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50話 木曽川楠男の災難2【浮気相手】




 岡谷おかやから妻を奪った、木曽川きそがわ 楠男くすお


 時系列は少し戻る。


 話は、岡谷おかやが大手出版社、タカナワをクビになったあとのこと……。


「いやぁ、利恵さん。今日はすんませんでした」


 そこは都内の某ラブホテル。


 全裸の木曽川の隣には、同じく、裸身をさらす十二兼じゅうにかね 利惠としえがいた。


 彼女は元・岡谷おかやが勤めていた出版社の編集長。


 今日は……というか、今日【も】木曽川は、細かいミスを繰り返した。


「ううん、いいの。気にしないで」


「さっすが利恵さん! 大人のヨユーってやつっすねぇ! 勉強になるっす!」


 タカナワ所属の作家を、彼はまた怒らせてしまったのである。


 原因は白馬(黒姫)のときと同じ、作家の意向を無視して、イラストレーターに絵を発注してしまったこと。


 まったく同じミスをしたというのに、彼はあのときのミスから、何も学び取っていないのだった。


「でもね木曽川くん……出来れば、次からは、問題が大事になる前に、報告して……んぷっ!」


 木曽川は無理矢理、十二兼じゅうにかねの唇を塞ぐ。


 彼が磨いてきたテクで、骨抜きにされた十二兼じゅうにかねは……。


「ぷはっ。何か言った、利恵さん?」


「……ううん、なんでもないわ……」


 くたぁ……と体から力を抜いて、木曽川の胸板に頭を載せる。


(ちょろいわー、このババア【も】)


 木曽川は内心で邪悪に笑う。


 十二兼じゅうにかねの前には、岡谷おかやの妻ミサエとも、木曽川は関係を持っていた。


 彼は編集長を味方に付けて、ミスを帳消しにしていたのだ。


(あのミサエババアも、ちょれえおばはんだったわ。あいつ……ぷぷっ! おれの【腹いせ】に利用されてるって、最後まで気づかなかったなぁw)


 ……そう、ミサエと肉体関係を結んだのは、岡谷おかやへの復讐であった。


 復讐とはいうものの、別に岡谷おかやに何かされたわけではない。


 ただ、ムカついただけだ。


(おれよりおっさんのザコのくせに、命令してきて腹立つしよぉ。だから奪ってやったぜ、ざまぁみろ!)


 彼は、顔だけは良い。

 女に不自由したことが一度もない。初体験もなんと小学六年生。


 彼はこの十年あまり、その整った顔を使って、女を食いまくった。


 結果、女を殺す……骨抜きにする技術を身につけた。


 この顔と、そしてセックスの技術。

 それが木曽川の強みであった。


(はー、人生ちょーイージーだわw 女はちょこーっと優しくするだけでコロッとおれの言いなりになるしぃ。男は、女紹介しとけば、たいてい言うこと聞くからなぁw)


 ……下劣極まる手段を使って、木曽川という男は、成り上がっていったのである。


 高校、大学、そして社会人。

 彼はその全てにおいて、顔とそして自分の逸物を使って、カーストトップに居続けたのだ。


 ただの一度も努力したことはなく、天が与えし才能のみで、器用に生きてきた。


(この顔とテクがある限り、これからもおれは勝ち組っしょぉw)


 ……と、彼が調子に乗っていられたのは、ここまでだった。


    ★


「あんたなんてクビよ! この、クズ男ぉおおおおおおおおおお!」


 ばちいぃいいいいいいん!


 ……乾いた音が、TAKANAWAブックス編集部に響き渡る。


 呆然とする木曽川の目の前には、怒り心頭の、十二兼じゅうにかねがいた。


 時系列的に言えば、十二兼じゅうにかね開田かいだグループ会長、 開田高原の下へ行ったあとくらい。


「ちょ、なにするんすか……編集長……?」


 彼はいきなり、編集長である十二兼じゅうにかねに殴り飛ばされたのである。


「あんた! 浮気したらしいわね!?」


 なぜか知らないが、十二兼じゅうにかねが、急にキレだしたのだ。


「……浮気?」「……どういうこと?」


 編集部内にも波紋が広がっていく。

 木曽川は慌てて否定する。


「ちょっ、何言ってるんすか!? 浮気なんてしてないっすよ!」


「ふざっけんじゃないわよ! このクズ!」


 十二兼じゅうにかねは、自分が浮気されていたことを知って、怒りの表情を浮かべる。


「あんた、岡谷おかやくんの奥さんと浮気してたんですってぇ!? あたしというものがありながら! あたしは遊びだったの!?」


 十二兼じゅうにかねに胸ぐらを掴まれて、木曽川は背筋に冷や汗をかく。


(まずいまずい! この状況は……まずい!)


