兄、あいつら追い出してよ」
「それは無理……むぐっ」
自分がくわえていたチュッパチャップスを、俺の口にスポッ……とくわえさせる。
「……あいつらウザいの。あーしとお兄の、二人きりの生活に、邪魔だし」
すぽっ、とチュッパチャップスを抜く。
「別にお前もあいつらと一緒に暮らせば良いだけだろ」
「……は? あり得ないし。ほんっとあの女たちウザい。マジムカつく」
手に持ったチュッパチャップスを、みどり湖はもう一度、自分の口に入れる。
「おまえな……汚いだろ、それ」
「……べ、別に。汚くなんか、ないし。美味いし……うん……」
子供っぽいところがあるんだよな、こいつ。
昔からああいう風に、自分の食いかけを俺に渡してきては、なぜか回収していく。
「とにかく……仲良くやってくれよ」
「…………」
じろっ、とみどり湖がドアをにらみつける。
近づいて、どかっ! とヤンキーキックをドアにかます。
『『うひゃあ……!』』
どすんっ、とドア向こうで誰かが倒れる音がする。
「……チッ!」
みどり湖はドアを乱暴に開ける。
そこには、菜々子とあかりが、倒れていた。
「……盗み聞きとか、良い度胸だね、あんたら」
ヤンキーみたいな感じで、その場にしゃがみ込んで、菜々子たちをにらみつける。
「ひぅ……! あかりぃ~……」
妹の体に抱きつくのは、黒髪のJK姉、菜々子。
一方で、金髪をサイドテールにまとめているのが、JK妹のあかり。
「いきなり蹴飛ばすのも、どうかと思うよ?」
「……は? そっちこそ、お兄と二人っきりで大切な話してるのに、盗み聞きとか。マジありえないんだけど?」
みどり湖とあかりが、にらみ合う。
「だって部屋に引きこもって、ずっと出てこないんだもん。心配して当然でしょ?」
「……は? あんたお兄の何?」
「お嫁さん候補ですがなにか?」
バキッ! と何かが砕け散る音。
「は、歯が……?」
「いやお姉、多分こいつの舐めてるキャンディーだよ」
ぷっ……! とみどり湖がくわえていたキャンディーの棒を吹き出す。
それは菜々子の額にこつん、と当たる。
「あう……」
「ちょっと失礼じゃない、あんた?」
「……あんたほどじゃないけど?」
顔がくっつくか否かの距離で、あかりとみどり湖がにらみ合ってる。
「……マジ邪魔。あーしとお兄の家から出てけよ」
「ここ、おかりんの家なんですけど? いつからあんたの家になったの?」
「……お兄とあーしは兄妹だし。お兄の家は、家族であるあーしのもんでもあるんだし」
「あんたこそ、おかりんに黙って勝手に家に入るの、どーかと思うよ。いくら家族でもデリカシーにかけてるってゆーかー……邪魔。ブラコン」
「……は、はぁ!? だ、だれぎゃ、誰がブラコンだし!」
首筋まで真っ赤にして、みどり湖が怒鳴り散らす。
「見りゃわかるわよ。お兄ちゃんのことだぁいすきなんでしょ~?」
くす……とあかりが小馬鹿にしたように笑う。
「あんたアタシたちと同じくらいだよね? そんな歳になっても、お兄ちゃんのことが未だに大好きなんだー」
「……う、うっさい! あ、あ、あんたに関係ないでしょ!」
べしっ、とみどり湖があかりの頬をひっぱたく。
「いったぁ! なにすんのよ!」
べしっ、とあかりが妹を叩き返す。
「……出てけし!」
「あんたこそ出てきなさいよ!」
取っ組み合いのケンカが始まったので、俺はみどり湖のことを慌てて羽交い締めにする。
「やめろ、バカ!」
「………………」
俺が後ろからみどり湖を抱きしめると、一瞬で、妹は静まる。
「こんにゃろー!」
「……あかり、ダメだよぉ!」
「お姉離して! あいつ殺せない!」
「……殺しちゃだーめー」
ぎゃあぎゃあとわめき散らすあかり。
一方でみどり湖は、借りてきた猫のように、静まりかえっている。
「みどり湖。落ち着いて話せるな?」
「…………うん」
俺がみどり湖を離そうとすると、彼女が俺の腕を掴む。
「……もうちょい、こーしてて」
「え、ああ……」
俺たちの様子を見て、あかりが柳眉を逆立てて言う。
「おかりん! アタシ……こいつ嫌い!」
一方でみどり湖も俺を見て、言う。
「……お兄。あーし、こいつマジ嫌い」
俺はため息をついて、2人に言う。
「とりあえず、仲良くしような、2人とも」
あかりとみどり湖は、声をそろえて言う。
「「ぜったい、無理」」