55話 旅行が終わって
俺が女子四人から告白されてから、数日後……。
今日は旅行最終日。
俺たちは山小屋をあとにして、帰りの新幹線を待つ間、隣のショッピングモールへとやってきていた。
「さー! 最後の買い物じゃー! 買うぞー!」
「……おーっ!」
JK姉妹は元気よく、ショッピングモールへ到着した瞬間、買い物へと走って行った。
「お嬢様はどういたしますか?」
一花はるしあに尋ねる。
「ワタシは少し疲れた。新幹線が来るまでホテルのラウンジでお茶でも飲んでいるよ」
「ではワタシもご一緒いたします」
「良い。お前は休暇を楽しめ」
るしあはそう言って、ショッピングモールそばのホテルへと向かう。
「姉ちゃん、お嬢にはおれがついてるからさ。おかりんさん誘ったら?」
「う、うん……」
スーツ姿の大男が一花にそう言う。
あとで知ったが、一花とあの大男は姉弟らしい。
三朗氏はぺこりと頭を下げて、るしあの後を追う。
あとには俺と一花だけが残った。
「お、岡谷……くん。その……いこっか」
「ああ、そうだな……」
俺たちは無言で、ショッピングモール内を歩く。
お互いに無言であった。
「何か、買いたいものとかあるか?」
「え? え、えっとぉ……ううん。特に」
「そうか……」
俺は隣を歩く一花を見やる。
パープルの半袖ポロシャツに、白いフレアスカート。
ズボンを好む彼女にしては、ガーリーな格好だった。
「へ、変かしら……?」
「いや、似合ってるよ」
「ほ、ほんとうっ?」
一花は嬉しそうに表情をほころばせる。
そんな彼女の表情の変化が愛おしくて……。
「一花」
俺は、彼女に手を伸ばす。
「え、あ……いいの?」
「別に……いいんだろ?」
「そ、それも、そうねっ」
彼女は満面の笑みを浮かべると、俺の手を握る。
……あの日。
あかりから、提案されたのは、【お試しで四人と付き合う】という前代未聞の試みだった。
もちろん困惑したし、悩みもした。
だが結局の所……。
俺は、彼女たちの提案を、受け入れた。
「ねえ、岡……光彦くん」
俺の隣を、一花が歩いている。
頬は紅潮し、ふにゃふにゃと口元がゆるんでいる。
「どうした、一花?」
「えへへ♡ 呼んだだけ~♡」
「……中学生かおまえは」
全員と恋人になったことで、一花は俺への呼び方が変化していた。
岡谷くんから、光彦へ。
「もう死んじゃうくらい、幸せだよ。だって……大好きな人と、いちおうだけど、恋人になって、こうして手をつないでデートしてるんですもの」
一花は本当に嬉しそうに笑う。
あかりと違って、彼女の心と表情は直結している。
それはそれで心地が良い。
「でも……おか、光彦くん、良かったの? 【お試し恋愛】……受け入れて」
お試し恋愛。
読んで字のごとく、4人と結んだ、擬似的な恋人関係のことだ。
「ああ。一人一人と向き合っていくには、この関係が一番だと思ってな」
俺は器用なタイプではないからな。
お試し恋愛の関係を結んだとき、俺たちは取り決めをした。
1.四人と恋人関係になっている間、岡谷は勝手にほかの女を作らない。
2.誰かと岡谷とが1対1のとき、ほかの3人はそこへ割って入らない。
3.岡谷とデートする順番は、協議の上、偏りのないようにすること。
4.何が起きてもみんな仲良くしましょう♡
「最後の一文が不穏すぎる……」
「あかりちゃんが書いた一文ね……」
俺たちのグループLINEが創られ、そこのノートに、以上の条文が書かれている。
仕切ったのはもちろんあかりだ。
「で、でもこれで……心置きなく、光彦くんと、デートできるし。それに……え、え、」
「え?」
「え、えっちな……うう! なんでもないわ!」
