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48話 菜々子は気になって仕方ない



 俺たちは、軽井沢に来ている。


 三日目。この日は、ホテル内にある、キャンプサイトへと向かっていた。


 俺はホテルで借りた車を走らせている。


「おかや。これから我々はどこへ向かっているのだ?」


 後部座席からるしあがひょこっと顔を覗かせる。


 5人乗りで、助手席には一花いちか、後部にはJK組が座っていた。


「キャンプサイトだ。ホテルの敷地に山小屋があって、残りの日程はそこに泊まるんだ」


「山小屋……」


 敷地内の地図を見ると、このKIDホテルはスキー場も敷地内に有している。


 その山のなかに、小屋が点在しており、ホテル利用客はそこに泊まることも可能だそうだ。


「つまりみんなでキャンプってことだっ!」

「……楽しみですっ!」


 双子JKが無邪気に会話している。

 ……菜々子の前では、あかりはいつもの振る舞いを通するようだ。


 これから残り数日間、俺たちは同じ山小屋で過ごす。


 ホテルよりも、狭い空間だ。

 滞在中、あかりが何をしてくるのか未知数。


 だが……ホテルよりも、死角の少ない場所。


 そこでもし、俺があかりに迫られている場所を、誰かに見られたら……。


「…………」


岡谷おかやくん、大丈夫? 疲れてるなら運転代わるわ」


 一花が気遣わしげに言う。

 いつだって、一花は俺に対して優しい。


 だが……さすがに、俺と女子高生とが密会している現場を見たら……。


 彼女は……どう思うだろうか。

 ……ダメだ。悲しい顔しか浮かばない。

 そんなことを、一花にさせたくない。


「大丈夫だ、一花。俺は、大丈夫だ」


 二つの意味合いで、俺は言う。


 ほっ……と安堵の吐息と共に、一花は微笑む。


「運転辛いならいつでも言ってね。大丈夫、仕事上、慣れてるから」


 ……罪悪感を覚える。

 別に嘘をついてるわけではないし、あかりとやましい関係性を持っているわけではない。


 ……だが俺は一花という、俺の全てを受け入れてくれる、優しい女性がいるというのにもかかわらず。


 あかりという、年下の女に、心を揺さぶられているのが……申し訳なかった。


 ほどなくして、スキー場の中腹辺りまでやってきた。


「おー! 結構立派な山小屋じゃーん!」


 車を降りたあかりが、今日から泊まる小屋を見上げる。


 ログハウス調の二階建てだ。


「わー! 見てみておかりん! かまどあるよかまど! ピザ焼いちゃおっかなー」


「「ピザー!」」


 きらきら、と菜々子とるしあが目を輝かせる。


「あかり! おまえ、ぴざが焼けるのかっ!」


「あったりまえよぉ。あかり姐さんにお任せあれ」


 ほかにも近くには湖やら、星が見える開けた場所もあるらしい。


 小屋の裏側にはたき火台や望遠鏡などが置いてあった。


 ひとしきり小屋の周りを見て回ったあと、入り口へと戻ってきた。

 

「こりゃあ、色々できますなぁ。ね、おかりん♪」


 あかりが無邪気な調子で笑いかけ、俺の腕に抱きつこうとする。


「あ、ああ……」


 その腕を、俺はスルーする。


 ……ダメだ。触れてはいけない。


 あの柔らかな胸の感触を思い出すと、心があかりにひっぱらられる。


 気を抜くと、そのままずるずると、あのみずみずしく、張りのある体に溺れてしまう気がした。


 あまり、過剰に接触してはいけない。 


「…………」


 菜々子は俺を不安そうに見上げてくる。


「どうした?」

「……あ、いえ。なんでもない、です」


 だが、俺は知っている。

 菜々子が、何でもないというときは、大抵、言いたいことがあるときだ。


 だが無理に聞き出そうとしてもこの子は自分から口を割らない。


 言ってくれるのを、待つしかない。


「荷物中に運ぶぞ」

「いえっさー!」


 あかりが率先して、荷物を運ぶ。


 ふぅふぅ……とるしあが重そうに荷物を運ぼうとするので、俺はそれを持つ。


「るしあは良いよ」

「いや……しかし……」


「お前は体が弱いんだから。座ってなさい」


「…………」


 るしあもまた、菜々子同様に、俺を見上げてくる。


「おかや……あの、な。その……」

「? どうした?」


 もにょもにょ、と口ごもったあと、きっ、と決然とした表情になる。


「おかや。荷ほどきしたあと、少し話がしたいのだが、いいだろか?」


 話とはなんだろうか。

 この子が真面目な顔をしているということは……仕事、つまり、ラノベのことだろう。

 