 編集長に浮気がバレ、彼女を怒らせ、今、彼は仕事を失いかけている。


「ちょ、ちょっと誤解っすよ……」


「何が誤解よ! あたしと寝たくせに! あたしは遊びだったの!?」


 そのとおり、遊びだった。

 というか、仕事で上手くやってくために、利用していただけだった。


「ちょっとそれ、どういうことなの!?」


 女性職員のひとりが、声を張り上げる。


楠男くすお! あんた、編集長と浮気してたわけ!? わたしがいながら!」


 彼女は編集部内で、二番目に美人で有名な編集だった(一番目は作家カミマツの担当編集の佐久平。既に退職済み)。


「はぁ!? あ、あんた……まだほかにも浮気してたの!?」


 十二兼じゅうにかね、そして二番目の女。


 ふたりから詰め寄られて、木曽川は内心で大汗をかく。


「編集長だけじゃなくて、ほかのヤツとも付き合ってたわけ?」

「しかもともちゃんとだと? ふざけるな!」


 ともちゃんとは、木曽川が関係を結んだ、二番目の女の名前である。


 彼女は部内の、マドンナ的な存在だった。(佐久平はカミマツ以外の男に興味がなかったので、編集部内では人気がなかった)


 そんなマドンナと浮気、しかも編集長とも関係を持ち、さらに……岡谷の妻を寝取ったとくれば……当然……。


「ふざけんな死ね!」

「消えろよゴミが!」


 男女問わず、編集部内の人間達全てから、一瞬にして嫌われる羽目となった。


「ちょ……みなさん! 落ち着いて……あだっ!」


 男編集が投げた文庫本が、木曽川の眼球に当たったのである。


「つっぅ~……」


 うずくまる木曽川に、編集部の全員から罵倒を浴びせられる。


「くたばれ女の敵!」

「出てけヤリちんクソ野郎が!」


 上手く行っていたと思っていたのは、砂上の楼閣だった。


 結局の所、彼は、顔とシモだけの男。


 人から好かれるための努力も、人から認められるほどの仕事も、してこなかった。


 ……その結果、あっさりと、木曽川は大手出版社を、追放される羽目になったのだった。


    ★


 数日後、木曽川は駅の近くの、喫茶店に来ていた。


「ケッ……! ごみ編集部が! くたばれチクショウ!」


 木曽川は飲んでいたコーヒーカップを、だんっ! とたたきつける。


「ああくそっ! 腹立つ!」


 がりがりと木曽川は頭皮をかく。

 自分を追い出した編集部への怒りで、どうにかなってしまいそうだった。


「死ねよあいつら……」


 そのときだった。


「あのー、お客様?」

「あ゛あ゛!?」


 木曽川がにらみつけると、そこにいたのは、金髪の美少女だった。


(おっ、なんだすんげえ美少女じゃーん。こんな駅前の喫茶店に、レベルの高い女がいるなんてっ!)


 名札には【伊那いな】とかかれていた。


 伊那はニコニコしながら、木曽川に言う。


「ほかのお客様にご迷惑なんで、カップを乱暴にたたきつけるの、やめてもらえます?」


 木曽川はすぐに、狙いを定める。


「ああ、ごめんねぇ~。君、伊那ちゃんっていうんだ、何歳? かわいいね~」


 木曽川がかっこつけたように、そう言う。

 だが伊那は「あー、どうもー」とサラッと流す。


(……おかしい。この顔で迫れば、大抵の女は、おれに惚れるか、奴隷になるのに……)


 ……言うまでもなく、その伊那という女性店員は、伊那あかりであった。


 あかりは聡く、何より心に決めた岡谷という男性がいる。


 だから、こんな外見だけのクソ男には、まったくなびかないのである。


「それじゃあ」

「あーちょっと待ってよ伊那ちゃーん」


 木曽川は手を伸ばしてくるが、しかしあかりはスッ、と身を引いて華麗にスルー。


「てんちょー、あたし休憩入りまーす」


 こちらを一瞥することなく、あかりはさっさと立ち去っていく。


「…………」


 あきらかに、木曽川は、女をナンパしようとして、失敗した。


「……うわぁ、なにあいつ」「……だっさ」「……見てあの間抜け面」


 周りの客達が、くすくす、と嘲笑を浮かべる。


 ぎりっ、と木曽川は歯がみする。


「な、何見てんだゴラ! みせもんじゃねえぞ!」


 ダンッ! と木曽川は椅子を蹴飛ばす。


 と、そのときである。


「やぁ木曽川くん、お待たせ」


 喫茶店に入ってきたのは、眼鏡をかけ、穏やかな微笑みを浮かべる男……。


「あ! 上松あげまつさん……」


 元・副編集長が、木曽川の元へとやってきたのだ。


「今のは、良くないね。木曽川くん」

「す、すみません……」


(チッ! んだよこのおっさんえらっそうに……! ……まあいい我慢だ。今は、再就職先を見付けることが、先決だ)