ふるふる! と一花が顔を赤くして首を振る。
「とにかく、あたしはこのお試し恋愛、凄くいいと思う。気兼ねなく、光彦君をデートに誘えるから」
「俺も一花のことだけ、見てられるから、気が楽だよ」
「そ、そう……」
俺たちはふと、宝石店の前に通りかかる。
「ね、おか……光彦君」
「どうした?」
「指輪……買わない?」
「え……?」
一花は顔を真っ赤にして、早口で言う。
「あ、ううん! 変な意味じゃないのよ! ただ、その……おそろいのもの、身につけたいなって思っただけ。だって……その指輪……もう捨てたいでしょ?」
「あー……」
俺の左指には、結婚指輪がハマっていた。
「どうして、捨てなかったの?」
「別にミサエへの未練があるから、ってわけじゃないんだが。どうにも、ここに指輪があるのが、当たり前になっててな」
取ると逆に据わりが悪い。
「や、やっぱり……じゃ、じゃあいい……でしょ? 代わりの指輪を……ね?」
「ああ、そうだな」
俺は宝石店へと入る。
後ろで、一花が「よっしっ!」とガッツポーズしているのが、なんだか可愛らしかった。
世の中にはペアリングというものがあるらしく、カップルが身につける指輪が、結構あるらしい。
「お客様。何かお探しですか?」
店員が俺に尋ねてくる。
前の俺は、答えに困っていただろう。
でも……今は違う。
俺は即答する。
「恋人とつける、ペアリングを探してるんです」
★
買い物を終えた俺たちは、都会へと戻ることになった。
帰りは【グランクラス】という席を、るしあの祖父が取ってくれていた。
「ふぁー……高級すぎる……なんじゃこりゃー!」
あかりが目を丸くするのもうなずけた。
落ち着いた室内。
そして座席はかなりひろく、まるで高級ホテルの中のような内装をしている。
遠慮したのだがもう席を取ってしまったとのことで、断れなかった。
ふかふかすぎる席に座りながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
「……濃い、7日間だった」
「おーかりん♡」
俺の隣に、あかりが座る。
「その指輪、似合ってるね♡」
「めざといなお前……」
さっそく俺と一花とがつけてる、ペアリングの存在に気づいたらしい。
「それ折半で買ったの?」
「ああ」
「そっかー。やっぱ大人はいいなー、経済力があって。羨ましいよ」
ぱたぱた、とあかりが足をバタ足させながら、笑顔で言う。
「……その割には余裕そうだな」
「余裕だよ♡ 一花ちゃんなんて中身女子中学生みたいなもんだし♡」
一花おまえ……JKにも舐められてるぞ……。
「家帰ったら、たのしみだなー」
実に嬉しそうに、ウキウキしながら、彼女が言う。
「どういうことだよ」
「だぁって、恋人同士なんだよ、アタシとおかりん♡」
彼女が耳元に口を近づける。
「……いっぱい、しようね♡」
「おまえ……」
顔を離すと、くすくすっと笑う。
「いいでしょ? だってもう、恋人同士なんだよ? 気兼ねする必要もないわけだし」
「……いや、まあそうだが。おまえはいいのか?」
「ん。もっちろん♡ むしろ、そのために恋人になったまであるし~」
ふふふっ、とあかりが、わくわくを抑えきれないのか、口元を手で隠す。
「たのしみだなぁ~♡ あ、もちろん避妊はするからご安心を」
「当たり前だろうが……」
つんっ、と俺はあかりの額をつつく。
彼女はへへっ、と笑う。
「おかりんも楽しみにしててね♡ アタシ、未経験ですが、殿方が喜ぶ術、たっくさん勉強したから!」
「そうか。ほんと、子供じゃないんだなおまえは」
と、そのときだ。
ぶーぶーっ、とスマホが震える。
【岡谷 みどり湖】
「おかや みどりこ? だれ?」