 となると、おそらくタイトルの件だろうな。


 ペンネーム、開田るしあはラノベ作家。


 今度俺の務める、新レーベルで、新作を出すことになっている。


 だが未だにタイトルが決められず苦慮していたところだ。


 何か、タイトルの案でも浮かんだのだろう。


「わかった、あとでな」


    ★


 小屋の中は結構広く、また電気ガス水道が完備されていた。


 普通の一戸建てみたいな内装だった。


 部屋数も多く、5人分確保されていて……俺はホッとした。


 ホテルの時のように、一花と同じ部屋となれば……内なる黒い欲情を、抑えきれる自信がなかった。


 しかもホテルの時と違って、同じ小屋の中で寝泊まりする。


 もしも情事をいたすとなった場合、どうしても音が響き、聞かれてしまうだろう……。


 子供がいる中で、そんなことは、大人としてできない。やってはいけない。


 だから、部屋が分かれていてホッとしている自分がいる。


 ややあって。


 八畳ほどの個室で、俺が荷ほどきしているときだった。


「……あの、せんせえ」


 入り口に姉……菜々子がいた。


「どうした、菜々子?」

「あの……ちょっと、聞きたいことが」


「ああ、いいぞ」


 菜々子は入ってくると、不安そうに、俺に言う。


「……あかりと、何かあったんですか?」


 なにか、あっただと……?

 もしや、俺とあかりの、昨日の出来事を知っているのか?


 いや、ありえない。

 俺はもちろん言ってないし……。


 あかりが、言いふらすとも思えない……。

 いや、言ったのか? なら、どうして……?

 