 タカナワを追放された木曽川。

 だが彼も現代日本に生きている以上、働く必要がある。


 木曽川はお得意のコネを使って、次の出版社に取り入ろうとしたのだが……。


【すまねえ、木曽川。君を入れるわけには、いかないんだ】


【んなっ!? なんでっすかぁ!?】


 ……どういうことだか、木曽川は、どこの出版社からも、相手にされなかったのだ。

【君、社長に女を紹介して、インチキで入社したんだってね?】


【!? そ、それはぁ……】


【悪いけどそんな人間を、うちで雇うわけにはいかないね。ごめんね】


 ……以上のように。

 木曽川がせこせこと築いてきたコネは、すべて、【何者かの手】によって潰されていたのだ。


 とは言っても、結局の所、卑怯な手を使って入社したのは事実であるため、自業自得ではあった。


 自分のコネがことごとく潰された。

 最後に残った、出版社との繋がりは……上松だけになった次第。


(ほんとはこのおっさんも大っ嫌いだけどよぉ、もうほかにないし……今は、我慢してやるか)


「それで木曽川くん。話ってなにかな?」


「おれを上松さんの、新しく立ち上げた出版社に、入れてくんないっすか?」


 ……そう、実は木曽川は、SR文庫に、入ろうとしたのだ。


 しかし……。


「残念だけど、断らせてもらうよ」


 上松は即答する。


「んなっ!? なんでだよっ!」


 女に先ほど振られ、さらに、出版社からも振られ続けた結果……。


 精神的に追い詰められ、木曽川は、ついに本性をむき出しにしてしまった。


「おれ、役に立つだろ!?」


「いいや、君はまったく役に立たない。ハッキリ言って論外だ」


 上松にきっぱりと断られる木曽川。


「論外ってどういうことだよ!?」


「言葉通りの意味さ」


「し、仕事はできるだろ!?」


「いいや、君は仕事もできないし、社会人として以前に、人間として終わってる」


「そ、そこまで言われる筋合いなんかねえだろぉ!」


 だんっ! と木曽川がテーブルを叩くと、カップが落ちる。


 すぐにあかりが、割れたカップを拾おうとやってくるが、上松はそれを手で制す。


「木曽川くん。カップを割ったのは君だ。君が片付けるんだ」


「ざっけんなクソじじい! 命令すんじゃねえよカス!」


 はぁ……と上松はため息をつく。


「そういうところが、ダメなんだよ、木曽川くん」


 上松の、眼鏡の奥には……木曽川に対する侮蔑の表情が浮かんでいた。


「君は他人に対する敬意に欠けている」


「敬意だぁ!?」


「そう。たとえば君は君のせいでカップを割って、床を汚した。これを片付ける店員さんに、君は申し訳ないと思ってないだろ?」


「ったりめえだろ! おれは客だぞ!? 片付けるのは店員の仕事だろうがぁ!」


「確かにそうかもしれない。だが何か悪いことをしたら、相手に対してごめんなさいと言う。こんなの小学生でもわかることだよね?」


「うるっせええ! おれは、悪くねえ!」


 はぁ……と上松はため息をつく。


「君は、ぼくに何しに来たんだっけ? 就職先を探してるんだよね。そういう態度で良いのかな?」


「あ……」


 いっきに冷静になる。


「あ、あの……すみま……」


「もういいよ、謝らなくて。なにされても、何を言われても、ぼくは君を絶対に雇わない」


「そ、そんな! 待ってくださいよ!」


 出て行こうとする上松の手を、掴もうとする。


 だが彼はその手を振り払う。


「先に言っておくけど、君はこの先、出版業界に関われないよ」


「んなっ!? どうして!?」


「君の悪いウワサは、もう業界中に知れ渡ってるからね」


「そんな……なんでそんなこと……?」


「ぼくはちょっとばかり、この業界の友達が多いんだ。彼らはみんな言ってたよ、木曽川きそがわ 楠男くすおは最低の人間だって」


 がくり……と木曽川は膝をつく。


「まあ、出版業界以外にも、働くところはあるから、そっちで生きてくんだね。……もっとも、態度をあらためない限り、どこも君を雇ってくれないと思うよ」


 彼を見下ろしながら言う。


「そもそも、君はぼくの大事な岡谷ぶかを傷つけた。彼の新生活の邪魔になる、君を雇う気はさらさら無かったよ」


 上松は木曽川を放っておいて、レジへと向かう。


「お嬢さん、ご迷惑かけて申し訳ない。掃除するから、モップを貸してくれるかな?」


「あ、いえ! こっちでやっときますので」


 上松はあかりに頭を下げると、店を出て行く。


「ちくしょぉ……」


 ぎり、と木曽川は歯がみする。


「ちくしょう! ちくしょうちくしょう、ちくしょぉおおおおおお!」


 ……こうして、彼はこの業界で居場所を失った。


 だが、この程度で、彼の転落が止まるわけがない。


 ……彼の地獄は、まだまだ続く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 有名なギャグ漫画みたいなサブタイトルだからギャグ路線に寄せてくるかと思ってたけどこれはこれで面白かったです
[良い点] …アゲマツさん、カッケー!…この人が主役の外伝があってもおかしくない!!!…あってほしい!…真剣とコミカルの両立した主人公になる! 糞川は馬ー鹿ドジ間抜けな勘違いナイス!!!…特賞の無限…
[一言] 露骨な評価取りが毎回気になります。 何度か見ているのですが日間2位の時は「あと少しで1位に〜」、今回は日間6位で「あと少しで5位に〜」と日毎に変わって何を目指しているのかよくわかんないです…
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