「妹だ」
「ふーん。妹。おかりん、妹いたんだ」
「ああ。歳離れてるけどな。それに、ちょっと【訳あり】でもある」
「訳あり?」
「まあ今度話すよ」
車内で電話に出るわけにはいかなかったので、通話を切る。
すると即座にLINEが飛んできた。
【いや切るなし。まじ意味わかんないんだけど】
俺は電車の中だと書いて送る。
【あっそ。お兄、今度そっちいくから】
【は? どういうことだよ?】
だがみどり湖からの返事は帰ってこなかった。
既読スルーかよ……。
「おかりんの妹ちゃんって、何歳?」
「おまえらと同じくらいだな」
「ふーん……じゃあJKってことか。で、何だって?」
「今度うちにくるって……あ」
「あ」
……まずいんじゃ、ないか。
俺はあかり達のこと、みどり湖に説明してない。
「ど、どうする……おかりん?」
「……まあ、その日誤魔化せば大丈夫だろ」
「だ、だよねー! まさか、おかりんの家にしばらく泊まるー、なんてことないだろうし!」
「そうだな……まあその日はるしあにでも頼んで、泊まっててくれ」
「あいよー。おっけー」
ほどなくして、電車は東京駅に到着した。
俺たちが改札を出ようとすると、JRの改札前で贄川三朗氏が待っていた。
「家まで送りまーす!」「どもども」
三朗氏のとなりには、ホテルの受付に居た……。
確か奈良井さんが、いた。
「三朗。と、奈良井……さん? 何してるの?」
一花が尋ねる。
「だからお迎えに来たんだって」
「いや奈良井さんがなんでいるのよ」
「え、だっておれら同棲してるし」
「はぁあああああああああああ!?」
一花が驚愕の表情を浮かべる。
「どど、同棲!? あ、あんたたち……もう!?」
「え、驚くこと? もう結構長く付き合ってるし。ねー?」
「まー、半年くらいだし、普通じゃない?」
「そんな……半年で同棲って……」
奈良井さんの言葉に、がくり……と肩を落とす一花。
「姉ちゃん達はいつ同棲するの?」
「え゛……? いや、それは……その……」
胸の前で、指をツンツンする一花。
「まだ……心の準備が……」
「一花。ためらうな」
るしあが一花の背中を叩く。
「もたもたしてると、あかりに全部かっさらわれるぞ。こいつ、恋人になったのを良いことに、家でおかやに迫りまくる気だからな」
「そ、そっか! どうしよう……お嬢様……」
「何も問題ない。負ける気はしないから」
るしあが不敵に微笑むと、あかりもまたにやっと笑う。
「ま、せーぜーがんばりたまえ。アタシは愛の巣で、誰にも邪魔されず、おかりんとカラカラになるまでいーっぱい……ね♡」
ぐっ、とるしあが歯がみする。
「……いっぱい、なにするの、あかり?」
ほえ、と菜々子が首をかしげる。
「まー、お姉には関係ないよ。よーしっ、早くお家かえろー! 三朗ちゃん、おくってー!」
「あいあいさー!」
かくして、俺たちは三朗氏に運転してもらい、自宅へと帰ってきた。
「はー……我が家に帰ってきたー!」
俺、あかり、菜々子が、一戸建ての前に降り立つ。
「二郎太兄ちゃん、明日、チョビちゃん連れてくるってさ」
二郎太とは三朗氏の兄で、彼に菜々子は自分の犬を預けているのである。
「……ありがとうございます!」
ほっ、と安堵の吐息をつく菜々子。
犬の事が気になってたんだろうな。
「それではなおかや。また【すぐに】会うことになるがな」
「じゃあね光彦くん」
ふたりはそう言って、リムジンに乗りこむと、走り去っていった。
「……すぐ、って、どういうことかな、せんせえ?」
「さあな。わからん」
「ねーねーおかりーん♡ 早くかえろーよー」
あかりがスカートのポケットから、鍵を取り出す。
そして……。
がちゃんっ!