 とにかく、話を聞こう。


「なにかって、なんだ?」


「……せんせえ。なんだか……露骨にあかりを、避けてるような気がするんです」


 ……何やってるんだ、俺は。


 あかり本人だけじゃなく、周りに居るこの子にまで、気取られてしまっているじゃないか。


 まさか、おまえの妹を女として意識してしまい、それ故に避けているなどと明かせるわけもない。


 俺が妹を、そういう目で見てると知ったら、この子は俺を、警戒してしまう。


 怖い思いをさせたくない……という、建前と、……軽蔑されたくない、という浅ましい、二つの思いがぶつかり合う。


 ……いずれにしろ、この子にとって俺は、保護者でいたい。


「避けてなんてないよ。気のせいだ」


「……そんなことないですっ。私、わかるんです……」


 菜々子は立ち上がると、俺の手を握って、顔を近づける。


「……私、せんせえのこと、ずっと見てるから……だから……わかるんです」


「菜々子……」


 妹とは、性格も見た目も、正反対だと思っていた。


 だがこうして顔を近くにすると、あかりの面影を、菜々子にも感じてしまう……。


 月明かりに照らされた、あかりの裸体が、菜々子とかぶる。


 ……一瞬、あかりの裸が、菜々子のものに変わる。


「……あかりが、何かいたずらして、せんせえを不快にさせたりしてませんかっ?」


 ……ああ、くそ。

 俺は何をかんがえていたんだ。


 菜々子は純粋に、妹が粗相して、俺に迷惑かけてないか聞いてるだけなのに。


「大丈夫だって、あいつがいたずらするのはいつも通りだろ?」


「……でもっ、でもっ、いつもはせんせえ、すぐにいつもの、仲の良い二人になります。でも、今日はなんだか……今朝からずぅっと、せんせえは、避けてます。あかりのこと」


 ……本当によく見ているのだな。


 意識してはダメだ。それはわかる。



 だが今、菜々子に言われて、あかりを意識しないようにしなければと思った時点で……。


 ……俺の頭の中は、あかりでいっぱいになっていく。


「とにかく、別に俺はあかりと何かあったわけじゃないし、怒ってもない。いつも通りだ」


「…………」


 俺が部屋を出て行こうとすると、俺の服の裾を、きゅっ……と菜々子ななこが控えめに掴む。


「……せんせえ。なんで、隠そうとするんですか?」


 菜々子の大きな黒い瞳が、濡れている。


「……教えてください。何かあったんですよね?」


 彼女が今にも泣きそうな顔をしてる。


「……大好きなせんせえに、嫌われるようなことしたら、私、私……もう……どこにも……行き場なくなって……」


 ああ、そうか。

 この子は不安なんだ。


 家を出て生きた、菜々子とあかり。

 ふたりが頼れる、最後の場所が俺の家なんだ。


 あかりが迷惑かけて、俺を怒らせ、追い出されたらどうしよう……と不安になっているのだろう。


「泣かないでくれ。頼む」


 菜々子はぎゅっ、と俺の体に抱きつく。


 ……柔らかく大きな胸。

 庇護欲をそそる、気弱そうな瞳。


 小さな顔も、その瑞々しい唇も……かのパーツは、どれもあかりのものとおんなじで……。


 しおらしい態度のあかりが、まるで俺に、泣いて迫っているような錯覚を起こす。


 違う! この子はあかりじゃない、違うんだ……


「大丈夫、大丈夫だから。俺、おまえたちを投げ出すようなこと、しないから」


「……ほんとぉ?」


 そうやって弱々しく、俺に聞いてくる姿は、10年前と同じだ。


 だというのに……。


 あかり同様、この子の変化も、近くで見ると感じられる。


 幼い顔つきに、不釣り合いな……成熟しきった大人の体。


 そして、双子の、あかりとそっくりな顔。


 ダメだ、このままだと……菜々子まで、意識して、それにつられて、あかりのことも……


「……せんせえ、私たちのこと、嫌いになってない?」


 そうだ、ここは、ハッキリ答えないとダメだ。


 そこを勘違いして欲しくない。

 

 俺は菜々子の頭を、いつものようになでる。


「嫌いじゃないよ。おまえも、あかりのことも、今も昔も、ずっと」


「……ほんと? えへへっ、よかったぁ」


 そうやって笑う菜々子は、10年前と同じ無邪気さを有している。


 俺はその笑みを見て、癒やしを覚えていた。


 一花と関係を持った矢先。

 あかりに押し倒され、これからのこととか。


 あかりへの態度をどうしようかと、いろいろ考えて戸惑っていた今……。


 彼女の、邪気のない笑みが、心をいやしてくれる。


 ああ、良かった昔と同じ……。


 ーーおかりんのなかではさ、時が止まってるんだよね。あたしもお姉も、10年前の、小学生の時と、同じだと思ってる


 あかりの言葉が、リフレインする。


 ……あかりだけじゃない。

 この子だって、10年経って、変わってるはずなんだ。


 どう変わってるんだ?

 体の見た目だけじゃない、中身も……変わってるはず。


「……せんせえ?」


 無防備に、彼女が俺に近づく。


 髪の毛から香るあまいにおいに、発育しきった体。


 気弱で、大人しげな彼女が……。


 ……そういえば、一度、俺のベッドで、自分を慰めていたことが……。


 って、何を思いだしてるんだ、俺は。


「なんでもない。そろそろみんなのとこ行こうか。昼飯の時間だ」


「……は、はい」


 こんな無垢な女の子を前に、俺はなにをしようとした。


 ああくそ……ダメだ。

 どうしても、あかりの顔と、菜々子が近いから……重ねてしまう。


 あかりに押し倒された映像に、顔が近い菜々子が、そこに重なる。


「おや、おかりん。とお姉、どったの二人、同じ部屋から出てきてー」


 あかりがちょうど、廊下に出てきた。


 俺たちを見て、にししと笑う。


「まさかー、えっちぃことしてたんじゃないのー?」


「……アホなこと言うな。ほら、飯作るぞ」


 俺はあかりの側を通り過ぎようとする。


「……お姉で、ムラムラしちゃった?」


 ばっ、と俺はあかりを見やる。


「……結構似てるもんでしょ、お姉とアタシって、顔の作り」


「おまえ……まさか……」


 ぽんっ、とあかりが俺の肩を叩く。


「さ、いこっか。お姉もほら! アタシたち、とぉっても仲良しだから、気にすんなって! ねー?」


 あかりが俺の腕に、ぎゅーっと抱きついてくる。


 柔らかな感触を受けて、俺はその腕を振り払おうと仕掛ける。


 だがここで拒めば、また菜々子を不安がらせることになる。


 結局、彼女になされるがままに、なってしまう。


「……そっかぁ、よかったぁ。勘違い、みたいで」


 ホッとする彼女の笑顔を見ていると、罪悪感で、胸が痛んだ。


 何かやましいことをしてる気はまったくないのに、いけないことをしてる気になってしまう。


 ……何者かの手の中で、俺の心が、弄ばれてる気がしてやまなかった。

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― 新着の感想 ―
あかりちゃんは小学1年でおかりんと出会ってからの10年ずっと想ってたんだね、それゆえヤンデレ?になっちゃった~
[気になる点] …糞川の過去からザマァ編に行く前後編かと思ったのですが…このモヤモヤはどうしたらよろしいのでしょうか?…糞川ザマァ編まで…色々休もうかな?…はぁ…気になる…ザマァが待ち遠しい!
[良い点] 菜々子の実はお姉ちゃんムーブがよかった。ちゃんとあかりを見て変なことにならないか気を使ってるんだな。 双子というのがいいかも。二人の個性の違いが面白く感じる。 [気になる点] るしあのム…
2021/10/11 18:24 退会済み
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