「あれ?」
「どうした、あかり?」
あかりの顔色が、急に変わる。
「お、おかりん……ごめん。鍵、閉め忘れてたかも……」
どうやらドアの鍵が、あらかじめ空いてたようだった。
「……そ、そんなっ。だ、だいじょうぶなのかなぁ」
「ご、ごめん……」
「いや、いいよ。お前達は外でまってなさい。中の様子、いちおう見てくるから」
ふたりがうなずくのを見て、俺は先に中に入る。
玄関……。特に異常はない……。
「って、ん? この革靴……」
女物の革靴が、玄関に置いてある。
かなりサイズが小さい。
あかりのでも、菜々子のでもない。
「もしかして……!」
俺は思い当たることがあって、リビングへと向かう。
「……あ、お兄。おかえり~。てか遅くない?」
「みどり湖!」
俺の妹……岡谷みどり湖が、ソファに寝そべっていた。
バサついた、少し赤みが掛かった長い髪。
ポニーテールにしている。
ミニスカートに、半袖シャツ。
カーディガンを腰に巻いている。
ソファにうつ伏せになって、ぱたぱたと足をばたつかせる。
口にチュッパチャップスを加えていた。
「……てか帰るの遅すぎるし。待たせすぎだし」
「いやおまえ……どうしてここに? 鍵は?」
「……大家に借りた。てか、妹が兄の家にいるの別に問題なくない?」
「あ、いや……まあ、そうなんだけど……」
みどり湖は起き上がって、こほんと咳払いする。
「……お兄。久しぶり。てか一昨年の正月ぶり?」
「あ、ああ……そうだな……」
去年の正月は忙しくて帰れなかったから……じゃなくて。
これは、非常にマズい状態ではないか……?
みどり湖は頬を少し赤くすると、チュッパチャップスの柄をピコピコさせながら言う。
「……お兄、さ。あの女に浮気されて別れたんでしょ? それで正解だよ。ほんと、あーしの言ってた通りになったじゃん。ほんとお兄は昔から……って、どうしたの?」
「いや……おまえ、いつまで家に居るんだよ」
「……ん。まあしばらく泊まるから。よろしく」
「なっ……!?」
と、そのときだった。
「おかりん!」「せんせえ!」
あかりたちが、このタイミングで入ってきた。
「け、ケーサツ呼ぶ!?」
「……せんせえ! 無事ですかっ」
あかりが俺の腕に、そして菜々子が俺の腰に、それぞれしがみつく。
「…………………………………………………………は?」
みどり湖の顔から、すぅ……と感情が消える。
「……お兄、だれそいつら?」
「あ、いや……これは……みどり湖。違うんだ……」
不機嫌そうに、妹みどり湖が、チッ! と舌打ちする。
「……ちょっと何? あーしのお兄にベタベタくっつかないで欲しいんですけど?」
JK姉妹が、目を丸くする。
「「い、妹!?」」
「……そーだよ。部外者は出てけし。てか家主の断りもなく上がってくんなし」
みどり湖は苛つきながら、しっし、とまるで犬を追い払うように手を振る。
「いや……みどり湖。ふたりは、大学の時、塾講師してただろ? そのときの教え子だよ」
「……は? なんで教え子がお兄の家に無断で上がり込んでるんだし。ふっつーに不法侵入じゃん。帰れよ」
よくわからないが、みどり湖が凄まじく不機嫌になった。
「帰るとこなんて、ないよ」
うつむいて震えるあかりを見て、俺は決心する。
「みどり湖。よく聞いてくれ。この子らは……」
「あーもー! ウザい! 出てけし!」
みどり湖は立ち上がると、菜々子の手を強引に掴む。
「お兄との時間、邪魔しないでくれる?」
「……痛っ」
「みどり湖!」
びくっ、と妹が体をこわばらせる。
「手を、離しなさい」
「~~~~~~~! お兄のばかっ! あーしがいるのにっ、ばかっ!」
妹は不機嫌になると、俺の足を蹴って、その場をあとにする。
ばたんっ、とトイレのドアが閉じる。
「おかりん……これ、大丈夫?」
「……マズいかも知れん」
お試しの恋人関係を結んだ、しかも、四人と。
妹がそれを知ったら……。
それに、これからしばらく泊まるらしい。
どう考えても、波乱が巻き起こる気しかしなかったのだった。